相続・手続き 2026-09-05
相続登記の義務化 ― 自分で申請できる相続と、専門家に頼むべき相続の見分け方
2024年4月から相続登記は義務になりました。期限と過料、本人申請で済む典型的な事案、迷わず専門家へ渡すべき事案の境目を、行政書士の実務目線で整理します。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → [名義を変える・税金(10か月〜3年)] → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
「司法書士に見積もりを取ったら、11万円と言われました。自分でやったら、いくらですか」。母を亡くした男性の、最初の質問です。財産は自宅一軒、相続人は男性と妹の二人、協議はまとまっている。「自分でやれば、登録免許税の3万2,000円と、戸籍代の数千円です」と答えると、「じゃあ自分でやります」と言って、実際に、二回の法務局通いで終わらせました。この記事は、その男性が「自分でできる相続」だった理由と、隣の相談者が「頼むべき相続」だった理由の話です。
不動産を相続したとき、名義を亡くなった人から相続人へ書き換える手続きが「相続登記」です。1899年(明治32年)に不動産登記法ができてから120年以上、任意のままだったこの登記は、2024年4月1日から申請が義務になりました。相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請しないと、正当な理由がない限り10万円以下の過料の対象になります。施行日より前に発生した相続も対象で、こちらは2027年3月31日までが期限です。
相続登記が「任意」から「義務」になるまで
- 1899年 不動産登記法が制定(相続登記は任意)
- 2024年4月1日 相続登記が義務化(3年以内に申請、違反は10万円以下の過料)
- 2027年3月31日 経過措置の期限(施行前の相続分の申請期限/評価額100万円以下の免税措置の期限)
義務化の背景にあるのは「所有者不明土地」の問題です。登記が何代も放置された土地は、持ち主を探すだけで年単位の時間がかかり、公共事業や災害復旧、隣地の売買まで止めてしまいます。私が行政書士として相談を受ける事案でも、「祖父の名義のまま」という土地は珍しくなく、相続人が二十人を超えて協議が事実上不可能になっているケースもあります。義務化は、そうなる前に手を打ってもらうための制度です。
では、すべての相続登記を専門家に頼む必要があるかというと、そうではありません。本人申請で十分に済む相続と、最初から専門家に渡したほうが結果的に早くて安い相続があります。見分けるポイントは三つです。
一つ目は、相続人の構成です。配偶者と子だけ、あるいは子だけで、全員が健在で連絡が取れ、遺産分割の話がまとまっている。この条件が揃っていれば、必要書類の収集と申請書の作成は本人でも現実的です。法務局には登記相談の窓口があり、申請書の様式と記載例も公開されています。
二つ目は、相続が一段で終わっているかです。祖父の相続を放置しているうちに父も亡くなった、という「数次相続」になると、関係者が一気に増え、書類の組み立ても複雑になります。相続人の中に行方不明の人、認知症などで判断能力に不安のある人、未成年者がいる場合も、家庭裁判所の手続きが絡むため専門家の領域です。
三つ目は、遺言の有無と形式です。公正証書遺言があれば手続きは比較的シンプルですが、自筆証書遺言は原則として家庭裁判所の検認が必要です(法務局の保管制度を使ったものを除く)。遺言の内容に相続人の一部が納得していない場合は、登記の前に話し合いや調停が必要になり、これも本人だけで進めるのは難しくなります。
本人申請を選ぶ場合、集める書類は大きく分けて三種類です。亡くなった人については、出生から死亡までの連続した戸籍と、最後の住所を証明する住民票の除票。相続人については、現在の戸籍と住民票。不動産については、固定資産税の評価証明書です。遺産分割で取得者を決めた場合は、相続人全員が署名し実印を押した遺産分割協議書と、全員の印鑑証明書を添えます。戸籍を何度も出し直さなくて済むよう、法務局で「法定相続情報一覧図」の写しを交付してもらう制度も使えます。
