相続・手続き 2026-09-09

エンディングノートと遺言の違い ― 書いても法的な効力がないもの、あるもの

エンディングノートは、書店で買えて気軽に書けます。ただし、財産の分け方をどれだけ丁寧に書いても法的な効力はありません。効力があるのは要件を満たした遺言だけです。ノートに書く価値があること(財産の一覧、口座、連絡先、医療と葬儀の希望)、遺言にしか書けないこと、二つを組み合わせる実務の勧め方を整理します。

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この記事の位置: [亡くなる前にできること] → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

80代の女性が、書店で買ったエンディングノートを持って来ました。丁寧な字で、最後まで埋まっています。財産の欄には「家と預金は長女に。次女には生前に十分してあるので、なし」と書いてある。「これで安心しました」と彼女は言いました。私は、ノートの出来をほめてから、一つだけ言いました。「この財産の欄は、法律上は、何の効力もありません」。彼女は「全部書いたのに」と言いました。全部書いてあります。ただ、書く場所が違いました。

「エンディングノートを書いたから大丈夫」という相談者に、行政書士として最初に伝えるのは、残念ながら「そのノートに書いた財産の分け方は、法律上は何の効力もありません」ということです。エンディングノートは、自分の情報と希望を家族に残す道具として優れています。しかし遺言ではありません。二つの違いを、はっきり分けて書きます。

遺言は、民法で書き方が決まっていて(自筆なら全文・日付・氏名を自書して押印)、要件を満たせば、財産を誰にどう渡すか、遺言執行者を誰にするか、子を認知するか、といった事項について法的な効力を持ちます。遺言の種類の記事で書いたとおり、形式を一つ欠けば無効です。逆に言えば、市販のエンディングノートの「財産の分け方」の欄にいくら書いても、それが遺言の要件(自書、日付、署名、押印)を満たしていなければ、法律上は「希望を書いたメモ」です。相続人がそのメモどおりに分けることに全員が合意すれば結果として実現しますが、一人が反対すれば、法定相続分での協議に戻ります。

では、エンディングノートは無意味かというと、逆です。遺言には書けない、書いても効力のないことで、家族が本当に困ることを書けるからです。まず、財産の一覧。どの銀行のどの支店に口座があるか、証券会社、保険、不動産、借入。相続手続きの全体像の記事で書いたとおり、財産の把握が遅れるとすべての期限が苦しくなります。次に、暗証番号や契約の情報ではなく「どこに何があるか」。通帳の場所、保険証券の場所、スマートフォンのロックの扱い、サブスクリプションの一覧。そして、医療と介護の希望(延命治療、施設)、葬儀と墓の希望、連絡してほしい人の一覧、ペットのこと。これらは遺言に書いても法的効力がなく(付言事項として気持ちを添えることはできます)、ノートのほうが自由に書けます。

遺言に書くこと・エンディングノートに書くこと
内容遺言エンディングノート
財産を誰にどう渡すか○ 法的効力あり(要件を満たせば)× 効力なし(希望のメモ)
遺言執行者の指定、認知、廃除○×
財産の一覧(口座・保険・不動産・借入)△ 目録として添付可○ 家族が最初に必要とする情報
通帳・証券・鍵の保管場所×○
医療・介護・葬儀・墓の希望△ 付言事項(効力なし)○
連絡してほしい人×○
家族への言葉△ 付言事項○

暗証番号ではなく「どこに何があるか」を書く、としたのには理由があります。別の家で見たノートには、父の銀行の暗証番号が全部書いてありました。亡くなった翌日、長男がそれを見てATMで葬儀代を引き出しました。銀行が亡くなったことを知る前だったので引き出せましたが、あとでほかのきょうだいから「何にいくら使ったのか」と問われ、葬儀社の領収書を一枚ずつそろえて説明するのに二か月かかりました。亡くなったあとにお金が要るときは、相続人が一人でも一定の額まで払い戻せる仕組みがあり、亡くなったあとの預貯金の記事に書いています。ノートには口座の場所までを書き、番号は書かない。ノートを落としたときの危なさも、これで小さくなります。

医療の希望については補足があります。延命治療を望まない意思は、エンディングノートに書いても遺言に書いても、法的に医療機関を拘束するものではありません。ただ、本人の意思を示す資料として尊重されるのが実務で、書いておく価値はあります。家族が判断を迫られたときに「本人はこう書いていた」と言えることが、家族を救います。

実務で勧めているのは、二つを役割分担させることです。財産の分け方と遺言執行者は、遺言に。要件を満たした自筆証書遺言を法務局の保管制度に預けるか、内容が複雑なら公正証書で。それ以外のすべて、財産の一覧、連絡先、医療と葬儀の希望、家族への言葉は、エンディングノートに。そして、ノートの中に「遺言書は法務局に預けてある」と書いておく。遺言の存在を家族が知らなければ、書いた意味がなくなります。

ノートは家族への地図、遺言は法律への指示 ― 二つを一行でつなぐ
ノートは家族への地図、遺言は法律への指示 ― 二つを一行でつなぐ左にエンディングノート。財産の一覧、口座のある場所、医療と葬儀の希望、連絡先を書く(暗証番号は書かない)。右に遺言書。財産の分け方と遺言執行者を書き、法務局に預ける。ノートには「遺言書は法務局に預けてある」と一行書く。本人が亡くなると、法務局から指定した人(3人まで)に遺言書が保管されていると通知が届き、長女と次女がノートと遺言の両方にたどり着ける。 エンディングノート 財産の一覧・口座の場所財産の一覧・口座の場所 医療・葬儀の希望・連絡先医療・葬儀の希望・連絡先 暗証番号は書かない暗証番号は書かない 遺言書 財産の分け方・遺言執行者財産の分け方・遺言執行者 法務局法務局 預ける預ける 「遺言書は法務局に」と一行「遺言書は法務局に」と一行 長女 次女 指定者通知指定者通知 通知先は3人まで指定できる(2023年10月から)通知先は3人まで指定できる(2023年10月から)

