土地・不動産 2026-09-09
賃貸物件の相続 ― 大家を相続した人と、借りていた部屋を相続した人、それぞれの手続き
アパートや貸家を相続すると、賃貸借契約も敷金も引き継ぎます。遺産分割までの家賃は誰のものか、借主への通知、管理会社との契約、敷金返還義務、建物の相続税評価(貸家は3割減)。逆に、亡くなった人が借りていた部屋の借家権も相続されます。大家側と借主側、両方の手続きを整理します。
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父が遺したのは、6室のアパート一棟でした。相続人は兄と妹。父の死から一か月、家賃は父の口座に振り込まれ続け、口座は凍結されて引き出せず、2階の部屋から「給湯器が壊れた」と電話が来た。兄は「修理代は誰が出すのか」と言い、妹は「家賃は誰のものか」と聞きました。二つの質問に、答えは一つずつあります。この記事は、6室のアパートを、兄妹がどう引き継いだかの話です。
相続の相談で、財産の中にアパートや貸家が入っていることは珍しくありません。賃貸物件の相続は、不動産の相続に「契約の相続」が重なるので、確認することが増えます。大家の立場を相続した場合と、借りていた部屋を相続した場合、両方を書きます。
大家を相続した場合。賃貸借契約は、貸主が亡くなっても終わりません。相続人が貸主の地位をそのまま引き継ぎ、借主との契約は続きます。契約書を作り直す必要はなく、借主に「貸主が変わった」ことと、家賃の振込先を通知します。敷金も引き継ぎます。借主が退去するとき、敷金を返す義務は相続人にあり、「親が預かった敷金は知らない」は通りません。敷金がいくら預かられているかを、契約書と通帳で確認してください。
遺産分割が終わるまでの家賃は、誰のものか。2005年の最高裁判例で、相続開始から遺産分割までの家賃は、遺産とは別に、各相続人が法定相続分に応じて取得する、と整理されています。つまり、分割前の家賃を一人の相続人の口座に入れ続けると、他の相続人から法定相続分の請求を受けます。実務では、分割が終わるまでの家賃を管理する口座を一つ決め、記録を残し、分割のときに精算します。
管理会社に管理を委託していた場合、その管理委託契約も相続人が引き継ぎます。管理会社には早めに連絡して、家賃の送金先、修繕の判断者、契約更新の窓口を相続人のうち誰にするかを伝えます。相続人が複数いて意見が分かれると、修繕の判断が止まり、借主に迷惑がかかります。共有の記事で書いたとおり、賃貸物件を共有で相続するのは特に避けたい形で、一人が取得して他の相続人に代償金を払う分け方を先に検討してください。
相続税の評価では、貸している建物は「貸家」として、自用の建物より低く評価されます。固定資産税評価額から借家権割合(全国一律30パーセント)を引いた額です。土地も「貸家建付地」として、路線価評価から借地権割合×借家権割合×賃貸割合を引きます。空室が多いと賃貸割合が下がり、評価の減額が小さくなります。アパートの相続で税理士が最初に確認するのは、相続時点の入居状況です。
| 引き継ぐもの | 内容 | 実務 |
|---|---|---|
| 賃貸借契約 | 貸主の地位。契約はそのまま続く | 借主へ貸主変更と振込先を通知 |
| 敷金 | 返還義務 | 預かり額を契約書・通帳で確認 |
| 分割前の家賃 | 相続人が法定相続分で取得(遺産とは別) | 管理口座を一つ決め、分割時に精算 |
| 管理委託契約 | 管理会社との契約 | 窓口になる相続人を決めて連絡 |
| 修繕義務 | 貸主の義務 | 共有だと判断が止まる。取得者を一人に |
借りていた部屋を相続した場合。亡くなった人が借主だった部屋の借家権も、相続の対象です。同居していた相続人がそのまま住み続けるなら、貸主に相続の事実を連絡し、契約の名義を変えます。誰も住まないなら解約しますが、解約の予告期間(多くは1か月)の家賃と、原状回復の費用は相続人の負担です。相続放棄をするなら、部屋の片づけや解約の手続きが「相続財産の処分」と見られないよう、放棄の前に専門家に確認してください。
同居していたのが内縁の配偶者や事実上の養子で、相続人ではない場合はどうか。借地借家法は、借主が亡くなり相続人がいないとき、同居していた内縁の配偶者や事実上の養子が借家権を引き継げると定めています。ただし相続人がいる場合には適用されず、相続人が相続した借家権のもとで住み続けることになります。公営住宅は、この借家権の相続の考え方が当てはまらず、入居者が亡くなると原則として同居していた人が改めて承認を受ける手続きになります。
順にやったことです。一つ目、借主への通知。6室の借主全員に、貸主が亡くなったこと、契約はそのまま続くこと、家賃の振込先を当面は兄の口座(分割までの管理用に新しく作った口座)にすること、を書面で通知。二つ目、敷金の確認。契約書と父の通帳から、6室分の敷金の合計が54万円と分かり、これは将来返す義務として兄妹が引き継ぎます。三つ目、給湯器。修理代8万5,000円は、管理用口座に入った家賃から支払い、記録を残しました。分割前の家賃は法定相続分で兄妹のものなので、そこから出した修理代も兄妹で折半した、という整理です。
家賃の数字を書きます。6室で月額家賃の合計は33万円、年396万円。分割までの八か月で264万円が管理用口座に入り、修理代や固定資産税など支出が約70万円、残り194万円を、分割のときに兄妹で97万円ずつ精算しました。妹が聞いた「家賃は誰のものか」の答えは、この97万円です。相続開始から分割までの家賃は、遺産とは別に、法定相続分で各相続人のもの。兄一人の口座に入れ続けていたら、この97万円を妹が請求する場面になっていました。
分け方は、兄がアパートを取得し、妹に代償金を払う形にしました。アパートの評価は、相続税評価で貸家建付地と貸家の減額が入り、土地の路線価評価3,200万円から借地権割合60%×借家権割合30%×賃貸割合100%(満室)で18%減の約2,620万円、建物は固定資産税評価額900万円から30%減の630万円、合計約3,250万円。ただし、代償金の額を決めるときは、相続税評価ではなく、不動産会社の査定4,100万円を使いました。妹への代償金は、査定の半分の2,050万円から、兄が引き継ぐ敷金54万円の半分27万円を引いた2,023万円を、兄が銀行から借りて一括で払いました。共有で相続する案は、給湯器の一件で兄妹とも「判断が二人になると止まる」と分かっていたので、最初から外しました。
大家側でも借主側でも、最初にすることは同じです。契約書を見つけ、貸主・借主・家賃・敷金・期間を確認し、相手方に相続の事実を通知する。それから、住み続けるのか、貸し続けるのか、手放すのかを決める。契約の相続は、通知が遅れるほど話がこじれます。
給湯器の電話から八か月、アパートは兄の名義になり、妹は2,023万円と、分割前の家賃の97万円を受け取りました。「修理代は誰が出すのか」の答えは管理用口座、「家賃は誰のものか」の答えは法定相続分。この二つを最初の一か月で決めておくと、賃貸物件の相続は止まりません。「通知が遅れるほど話がこじれる」と最後に書きました。6室の借主への通知は、死亡から五週間目で、これが、この家で一番急いだ仕事でした。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。