相続・手続き 2026-09-09

預貯金の相続 ― 口座はいつ凍結されるのか、遺産分割前に引き出せる「仮払い制度」

亡くなった人の口座は、金融機関が死亡を知った時点で凍結され、遺産分割が終わるまで原則として動かせません。葬儀費用や当面の生活費をどうするか。2019年7月に始まった仮払い制度(法定相続分の3分の1、金融機関ごとに150万円まで)、凍結の実際、解約までの手続き、勝手に引き出したときの問題を整理します。

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この記事の位置: 亡くなる前にできること → [亡くなってすぐ(3か月まで)] → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

「葬儀屋さんに、明後日までに180万円払わないといけないんです」。父を亡くした三日後の女性からの電話でした。父の口座は、銀行に死亡を伝えた日に止まった。自分の預金は50万円しかない。兄は遠方で、連絡がつきにくい。「父のお金なのに、父の葬儀に使えないんですか」。使えます。ただし、全部ではなく、決まった額まで、決まった手続きで。この記事は、その手続きを二日でやった話です。

「父の口座から葬儀費用を下ろそうとしたら、止められていた」。相続の相談で最初期に来る話です。金融機関は、預金者の死亡を知った時点でその口座を凍結します。役所からの通知ではなく、家族からの連絡、新聞の訃報、支店員が知った、といったきっかけで止まります。凍結されると、入出金も自動引き落としも止まり、遺産分割が終わって相続人全員の書類が揃うまで、原則として動かせません。

凍結されるのは、預貯金が相続人全員の「共有」になるからです。2016年の最高裁判例で、預貯金は遺産分割の対象になると整理され、相続人の一人が自分の法定相続分だけを単独で引き出すことはできない、という扱いになりました。一人の相続人の請求で払い戻すと、あとで他の相続人との間で問題になるため、金融機関は全員の同意を求めます。

その不便を埋めるために、2019年7月に始まったのが「預貯金の仮払い制度」です。相続人は、遺産分割が終わる前でも、一つの金融機関につき「預貯金の額×3分の1×自分の法定相続分」を、150万円を上限に、単独で払い戻せます。預金1,200万円、相続人が妻と子二人(子の法定相続分は各4分の1)なら、子一人が引き出せるのは1,200万円×3分の1×4分の1で100万円です。複数の金融機関に口座があれば、それぞれで上限150万円まで使えます。150万円を超えて必要な場合は、家庭裁判所に仮払いの申立てをする道もあります。

仮払いの上限の例 ― 預金1,200万円、相続人は妻と子2人(法定相続分 妻1/2、子1/4ずつ)
預金全体1,200万円
仮払いの元になる額(1/3)400万円
各自が単独で引き出せる額妻 150(上限) / 子 100万円 / 子 100万円

妻の計算上の額は200万円だが、1金融機関あたり150万円が上限。引き出した分は遺産分割で調整される。

仮払いを受けた分は、その相続人が遺産の一部を先に受け取ったものとして、あとの遺産分割で調整されます。「先にもらった分は別」にはなりません。葬儀費用に充てた場合は、領収書を残しておき、遺産分割で葬儀費用をどう扱うか(誰が負担したか)を相続人の間で整理します。

やってはいけないのが、凍結前にキャッシュカードで引き出してしまうことです。技術的には可能ですが、他の相続人から見れば「遺産を勝手に使った」ことになり、遺産分割で揉める最大の原因になります。さらに、相続放棄を考えている人が引き出して自分のために使うと、相続放棄の記事で書いた「単純承認」とみなされて放棄できなくなるおそれがあります。葬儀費用のために引き出す場合でも、金額と使い道の記録を残し、他の相続人に伝えておくのが、あとで自分を守ることになります。

解約(名義変更)の手続きは、金融機関ごとに書類を出します。所定の相続手続き依頼書、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍一式(法定相続情報一覧図で代替できる金融機関が多い)、相続人全員の印鑑証明書、遺産分割協議書または遺言書、通帳とキャッシュカード。窓口に出してから払い戻しまで、二週間から一か月程度が目安です。金融機関が多いほど手間が増えるので、一覧図を取ってから回るのが定石です。

口座がどこにあるか分からない場合は、通帳・キャッシュカード・郵便物(取引残高のお知らせ、配当の通知)から探します。ゆうちょ銀行は全国の貯金事務センターで現存照会ができ、他の銀行も相続人からの照会に応じます。ネット銀行はスマートフォンのアプリと、メールの受信箱を手がかりにします。相続手続きの全体像の記事で「借金の把握」を書きましたが、預貯金も同じで、分からないまま遺産分割をすると、あとから見つかった口座で協議のやり直しになります。

現場の計算です。父の口座は二つ。A銀行に900万円、B銀行に300万円。相続人は妻(母)と、子二人(女性と兄)。女性の法定相続分は4分の1。仮払いの上限は「預金×3分の1×法定相続分」で、A銀行は900万円×3分の1×4分の1で75万円、B銀行は300万円×3分の1×4分の1で25万円。合わせて100万円。150万円の上限には届きませんが、一つの銀行につき150万円なので、二つの銀行で100万円が女性一人で引き出せる額でした。180万円には80万円足りません。

足りない分は、母の仮払いで埋めました。母の法定相続分は2分の1なので、A銀行で150万円(900万円×3分の1×2分の1=150万円、ちょうど上限)、B銀行で50万円。母は施設にいましたが、女性が委任状を持って窓口に行き、母の分としてA銀行から80万円を引き出しました。翌日、二つの銀行を回り、女性の分100万円と母の分80万円、合わせて180万円を葬儀屋に払いました。銀行で必要だったのは、父の出生から死亡までの連続した戸籍、相続人全員(母・女性・兄)の戸籍、女性と母の印鑑証明書、本人確認書類、母の委任状。窓口で書類の確認に一時間ずつかかりましたが、二日で間に合いました。