左にエンディングノート。財産の一覧、口座のある場所、医療と葬儀の希望、連絡先を書く(暗証番号は書かない)。右に遺言書。財産の分け方と遺言執行者を書き、法務局に預ける。ノートには「遺言書は法務局に預けてある」と一行書く。本人が亡くなると、法務局から指定した人(3人まで)に遺言書が保管されていると通知が届き、長女と次女がノートと遺言の両方にたどり着ける。

ノートの財産の欄にいくら書いても、遺言の要件を満たさなければ法的な効力はありません。分け方は遺言に、それ以外はノートに書きます。

書き方の順番にも意味があります。エンディングノートで財産の一覧を作る作業が、そのまま遺言を書く準備になります。口座と不動産を一覧にし、誰に何を渡すかを考え、遺留分を確認し、執行者を決める。この順で進めると、ノートを書き終えたときには遺言の下書きができています。「ノートを書いたから遺言は要らない」ではなく、「ノートを書いたから遺言が書ける」が正しい順番です。

現場で、ノートを一緒に読み直しました。財産の一覧の欄は、完璧でした。銀行三行の支店名と口座の種類、保険会社と証券番号、家の所在、年金の種類、かかりつけ医、葬儀の希望、連絡してほしい人の一覧。娘たちが困らないための情報が、全部ありました。この欄は、遺言には書けないものです。一方、「家と預金は長女に」の欄は、遺言でないと効力がないものです。もし彼女が亡くなり、次女が「私はノートの分け方には納得していない」と言えば、法定相続分(二人で2分の1ずつ)での協議に戻ります。「生前に十分してある」も、それが特別受益として認められるかは、次女の同意か証拠次第です。

その場で、遺言の準備を始めました。財産の一覧はノートにあるので、あとは分け方と執行者を決めるだけです。彼女は「家と預金は長女、ただし次女の遺留分(4分の1)に相当する預金は次女に」という配分に変え、遺言執行者を長女に指定しました。自筆証書遺言を書き、法務局の保管制度に預けました。手数料は3,900円。保管制度なら検認が不要で、遺言の存在も法務局が管理します。そして、エンディングノートの財産の欄に、赤字で一行足しました。「財産の分け方は、法務局に預けた遺言書のとおり。このノートの分け方の欄は無効」。

配分は、金額でも確かめました。家の固定資産税評価額は1,200万円、預金は三つの銀行で合わせて2,000万円、合計3,200万円です。次女の遺留分(遺言があっても最低限受け取れる取り分)は、法定相続分2分の1のさらに半分で4分の1、金額にすると800万円。そこで遺言では、預金のうち800万円を次女に、残りの預金1,200万円と家を長女に、としました。長女2,400万円、次女800万円で、合わせて3,200万円です。遺留分の計算では、家は評価額ではなく実際の価値(時価)で見るので、この数字は目安です。また、「生前に十分してある」という贈与が特別受益に当たれば、計算の元に足されるので、次女の取り分の目安も動きます。計算の仕方は遺留分の記事に書きました。

この女性の遺言の配分(家は固定資産税評価額で見た目安)
財産長女次女合計
家1,200万円0円1,200万円
預金(三つの銀行)1,200万円800万円2,000万円
合計2,400万円800万円3,200万円
(参考)次女の遺留分 4分の1800万円

保管制度を使うときに、もう一つ申し出たことがあります。遺言者が亡くなったことを法務局が確かめたとき、あらかじめ指定した人に「遺言書が保管されています」と知らせる仕組み(指定者通知)です。2023年10月2日からは、指定できる相手が相続人などに限られなくなり、人数も3人まで選べるようになりました。彼女は長女と次女の二人を指定しました。ノートに書いた一行と、法務局からの通知。二重にしておけば、遺言が見つからないという心配はかなり小さくなります。

半年後、彼女から電話がありました。「ノートに書いた口座を一つ解約したので、ノートを直しました。遺言も直すべきですか」。遺言に口座を特定して書いていなければ(「預金全部」のような書き方なら)直す必要はなく、特定して書いていれば書き直しです。彼女は「預金のうち800万円を次女に、残りを長女に」と、口座を特定せずに書いていたので、そのままで足りました。

最後に、更新のこと。エンディングノートも遺言も、書いた時点の情報です。口座を解約した、不動産を売った、家族構成が変わった。ノートは鉛筆で書き直せばいいですが、遺言は新しい日付で書き直します。年に一度、誕生日でも年末でも、二つを並べて見直す日を決めておいてください。

「全部書いたのに」と言った彼女は、実際に全部書いていました。足りなかったのは中身ではなく、二つの書類の役割分担です。ノートは家族への地図、遺言は法律への指示。この記事に「ノートを書いたから遺言が書ける」と書いたのは、彼女のノートを見て、遺言の下書きがすでにできていると分かったからです。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-05

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

参考(公式)

この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-05 確認)。

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