相続・手続き 2026-09-09

遺言の付言事項 ― 法的効力はないが、いちばん読まれる部分

遺言書の最後に添える「付言事項」は、財産の配分のような法的効力を持ちません。それでも、なぜこの配分にしたか、家族への感謝、葬儀の希望を書いた数行が、相続のあとの争いを一つ減らすことがあります。書く内容、書かないほうがいい内容、遺留分を侵す配分のときの書き方、自筆・公正証書・保管制度それぞれでの扱い、実務で見た「効いた付言」を整理します。

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この記事の位置: [亡くなる前にできること] → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

遺言書の本文は、三行でした。「自宅を長男に相続させる。預貯金を次男に相続させる。遺言執行者を長男とする」。付言事項は、十二行ありました。次男は、本文を読んで、遺留分の計算を始め、付言を読んで、計算をやめました。私は、その遺言の下書きを、父と一緒に作った側です。付言の十二行に、父は三週間かけました。この記事は、その十二行の話です。

遺言書の本文は、財産を誰に渡すかを条文のように書きます。「第1条 遺言者は、下記の不動産を長男〇〇に相続させる」。読む側にとって、これは通知です。その最後に、条文ではない言葉を添えることができます。付言事項です。法的効力はありません。しかし、相続人が最初に読み、最後まで覚えているのは、たいていこの部分です。

付言事項に書けることに、決まりはありません。多いのは、なぜこの配分にしたかの理由、家族への感謝、残された人への希望、葬儀や墓についての希望、そして「争わないでほしい」という言葉です。エンディングノートの記事で書いた「遺言に書いても効力のないこと」は、付言事項として遺言の中に書くこともできます。効力がないのは同じですが、遺言と一緒に読まれるという点が違います。

最も効くのは、配分の理由です。遺留分の記事で書いたとおり、法定相続分と違う配分や、遺留分を侵す配分は、争いの種になります。「長男に自宅を相続させる」とだけ書かれた遺言を読んだ次男は、理由が分からないまま、遺留分侵害額請求をするかどうかを考えます。同じ遺言に「長男は十年にわたって私の介護を担い、自宅に同居して支えてくれた。次男には申し訳ないが、自宅は長男に住み続けてほしい。次男には預貯金を多めに残した」と付言があれば、次男の受け止め方は変わります。請求の権利は消えませんが、請求するかどうかは気持ちで決まる。付言事項は、その気持ちに働きかける唯一の場所です。

書かないほうがいいことも書いておきます。一つ、特定の相続人への非難や恨み。「次男は親不孝だった」と書かれた遺言は、次男を怒らせ、争いを増やします。理由を書くなら、渡す側の事情(介護、同居、事業の承継)で書き、渡さない側の落ち度は書かない。二つ、本文と矛盾する内容。付言に「実は次男にも自宅の半分を」と書くと、本文との関係で解釈の争いになります。付言は本文を補うもので、本文を変えるものではありません。三つ、条件や指示のような書き方。「長男は次男に毎月〇万円渡すこと」と付言に書いても効力はなく、長男が守らなければ次男の不満が残ります。守らせたいことは、本文に負担付きの条項として書きます。

形式ごとの扱いを整理します。自筆証書遺言では、付言事項も本文と同じく自書します(財産目録以外は全文自書が要件で、付言も遺言書の一部です)。長い付言を書くなら、その分も手書きです。保管制度の記事で書いた法務局の保管でも、付言事項を含めて預けられます。公正証書遺言では、公証人に付言事項の内容を伝えれば、公正証書の中に記載されます。公証人は、法的効力のある本文と区別して「付言事項」の見出しで書きます。文案は本人が作り、公証人は法的に問題のある表現(本文と矛盾する部分など)を指摘します。

付言事項に書くこと・書かないこと
書くこと書かないこと
この配分にした理由(渡す側の事情:介護、同居、承継)渡さない側の落ち度や非難
家族への感謝と希望本文と矛盾する内容
葬儀・墓・遺品についての希望指示や条件(守らせたいことは本文に)
「争わないでほしい」という言葉曖昧で解釈の争いになる言葉

実務で見た「効いた付言」を、形を変えて書きます。事業を長男に継がせ、次男と長女には預貯金と保険を残した父の遺言に、「会社は私の人生そのもので、それを継ぐ長男には財産以上の重荷を渡している。次男と長女は、その重荷を負わずに済む分、自由に生きてほしい」とありました。次男と長女は、遺留分の計算をする前に、その一文で納得したと言いました。効力のない数行が、計算を止めた例です。

逆に、付言がなかったために揉めた例も見ています。配分の理由は、書いた本人には自明でも、読む家族には分かりません。「言わなくても分かる」は、遺言の場面では通用しない。本人がもういないからです。遺言を書くときは、本文を書き終えたら、その理由を一段落、付言として足してください。遺言執行者の記事で書いた執行者にとっても、付言は相続人への説明の根拠になります。

十二行の中身を、形を変えて書きます。長男が二十年、家業の工場を父と一緒にやってきたこと。自宅は工場の隣で、長男が住み続けないと工場が回らないこと。次男は東京で自分の会社を持ち、父はそれを誇りに思っていること。預貯金1,800万円は次男に、と決めたのは、次男の会社の運転資金に使ってほしいからだということ。そして、「二人が私の葬式で顔を合わせて、そのまま一緒に飯を食ってくれれば、それでいい」。父は、この最後の一行を書くのに、一週間かけました。

数字も書きます。自宅は評価額2,600万円、預貯金1,800万円、合計4,400万円。法定相続分は2,200万円ずつで、次男の遺留分は1,100万円。次男が受け取るのは1,800万円で、遺留分は超えています。ただ、次男が「自宅と工場の土地は、評価額より実際の価値が高い。査定を取れば4,000万円はする」と主張すれば、遺留分の計算の基礎が動き、請求の余地はありました。次男は、その主張をしませんでした。付言を読んだあとで、「父さんの言うとおりだ」と言ったからです。

逆の例も、同じ年にありました。「自宅を長男に、預貯金を長女に」という本文だけの遺言で、付言なし。長女は、自宅の評価額が預貯金より1,000万円多いことを知り、理由が書いていないので、「兄が父を言いくるめた」と思った。遺留分の請求をし、内容証明から支払いまで五か月、その間、長男と長女は口をきいていません。配分は、父の遺言と同じ「長男が多い」形でしたが、理由の一行がなかった。付言は本文を変えないが、読む人の気持ちを変える、と本文に書いた差が、この二つの家の五か月です。

最後に一つ。付言事項は、遺言を書く動機にもなります。財産の条文だけを書こうとすると筆が止まる人が、「家族に何を伝えたいか」から書き始めると、配分も決まっていく。遺言の種類の記事で選び方を書きましたが、どの種類を選ぶにしても、付言事項から下書きを始めることを、相談の場では勧めています。

三行の本文と、十二行の付言。次男が計算をやめたのは、十二行の最後の一行でした。「言わなくても分かる、は遺言の場面では通用しない。本人がもういないから」と本文に書きました。父は、いなくなったあとに読まれる十二行に、三週間をかけた。遺言を書く人に、付言から下書きを始めることを勧める理由は、この三週間が、次男の五か月を消したからです。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

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