相続・手続き 2026-09-07
遺留分の基本 ― 遺言でも奪えない取り分は、誰に、どれだけあるのか
「妻に全部」「長男に全部」と遺言に書いても、他の相続人には法律で保障された最低限の取り分「遺留分」が残ります。誰に遺留分があるのか、割合はいくつか、2019年の改正で請求の仕方がどう変わったか、時効、生前にできる対策までを整理します。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → [分け方を決める] → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
遺言書の開封に、四人が集まりました。母の公正証書遺言で、内容は「自宅と預金のすべてを長女に」。次女と三女は何も受け取らない、という遺言です。次女が言いました。「母の意思なら、仕方ないと思っています」。私は、それは半分正しく、半分違います、と答えました。母の意思で長女に全部渡すことはできる。ただ、次女と三女には、法律が保障した最低限の取り分が残っていて、それは母の意思でも消せない。この記事は、その「消せない線」の話です。
遺言は、財産を誰にどう渡すかを本人が決められる制度です。ただし一つだけ、遺言でも動かせない線があります。それが遺留分(いりゅうぶん)です。一定の相続人に、法律が最低限の取り分を保障していて、遺言や生前贈与でそれを下回る扱いを受けた相続人は、多く受け取った人に対して「侵害された分を金銭で払え」と請求できます。自筆証書遺言の保管制度の記事でも触れましたが、遺言の書き方でこれを排除することはできません。
遺留分があるのは、配偶者、子(子が先に亡くなっていれば孫)、そして直系尊属(父母・祖父母)です。兄弟姉妹には遺留分がありません。したがって、子も親もいない人が「妻に全部」と遺言すれば、兄弟姉妹は何も請求できず、遺言どおりに妻が全部を受け取ります。逆に、子がいる人が「妻に全部」と書いた場合、子には遺留分が残ります。
割合は、相続人が直系尊属だけのときは遺産の3分の1、それ以外の場合は2分の1です。これが相続人全員分の「総体的遺留分」で、個々の相続人の遺留分は、これに法定相続分を掛けて出します。たとえば配偶者と子二人が相続人なら、総体的遺留分は2分の1、配偶者は2分の1×2分の1で4分の1、子は一人あたり2分の1×4分の1で8分の1です。
| 相続人 | 総体的遺留分 | 各人の遺留分 |
|---|---|---|
| 配偶者のみ | 1/2 | 配偶者 1/2 |
| 配偶者と子 | 1/2 | 配偶者 1/4、子 1/4(子が複数なら人数で等分) |
| 子のみ | 1/2 | 子 1/2(複数なら人数で等分) |
| 配偶者と父母 | 1/2 | 配偶者 1/3、父母 1/6(二人なら各1/12) |
| 父母のみ | 1/3 | 父母 1/3(二人なら各1/6) |
| 配偶者と兄弟姉妹 | 1/2 | 配偶者 1/2、兄弟姉妹 なし |
| 兄弟姉妹のみ | なし | なし |
具体的な数字で見ます。例1。相続人は配偶者と子二人、財産は現金1,000万円だけ。遺言には「全額を愛人に」とある。この遺言は有効ですが、遺留分が働きます。総体的遺留分は1,000万円の2分の1で500万円。配偶者の遺留分は250万円、子は一人125万円ずつです。三人はそれぞれ愛人に対して、この額を金銭で請求できます。愛人はいったん1,000万円を受け取りますが、請求に応じて合計500万円を払い、手元に残るのは500万円です。「全額を」と書いても、実際に自由に渡せるのは半分まで、ということです。
| 遺言どおり | 愛人 1,000万円 |
|---|---|
| 遺留分(保障される最低限) | 配偶者 250万円 / 子 125万円 / 子 125万円 / 自由に渡せる 500万円 |
| 請求後の最終 | 配偶者 250万円 / 子 125万円 / 子 125万円 / 愛人 500万円 |
配偶者と子は、それぞれの遺留分の額を愛人に金銭で請求できる。
例2。相続人は配偶者と子三人、財産は同じく現金1,000万円。遺言は「妻に半分、長男に半分」。次男と三男は何も受け取れない内容です。子の法定相続分は一人6分の1なので、遺留分は2分の1×6分の1で一人12分の1、金額にして約83万円(1,000万円÷12)。次男と三男はそれぞれ約83万円を請求できます。誰が払うかは民法1047条で決まっていて、遺言で受け取った人が受け取った額の割合で負担します。妻と長男は500万円ずつなので折半、それぞれ約83万円を払います。最終的に、妻と長男が約417万円ずつ、次男と三男が約83万円ずつ。妻の取り分は自分の遺留分(250万円)を割り込まないので、この負担で問題ありません。
| 遺言どおり | 妻 500万円 / 長男 500万円 |
|---|---|
| 遺留分(保障される最低限) | 妻 250万円 / 長男 83万円 / 次男 83万円 / 三男 83万円 / 自由に渡せる 500万円 |