この家の仮払い ― 父の預金はA銀行900万円・B銀行300万円(亡くなった日の残高)
女性(法定相続分1/4)母(法定相続分1/2)合計
A銀行の上限(900万円×1/3×相続分)75万円150万円225万円
B銀行の上限(300万円×1/3×相続分)25万円50万円75万円
上限の合計100万円200万円300万円
実際に引き出した額100万円(A75・B25)80万円(Aのみ)180万円(葬儀代)

仮払いでも、戸籍は「死亡の分かる一通」では足りません。払い戻せる額は法定相続分で決まり、法定相続分は相続人が誰と誰かで決まるので、銀行は、父の出生から死亡までの戸籍をたどって、ほかに相続人がいないかを確かめます。全国銀行協会も、亡くなった人の戸籍は「死亡の事実の確認」と「法定相続人の確認」のために、出生から死亡まで連続したものを求める、と案内しています。女性は電話をくれた日の午後、本籍地のある市役所で、戸籍の広域交付を使って父の戸籍を出生までさかのぼって取りました。出生までたどると、父に前の結婚の子がいないことも、その場で分かりました。前の結婚の子がいれば、女性の法定相続分は4分の1ではなくなり、上限の計算からやり直しになるところでした。

仮払いの窓口で確かめられること ― 誰が相続人か、亡くなった日の残高はいくらか
仮払いの窓口で確かめられること ― 誰が相続人か、亡くなった日の残高はいくらか仮払いを受ける人は、亡くなった人の出生から死亡までの連続した戸籍、相続人全員の戸籍、自分の印鑑証明書を銀行に出す。銀行は戸籍で相続人と法定相続分を確かめ、亡くなった日の残高の3分の1に法定相続分を掛けた額を、1つの金融機関につき150万円を上限に払い戻す。 父の戸籍(出生〜死亡) 相続人全員の戸籍 印鑑証明書 銀行 相続人と相続分を確認 払い戻し払い戻し ¥ 上限150万円 金融機関ごと金融機関ごと (支店・口座ごとではない)(支店・口座ごとではない) 計算のもと=亡くなった日の残高×1/3×法定相続分計算のもと=亡くなった日の残高×1/3×法定相続分

仮払いを受ける人は、亡くなった人の出生から死亡までの連続した戸籍、相続人全員の戸籍、自分の印鑑証明書を銀行に出す。銀行は戸籍で相続人と法定相続分を確かめ、亡くなった日の残高の3分の1に法定相続分を掛けた額を、1つの金融機関につき150万円を上限に払い戻す。

必要書類は金融機関によって異なることがある。法定相続情報一覧図で戸籍の束に代えられる金融機関も多い。

一つ、止めた行為があります。女性は最初、「父のキャッシュカードの暗証番号を知っているので、止まる前に下ろせばよかった」と言いました。止まる前に下ろすことは技術的にはできますが、兄から見れば「勝手に使った」ことになり、兄が相続放棄を考えていた場合には、女性自身の放棄もできなくなるおそれがある。仮払いは、他の相続人の同意なしに、正当に引き出せる制度です。同じ180万円でも、仮払いで引き出せば遺産分割で「先に受け取った分」として整理され、カードで引き出せば「使い込み」の疑いになります。

窓口で、もう一つ確かめたことがあります。上限の計算のもとになるのは、相続が始まった時点(父が亡くなった日)の残高です。父のA銀行の口座では、亡くなってから銀行に伝えるまでの三日の間に、電気料金とクレジットカードの引き落としがあり、通帳の残高は約12万円減っていました。それでも計算は亡くなった日の900万円で行います。逆に、亡くなったあとに入金があっても上限は増えません。窓口で「今の残高」を基準に説明されたら、亡くなった日の残高で計算するはずではないか、と確かめてください。定期預金も、亡くなった日の残高として計算のもとに入ります。

判断が分かれやすいのは、150万円の上限の数え方です。上限は「金融機関ごと」で、支店ごとでも口座ごとでもありません。同じ銀行の別の支店に普通預金と定期預金があっても、その銀行からは合わせて150万円までです。この家の母も、A銀行では計算上の額がちょうど150万円で、上限に達していました。もっと必要なら、家庭裁判所に預貯金の仮分割の仮処分を申し立てる道があり、こちらは金額に一律の上限はなく、裁判所が必要性を見て決めます。ただし、遺産分割の調停か審判を申し立てていることが前提で、数日で使える手続きではありません。葬儀の支払いのように急ぐお金は、銀行の仮払いで間に合わせ、足りない分を相続人どうしで立て替える、という順番が現実的でした。

凍結は不便ですが、相続人全員の財産を守る仕組みでもあります。仮払い制度で当面の資金を確保し、残りは一覧図と協議書を揃えて一度に解約する。それが、預貯金の相続の基本形です。

電話の日、女性は「父のお金なのに」と言いました。父のお金は、亡くなった瞬間から相続人全員のお金になり、だから止まります。仮払い制度は、その「全員のお金」から、一人が正当に引き出せる範囲を決めたものです。この記事の表に上限の計算例を置いたのは、電話を受けたときに、その場で「あなたは100万円、お母さんは200万円」と答えられるようにするためです。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-03

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

参考(公式)

この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-03 確認)。

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