相続・手続き 2026-09-09
行方不明の相続人がいるとき ― 不在者財産管理人と失踪宣告
相続人の一人と何十年も連絡が取れない。住民票の住所にも住んでいない。遺産分割協議は相続人全員でしなければ無効なので、このままでは何も進みません。方法は二つ。家庭裁判所に不在者財産管理人を選んでもらって代わりに協議に加わってもらうか、7年以上生死不明なら失踪宣告で死亡したものとみなすか。それぞれの手続き、費用(予納金)、期間、相続登記を先に済ませる方法を整理します。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → [状況別(当てはまる方だけ)]
戸籍の四通目で、兄が一人増えました。父が最初の結婚でもうけた子で、父の再婚後は音信なし。戸籍の附票の住所は、九州の市営住宅。手紙を出すと、「転居先不明」で戻ってきました。市営住宅の管理事務所に電話すると、三年前に退去、転居先は不明。相続人は、母と、依頼者の女性と、この兄の三人。兄を抜いた協議は無効です。「会ったこともない兄のせいで、実家の登記ができないんですか」。できません、今は。この記事は、その兄のために家庭裁判所に通った、八か月の話です。
戸籍の集め方の記事のとおりに戸籍をたどると、相続人が一人増えることがあります。父の前妻との子、家を出たきりの兄弟。戸籍の附票で住所を調べて手紙を出しても、宛所不明で戻ってくる。近所の人も知らない。この相続人を抜きにした遺産分割協議は無効で、協議書の記事で書いた登記も預貯金の解約も進みません。行方不明の相続人がいる相続の進め方を書きます。
まず、本当に行方不明かを確かめます。戸籍の附票で最後の住所を確認し、現地を訪ねるか手紙を出す。親族に聞く。それでも分からなければ、法律上の「不在者」として扱えます。この段階の記録(返送された封筒、訪問のメモ)は、あとの家庭裁判所への申立てで「探した証拠」として使います。
方法の一つ目は、不在者財産管理人の選任です。家庭裁判所に、不在者の従来の住所地を管轄する家庭裁判所へ申し立て、不在者の財産を管理する人を選んでもらいます。管理人には、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることが多く、親族が選ばれることもあります。管理人の権限は本来「財産の保存」に限られるので、遺産分割協議に加わるには、家庭裁判所の「権限外行為の許可」を別に取ります。許可が下りれば、管理人が不在者の代わりに協議に加わり、協議書に署名押印します。ただし、家庭裁判所は不在者の利益を守る立場なので、不在者の取り分をゼロにする協議は許可されにくく、法定相続分に相当する財産(または代償金)を不在者のために確保する形が求められます。確保した財産は、管理人が不在者のために管理し続けます。
費用と期間を書きます。申立ての費用は収入印紙800円と郵便切手ですが、専門職の管理人が選ばれる場合は、その報酬に充てる「予納金」を申立人が納めます。額は事案によりますが、数十万円から100万円程度が目安です。選任までは1〜3か月、権限外行為の許可を含めて協議が終わるまで半年前後を見ておきます。管理人の仕事は、不在者が現れるか、失踪宣告か、管理する財産がなくなるまで続きます。
方法の二つ目は、失踪宣告です。生死が7年以上分からない場合(普通失踪)、または戦争や船の沈没などの危難に遭って1年以上生死が分からない場合(危難失踪)、家庭裁判所に申し立てて、法律上死亡したものとみなしてもらいます。普通失踪なら、7年の期間が満了した時に死亡したものとみなされます。失踪宣告が確定すると、その人は相続人でなくなり(その人に子がいれば代襲相続します)、遺産分割は残りの相続人で進められます。申立てから確定まで、家庭裁判所の公告期間(3か月以上)を含めて半年から1年程度かかります。単に連絡が取れないだけで生存が推測される場合(住民票が動いている、年金を受け取っているなど)は、失踪宣告は使えず、不在者財産管理人になります。
どちらを選ぶか。生死不明の期間が7年を超えていて、生きている形跡がないなら失踪宣告。7年未満、または生きているらしいが所在が分からないなら、不在者財産管理人。実務ではこの使い分けです。失踪宣告は、その人の生命に関わる重い効果なので、家庭裁判所は慎重に調べます。
| 不在者財産管理人 | 失踪宣告 | |
|---|---|---|