費用の中心は登録免許税で、不動産の固定資産税評価額の0.4パーセントです。評価額が1,000万円なら4万円になります。ただし、評価額100万円以下の土地については2027年3月31日まで免税とする措置があり、被相続人が登記名義人になる前に亡くなっていた場合の登記にも免税の特例があります。適用条件は法務局や法務省の案内で最新のものを確認してください。
「期限内に協議がまとまらない」というときのために、「相続人申告登記」という簡易な制度も用意されました。自分が相続人であることを法務局に申し出るだけで、いったん義務を果たしたことになります。その後、遺産分割がまとまった時点で本来の相続登記を行います。時間稼ぎではなく、過料を避けながら話し合いを続けるための正規の手段です。
最後に、私が相談の場で必ず伝えていることを書いておきます。相続登記は「いつかやる」が最も危険です。相続人が一人増えるたびに、必要な戸籍と印鑑証明が一式ずつ増え、話し合いの難しさは足し算ではなく掛け算で増えていきます。今の家族構成で整理できるうちに、少なくとも相続関係図と不動産の一覧だけは作っておく。それだけで、後の世代の負担は大きく変わります。
男性の相続を、三つの見分け方に当てはめます。一つ目、相続人の構成。子二人だけで、両方健在、連絡が取れ、協議がまとまっている。二つ目、相続が一段で終わっているか。母の名義で登記されていて、母の相続だけ。三つ目、遺言。なし、協議書で対応。三つとも本人申請の側でした。集めた書類は、母の出生から死亡までの戸籍5通、住民票の除票、男性と妹の戸籍と住民票、固定資産税評価証明書、協議書と印鑑証明書2通。費用は、登録免許税が固定資産税評価額800万円×0.4%で3万2,000円、戸籍等の実費が約4,500円、合計3万6,500円。法務局には、相談窓口で申請書を見てもらった日と、申請した日の二回。補正は一回、協議書に契印がなかったので、その場で押して終わりました。司法書士の見積もり11万円との差は、約7万3,500円です。
同じ週に来た別の相談は、逆でした。祖父名義の土地で、祖父の相続を放置している間に父が亡くなり、父の兄弟のうち一人もすでに亡くなっている。相続人を数えると11人、うち2人は住所が分からない。数次相続で、行方不明者がいて、家庭裁判所の不在者財産管理人の手続きが要る。三つの見分け方のうち、一つ目と二つ目で「専門家へ」の側です。この相続は、司法書士に最初から渡しました。報酬は約28万円、登録免許税は土地三筆で約6万円、家庭裁判所の手続きの費用が別途。本人でやろうとすれば、戸籍だけで30通を超え、11人との連絡と協議で、年単位です。
「いつかやる」の危なさも、数字で書きます。この祖父名義の土地は、祖父の死亡が32年前。その時点で相続人は祖母と子4人の5人でした。祖母が亡くなり、子のうち2人が亡くなり、その子(孫)が加わって、32年で11人。相続人が一人増えるたびに戸籍と印鑑証明が一式ずつ増える、と本文に書いたとおりで、5人のときにやっていれば、本人申請の範囲でした。
当サイトの「相続登記ナビ」は、この記事で述べた「本人申請で済む事案」を想定して、相続人と不動産を入力すると、相続関係図と法定相続分、登記までの手順、登録免許税の目安と免税に当たるかどうか、申請書案までを順番に整理するツールです。専門家に相談する前の論点整理としても使えます。
11万円の見積もりを持って来た男性は、3万6,500円で終えました。隣の相談者は、28万円を払って、司法書士に渡しました。どちらも正しい選択で、違いは、三つの見分け方のどちら側にいたか、だけです。「相続関係図と不動産の一覧だけは作っておく」と本文に書きました。その一枚があれば、自分がどちら側かは、見積もりを取る前に分かります。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-05
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-05 確認)。
- 法務省「不動産を相続した方へ」(相続登記の申請義務化) ― 義務化の内容、期限、正当な理由の例
- 法務局「相続登記の登録免許税の免税措置について」 ― 100万円以下の土地などの免税と、申請書への根拠条文の書き方