相続・手続き 2026-09-29
相続した実家、住むか・貸すか・売るか ― 10年の収支を一枚で比べる
相続した実家をどうするか。住む、貸す、売るの三つは、感情の話になりがちですが、まず10年の収支を一枚に並べると、話が進みます。持ち続けるだけで出ていくお金(固定資産税・保険・修繕)、貸したときの手取り(家賃から経費と空室を引く)、売ったときの手取り(仲介手数料・税金・空き家の特例)。相談で実際に作った表と折れ線を、数字ごと載せます。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → [相続した財産をどうするか] → 状況別(当てはまる方だけ)
母を亡くした男性が持ってきたのは、実家の固定資産税の課税明細書と、地元の不動産会社の査定書でした。築38年の木造、土地40坪。査定は1,800万円。男性は隣県に持ち家があり、実家に戻る予定はない。「兄は売れと言う。私は、母の家を売るのが忍びない。でも、持っていてもお金がかかるのは分かっている」。
この相談で、私が最初にやるのは、感情の話を一度脇に置いて、三つの選択肢の10年の収支を一枚の表にすることです。住む、貸す、売る。それぞれ、10年でいくら出て行き、いくら入るか。数字が並ぶと、兄弟の話し合いが「気持ち」から「どの数字をとるか」に変わります。
一つ目、持ち続けて空き家のまま置く(または自分が住む)場合。出ていくお金は、固定資産税と都市計画税が年約9万円、火災保険が年約2万円、庭木や水回りの最低限の手入れと点検で年約10万円。合わせて年約21万円、10年で約210万円。住まないなら収入はゼロで、10年で210万円が出ていくだけです。加えて、家は古くなり、10年後の売値は今より下がります。空き家を放置すると、管理不全空家の指定で固定資産税の軽減が外れる、という別の問題もあります(空き家を相続したらの記事)。
二つ目、貸す場合。この家なら家賃は月7万円が相場でした。年84万円。ここから、管理会社の手数料(家賃の5%)、固定資産税・保険(年11万円)、修繕の積立(年10万円)、空室の見込み(10年で1年分)を引きます。10年の家賃収入は840万円、空室で84万円減、経費が管理42万円・税と保険110万円・修繕100万円。手取りは約504万円。ただし貸す前に、古い家を貸せる状態にする初期の修繕が要ります。この家では、給湯器・畳・壁紙・水回りで約150万円と見積もりました。差し引いて、10年で約354万円が手元に残る計算です。家賃収入は不動産所得として確定申告が要り、所得税・住民税が別にかかります。
三つ目、売る場合。査定1,800万円で売れたとして、仲介手数料が約65万円(税込)、契約書の印紙が1万円、測量や解体が要れば別途。手取りは約1,730万円。相続した家を売るときは、譲渡所得の税金が問題になりますが、この家は昭和56年以前の建築で、相続から3年目の年末までに売れば、「空き家の3,000万円特別控除」の対象になり得ます(耐震改修するか、取り壊して土地で売る、などの要件があります。国税庁の解説にまとまっています)。控除が使えれば、この規模の売却で譲渡所得税はかからない見込みでした。
三つを並べます。空き家で持ち続ければ10年でマイナス210万円。貸せばプラス約354万円(初期修繕込み)だが、貸主としての手間と、10年後も家が残る(さらに古くなった状態で)。売れば今すぐプラス約1,730万円で、家はなくなる。
売る:0年 1,730万円、2年 1,730万円、4年 1,730万円、6年 1,730万円、8年 1,730万円、10年 1,730万円/貸す(初期修繕150万円):0年 -150万円、2年 -49万円、4年 52万円、6年 152万円、8年 253万円、10年 354万円/空き家のまま:0年 0万円、2年 -42万円、4年 -84万円、6年 -126万円、8年 -168万円、10年 -210万円
貸す線は、家賃7万円×12か月から空室・管理料・税と保険・修繕積立を引いた手取り(年約50万円)を積み上げたもの。所得税・住民税は含めていません。