| 使える場面 | 所在不明(生死は問わない) | 生死不明が7年以上(危難は1年以上) |
| 効果 | 管理人が代わりに遺産分割協議に加わる(権限外行為の許可が必要) | 死亡したものとみなす。相続人でなくなる(子がいれば代襲) |
| 不在者の取り分 | 法定相続分相当を確保して管理人が管理 | なし(死亡とみなす) |
| 費用 | 印紙800円+予納金 数十万〜100万円程度 | 印紙800円+官報公告費など |
| 期間 | 選任1〜3か月、協議終了まで半年前後 | 半年〜1年程度(公告3か月以上) |
| その後 | 不在者が現れるまで管理が続く | 本人が現れれば取消しの手続き |
相続登記だけを先に進める方法も書いておきます。行方不明の相続人を含めた法定相続分どおりの相続登記は、他の相続人が単独で申請できます(保存行為)。全員の名義の共有登記になるので、それで終わりにはできませんが、相続登記の義務化の記事で書いた期限(3年)を守るための手当てにはなります。あるいは、申告登記の記事で書いた相続人申告登記で、自分の分だけ義務を果たしておく。そのうえで、管理人選任や失踪宣告で協議を進める、という順番です。
順に書きます。まず、探した証拠を揃えました。戻ってきた封筒、管理事務所とのやり取りのメモ、父の妹(兄の叔母)に聞いた「十年以上連絡がない」という話を書面に。生死不明の期間は、確認できる範囲で三年なので、失踪宣告(7年)は使えません。不在者財産管理人の申立てです。申立先は、兄の最後の住所地の家庭裁判所で、九州。書類は郵送で出し、管理人には、その裁判所が選んだ地元の司法書士が就きました。予納金は40万円。申立てから選任まで二か月。
次に、権限外行為の許可です。財産は実家(評価額1,500万円)と預金900万円で合計2,400万円。相続人三人で、母が2分の1の1,200万円、女性と兄が4分の1ずつで600万円。協議の案は、母が実家、女性が預金のうち300万円、兄の分600万円は管理人が管理する預金として確保。この案で管理人が裁判所に許可を申し立て、許可まで一か月半。許可後、管理人が兄の代理として協議書に署名押印し、実家の相続登記と預金の解約に進みました。兄の600万円は、管理人名義の管理口座に入り、兄が現れるか、失踪宣告か、まで管理が続きます。管理人の報酬は、予納金の40万円から年ごとに裁判所が決めて支払われます。
選任から半年後に、一つ動きがありました。管理人が、兄の住民票の異動を追って、隣県で住民登録をしていることを見つけました。手紙を出すと、今度は返事が来た。兄は生きていて、事情を知り、「600万円は受け取る。それ以外は求めない」と。管理人は、兄本人に600万円を引き渡し、管理を終えました。予納金の残りは、女性に返還されました。八か月かかりましたが、最後は、兄本人に届きました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申立ての実費 | 収入印紙800円と郵便切手 |
| 予納金(専門職の管理人の報酬に充てる) | 40万円(残りは終了時に返還) |
| 選任までの期間 | 約2か月 |
| 権限外行為の許可までの期間 | 約1か月半 |
| 不在者のために確保した財産 | 法定相続分の600万円(管理口座で管理) |
| 管理が終わるまで | 約8か月(本人が見つかり、600万円を引き渡して終了) |
予防の話も一つ。行方不明の相続人が出るのは、亡くなった人が前婚の子や疎遠な兄弟の存在を家族に伝えていなかった相続です。遺言の種類の記事で書いたとおり、遺言があれば、遺産分割協議そのものが不要になり、行方不明の相続人がいても遺言どおりに手続きが進みます(遺留分の問題は残ります)。「連絡の取れない相続人がいるかもしれない」と思う人は、そのために遺言を書いておく。それが、残された家族が家庭裁判所に通わずに済む道です。
「会ったこともない兄」は、八か月後に隣県で見つかり、600万円を受け取りました。女性は、兄と一度も会わないまま、実家の登記を終えました。「遺言があれば、行方不明の相続人がいても手続きが進む」と本文の最後に書きました。父が「妻に実家、娘に預金」と書き、兄の遺留分300万円を預金から残す一行を足していれば、九州の家庭裁判所も、40万円の予納金も要りませんでした。八か月は、その一行の代金です。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。