| 請求後の最終 | 妻 417万円 / 長男 417万円 / 次男 83万円 / 三男 83万円 |
次男・三男の請求(各約83万円)は、妻と長男が受け取った額の割合(500:500)で負担する(民法1047条)。
計算の土台になる財産(遺留分算定の基礎財産)は、亡くなった時点の財産だけではありません。相続人への生前贈与は原則として相続開始前10年以内のもの、相続人以外への贈与は1年以内のものを足し戻し、そこから債務を引きます。「生前に長男へ贈与した分は関係ない」とはならず、10年分は遡って計算に入ります。
2019年7月1日の民法改正で、請求の仕組みが大きく変わりました。改正前は「遺留分減殺請求」といって、不動産そのものの持分を取り戻す形だったため、家や土地が請求した人と受け取った人の共有になり、その後の処分で揉める原因になっていました。改正後は「遺留分侵害額請求」となり、侵害された額を金銭で請求する権利に一本化されました。不動産は遺言どおり受け取った人のものになり、代わりにお金を払う。支払いが難しい場合は、裁判所に支払期限の猶予を求めることもできます。
請求には期限があります。相続の開始と、遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことの両方を知った時から1年で時効にかかります。知らなくても、相続開始から10年で消滅します。1年は短いので、遺言の内容を知って納得できない場合は、内容証明郵便で請求の意思を伝えて時効を止めるのが実務の定石です。
遺留分侵害額請求の期限
- 相続開始 被相続人の死亡(ここから10年で請求権は消滅)
- 侵害を知った日 遺言の内容・贈与を知る(ここから1年以内に請求(内容証明で意思表示))
- 請求後 金銭で支払い(支払いが難しい場合は裁判所に期限の猶予を求められる)
生前にできることも書いておきます。遺留分そのものを消す方法は限られていて、相続人本人が生前に家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄するか、その相続人に著しい非行がある場合の「廃除」だけです。どちらも本人の意思や家庭裁判所の判断が要るので、遺言を書く側が一方的にはできません。現実的なのは、遺留分の請求が来ることを前提に、請求された側が払える現金を用意しておく(生命保険をその原資にするなど)、あるいは遺留分に相当する分を最初から遺言で渡しておくことです。「全部を一人に」ではなく「遺留分は渡したうえで、残りを一人に」と書くだけで、相続後に請求と支払いをめぐって揉める種は大きく減ります。
現場の数字です。財産は自宅(評価額2,400万円)と預金1,800万円で合計4,200万円。相続人は三姉妹。総体的遺留分は2分の1で2,100万円、一人あたり法定相続分3分の1を掛けて、次女と三女の遺留分は700万円ずつ。長女は4,200万円を受け取り、請求があれば、次女と三女にそれぞれ700万円を金銭で払う。長女の手元に残るのは2,800万円です。
次女と三女は、請求しました。その後の流れも書きます。二人は、遺言の内容を知った日から三週間後に、内容証明郵便で「遺留分侵害額請求をする」と長女に送りました。1年の時効を止めるためで、金額はこの時点では書いていません。長女には預金1,800万円が入るので、1,400万円は払える。残り、と思うところですが、そもそも1,400万円で足りているので、自宅を売る必要はなく、長女は二か月後に700万円ずつを振り込みました。2019年の改正前なら「減殺請求」で自宅の持分が三姉妹の共有になり、そのあと売るかどうかで揉める形でしたが、改正後は金銭で終わります。
遺言を書く側が、どうすればよかったかも書きます。母が「次女と三女に700万円ずつ、残りを長女に」と書いていれば、結果は同じ配分で、内容証明も振込も要らず、三姉妹が遺言書の前で気まずくなる場面もありませんでした。あるいは、母が長女に「全部渡したい」理由(長女が十年、母と同居して介護していた)を付言に書いていれば、次女は「請求しない」と言った可能性があります。実際、次女は後日、「理由が書いてあれば、気持ちは違った」と言いました。遺留分は、線の位置を知ったうえで、その線を踏まえて書く。線を知らずに書いた遺言は、残された人を、遺言書の前で分断します。
遺留分は、遺言を書く人にとっては制約に見えますが、残された家族にとっては最後の安全網です。遺言を書くなら、この線がどこにあるかを知ったうえで書く。専門家に相談する価値が最も高いのは、遺言の文章ではなく、この配分の設計です。
「母の意思なら仕方ない」と言った次女は、700万円を受け取り、長女とは今も年に一度、母の墓参りで会っています。金銭で終わったから、続いている関係です。この記事の最後に「専門家に相談する価値が最も高いのは配分の設計」と書きました。母がその設計をしていれば、内容証明は要りませんでした。遺留分は、遺言を書く人の制約ではなく、書く人が家族に残す、最後の思いやりの形です。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。