暮らしと手続き 2026-09-07

自筆証書遺言の保管制度 ― 法務局に預けると何が変わるか、検認との違い

2020年7月に始まった法務局の自筆証書遺言書保管制度。手数料3,900円で預けると、紛失・改ざんの心配がなくなり、家庭裁判所の検認が不要になります。預ける前の様式ルール、預けたあとに相続人がすること、公正証書遺言との使い分けを整理します。

自筆証書遺言は、紙とペンと印鑑があれば一人で作れる、いちばん手軽な遺言です。その手軽さの裏に、二つの弱点がありました。一つは、家のどこかにしまった遺言書が見つからない、あるいは見つけた人が破棄・改ざんするおそれ。もう一つは、相続が始まったあとに家庭裁判所で「検認」という手続きを経ないと、登記にも銀行にも使えないことです。2020年7月10日に始まった「自筆証書遺言書保管制度」は、この二つの弱点を法務局が預かることで解消する仕組みです。

自筆証書遺言をめぐる制度の変化

  1. 2019年1月13日 財産目録の自書が不要に(パソコン作成や通帳コピーでも可(各ページに署名押印))
  2. 2020年7月10日 法務局の保管制度が開始(預けた遺言書は検認不要に)
  3. 2021年 死亡時通知の運用開始(指定した一人に、死亡確認後に法務局から通知)

制度の中身はシンプルです。遺言者本人が、住所地・本籍地・所有不動産の所在地のいずれかを管轄する法務局(遺言書保管所)に出向き、自分で書いた遺言書を預けます。手数料は一通3,900円。法務局は遺言書の原本を保管し、画像データも記録します。預けた遺言書は、本人が生きている間は本人だけが閲覧・撤回でき、他人が見ることはできません。

預けるためには、遺言書が制度の様式に合っている必要があります。用紙はA4、片面のみ、上下左右に決められた余白(上5ミリ、下10ミリ、左20ミリ、右5ミリ)を空け、各ページに番号を振り、綴じない。本文は全文自書、日付と氏名を自書し、押印します。財産目録だけはパソコンで作ったものや通帳のコピーでもよく(2019年1月以降)、その場合は目録の各ページに署名と押印が要ります。法務局は様式と、日付・署名・押印といった形式の要件を確認しますが、遺言の内容が有効かどうかは審査しません。「預かってもらえた=内容が法的に通る」ではない点は覚えておいてください。

本人が亡くなったあと、相続人や受遺者は、法務局に「遺言書情報証明書」(一通1,400円)を請求できます。これが遺言書の写しにあたり、相続登記や金融機関の手続きにそのまま使えます。家庭裁判所の検認は不要です。証明書を誰かが受け取ると、法務局は他の相続人全員に「遺言書が保管されている」旨を通知するので、一部の相続人だけが内容を知って手続きを進める、ということも起きにくくなっています。

さらに、預ける時点で通知先を一人指定しておくと、本人の死亡が戸籍で確認された時点で法務局からその人に通知が届く「死亡時通知」も使えます。遺言書の存在を誰にも言わずに亡くなる、という事態を防ぐ仕組みです。

検認との違いを整理しておきます。検認は家庭裁判所が遺言書の状態(形、加除訂正、日付、署名)を確認し記録する手続きで、申立てから完了まで一、二か月かかります。検認も遺言の有効性を判断するものではありません。つまり、保管制度は「検認と同じ確認を、生前に法務局が済ませておく」制度だと考えると分かりやすいです。自宅で保管した自筆証書遺言は検認が必須、法務局に預けた自筆証書遺言は検認不要、公正証書遺言はもともと検認不要、この三つの並びになります。

では公正証書遺言と、どちらを選ぶか。公正証書遺言は公証人が作成し、証人二人が立ち会い、内容の法的な組み立てまで公証人が関わるので、無効になるリスクが最も低い形式です。公証人手数料は財産額で決まりますが、証人二人の手配や専門家の関与まで含めた実費は10万円台からになることが多く、私の経験では10万円を下回った例はありません。保管制度は3,900円で紛失と検認の問題は解決しますが、内容の有効性は自分で担保する必要があります。財産が不動産を含み、相続人の間で意見が分かれそうな場合は公正証書、財産がシンプルで相続人同士の関係が良好なら保管制度、というのが私の目安です。

三つの形式の比較(2026年9月時点)
形式作り方費用の目安検認内容の有効性
自筆証書(自宅保管)全文自書0円必要自己責任
自筆証書(法務局保管)全文自書+様式に従う3,900円/通不要自己責任(法務局は形式のみ確認)
公正証書公証人が作成、証人2人実費10万円台から(証人の手配を含めると15万円前後になることも)不要公証人が関与

私の実務では、保管制度を第一候補に勧めています。これまで「きちんとした遺言」といえば公正証書という空気がありましたが、それは自筆証書の弱点(紛失と検認)を埋める手段が他になかったからで、保管制度がその穴を3,900円で塞いだ以上、費用の差は無視できません。ただし、保管の申請書は法務局の様式に沿って作る必要があり、オンラインで下書きもできますが、入力欄の意味が取りにくい箇所があって、高齢の方が一人で仕上げるのは難しいのが実情です。遺言の中身を整える手伝いと、この申請書を仕上げる手伝い。専門家の出番は、公正証書を勧めることから、そこへ移ってきていると感じています。

最後に一つ。保管制度を使うと決めたら、遺言書の内容は必ず下書きの段階で誰かに読んでもらってください。法務局は内容を見てくれません。ただし、読んでもらっても消せないものがあります。遺留分です。「妻に全部」と書いても、子には法律で保障された取り分(遺留分)が残り、遺言の書き方でこれを排除することはできません。生前に家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄してもらうか、廃除の要件を満たす場合を除けば、専門家が書いても同じです。読んでもらう目的は遺留分を消すことではなく、遺留分の請求が来ることを前提に、誰にどれだけ渡すかを組み立て直すことです。預ける前の一手間が、預けたあとの十年を左右します。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士) 内容確認日:2026-09-07

記事の内容は執筆時点の公開情報と実務経験に基づく一般的な解説です。個別の事案については、公式資料と専門家への相談で確認してください。

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