暮らしと手続き 2026-09-07
相続放棄の期限と手順 ― 3か月の数え方、やってはいけないこと、放棄したあとに残るもの
借金や管理できない不動産を引き継ぎたくないときの「相続放棄」。家庭裁判所への申述、3か月の熟慮期間の起算点、期限の延長、放棄が無効になる行為、放棄後に相続権が移る先、そして2023年改正後の保存義務までを整理します。
相続放棄は、亡くなった人の財産も借金も一切引き継がない、という選択です。家庭裁判所に「相続放棄の申述」をして受理されると、その人は最初から相続人でなかったものとして扱われます。「遺産はいらない」と他の相続人に伝えただけ、遺産分割協議で何も取らなかっただけでは、法律上の相続放棄にはなりません。借金は残ります。放棄と呼べるのは、家庭裁判所の手続きを経たものだけです。
申し立てる先は、亡くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。必要なのは、相続放棄申述書、亡くなった人の住民票の除票(または戸籍の附票)、申述人の戸籍謄本、そして亡くなった人との関係が分かる戸籍(配偶者や子なら、死亡の記載がある戸籍)です。費用は収入印紙800円と、連絡用の郵便切手が数百円。本人が窓口へ行かなくても郵送で申述でき、後日、裁判所から届く照会書に答えて返送すれば、通常は数週間で受理通知が届きます。
期限は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月」です。この3か月を熟慮期間と呼びます。起算点は死亡日そのものではなく、自分が相続人になったことを知った日です。たとえば、先順位の子が全員放棄したことで兄弟姉妹に相続権が回ってきた場合、兄弟姉妹の3か月は、そのことを知った日から始まります。とはいえ、配偶者や子であれば死亡を知った日がそのまま起算点になるのが普通なので、実務上は「亡くなってから3か月」と考えて動くのが安全です。
相続放棄の期限の数え方
- 死亡 相続の開始(配偶者・子は、通常この日を知った日が起算点)
- 知った日から3か月以内 家庭裁判所へ申述(間に合わないときは期限前に「伸長」を申し立てる)
- 受理後 受理通知書が届く(必要に応じて受理証明書を取り、債権者・他の相続人へ)
3か月で財産と借金の全体像がつかめないときは、期限が来る前に家庭裁判所へ「熟慮期間の伸長」を申し立てることができます。認められれば3か月程度延びます。逆に、3か月を過ぎてから借金の存在を知った場合でも、財産が全くないと信じたことに相当の理由があるといった事情があれば、放棄が認められた裁判例があります。ただしこれは例外的な扱いで、期限内に動くのが原則です。
放棄を考えているなら、やってはいけないことがあります。亡くなった人の財産を処分すること、たとえば預金を引き出して自分のために使う、不動産を売る、車を名義変更する。こうした行為は「単純承認」とみなされ、相続を受け入れたことになって放棄ができなくなります。葬儀費用を遺産から常識的な範囲で支払うことや、保存のために必要な修繕は処分に当たらないとされていますが、迷う行為は放棄が受理されるまで控えるのが安全です。
放棄すると、相続権は次の順位へ移ります。子が全員放棄すれば父母(直系尊属)へ、父母もいなければ兄弟姉妹へ。借金を理由に放棄する場合、自分が放棄しただけでは終わらず、次の順位の親族に借金が回ることになります。親や兄弟に知らせずに放棄すると、相手が知らないうちに債権者から請求を受けることになるので、放棄する前に一言伝えておくのが実務での鉄則です。
放棄しても残るものがあります。2023年4月の民法改正で、放棄した人のうち「その時点で財産を現に占有している人」は、次の相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、その財産を自分の財産と同じ注意で保存する義務を負うと整理されました。実家に住んでいた子が放棄した場合、家を放置して倒壊させてよいわけではなく、引き継ぐ相手が決まるまでの保存責任は残ります。誰も引き継がない場合は、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てることになります。
放棄と似た制度に「限定承認」があります。相続で得た財産の範囲でだけ借金を返す、という条件付きの承認で、財産が借金より多いか少ないか分からないときに使えます。ただし相続人全員で共同して申述する必要があり、手続きも重いので、実務で選ばれることは多くありません。
| 単純承認 | 限定承認 | 相続放棄 | |
|---|---|---|---|
| 引き継ぐもの | 財産も借金も全部 | 財産の範囲で借金を返す | 何も引き継がない |
| 手続き | 不要(3か月経過や財産の処分で自動的に) | 家庭裁判所へ、相続人全員で | 家庭裁判所へ、一人でも可 |
| 期限 | ― | 知った時から3か月 | 知った時から3か月 |
| 向いている場合 | 財産が借金より明らかに多い | どちらが多いか分からない | 借金が多い、関わりたくない |
放棄が受理されたら、家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届きます。債権者への説明や、他の相続人が相続登記をするときには、裁判所で「相続放棄申述受理証明書」を取って渡します。法定相続情報一覧図には放棄の事実が反映されないので、証明書は別に用意しておいてください。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士) 内容確認日:2026-09-07
記事の内容は執筆時点の公開情報と実務経験に基づく一般的な解説です。個別の事案については、公式資料と専門家への相談で確認してください。