数字だけなら「売る」が最大です。ただ、この相談で男性が選んだのは「貸す」でした。理由は二つ。一つは、兄弟で分けるときに、売却代金を今分けるより、家賃を毎年分ける方が母の家を残した感覚に近かったこと。もう一つは、10年後に自分の子が就職で地元に戻る可能性があり、そのときに家があれば選択肢になること。数字を見たうえで、数字以外の理由で選ぶ。それが、表を作る目的です。
| 選択肢 | 10年で出るお金 | 10年で入るお金 | 差し引き | 10年後に家は |
|---|---|---|---|---|
| 空き家のまま持つ | 約210万円(税・保険・手入れ) | 0円 | −210万円 | 残る(さらに古くなる) |
| 貸す | 約486万円(初期修繕150万円+経費・空室) | 840万円(家賃7万円×120か月) | +約354万円 | 残る |
| 売る | 約70万円(仲介手数料・印紙) | 1,800万円 | +約1,730万円 | なくなる |
貸すと決めたあとの手順も書きます。まず相続登記(義務化されているので、貸す前に名義を相続人に変える)。兄弟で共有にするか、一人の名義にして家賃を分けるか(共有は後で揉めやすいので、この家では男性の単独名義にし、家賃の半分を兄に渡す取り決めを書面にしました)。次に初期修繕の見積もりを二社から取り、管理会社を決め、火災保険を賃貸用に切り替える。入居が決まったら、翌年の確定申告の準備。
売ると決めた場合の手順は、相続登記、査定を複数社から取る、空き家の特例の要件(建築年・相続からの期限・耐震または取り壊し)を確かめる、媒介契約、の順です。特例の期限は「相続開始から3年目の年末」なので、迷っている間に期限を過ぎないように、最初にカレンダーに書いておいてください。
貸すときの落とし穴を二つ書きます。一つ、普通借家で貸すと、貸主の側から契約を終わらせるには「正当事由」が要り、十年後に自分の子が住みたくなっても簡単には返してもらえません。将来使う可能性があるなら、期間を決めて終わる「定期借家」にしておきます。家賃は普通借家よりやや下がりますが、この家では、十年の定期借家で月七万円が付きました。二つ、家賃を兄弟で分けるときの形です。名義が一人で、家賃の半分を兄に渡すと、形の上では贈与に見えます。この家では、家賃を分ける代わりに、兄には相続のときに預金を多めに渡す形で遺産分割協議書を作り、家賃は男性のものとして整理しました。分け方の設計は、兄弟が同意していても書面にしておかないと、数年後に「そんな約束だったか」になります。
売るときの落とし穴は、期限です。空き家の三千万円控除は「相続開始から三年目の年末」まで。貸してしまうと、貸した時点で「相続のときから空き家だった」という要件から外れ、特例は使えなくなります。つまり、「まず貸して、十年後に売る」を選ぶと、売るときの税金は特例なしで計算することになります。この家では、十年後の売値を千二百万円と見込み、そのときの譲渡所得税を約百万円と見積もったうえで、それでも貸すと決めました。貸してから売るときの税金の計算は、不動産を売ったときの税金の記事にあります。
もう一つ、相続税を払った人には「取得費加算」という制度があり、相続から三年十か月以内に売ると、払った相続税の一部を取得費に足せます。ただし、空き家の三千万円控除とは併用できません。どちらが有利かは、相続税の額と売値で変わるので、売る前に税理士に一度確かめてください。
男性の家の表は、貸して3年目です。家賃は月7万円で入居が続き、初期修繕150万円は3年目でほぼ回収しました。兄との家賃の分配も、書面のとおりに続いています。「売らなくてよかったかは、10年経たないと分からない」と男性は言います。その通りで、この表は正解を出す道具ではなく、兄弟が同じ数字を見て話すための道具です。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-29
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-09-29 確認)。
- 国税庁 No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例 ― 相続した実家を売るときの3,000万円特別控除の要件と期限