相続・手続き 2026-09-09
相続人申告登記 ― 3年以内に遺産分割がまとまらないときの、義務化への逃げ道
相続登記が義務になり、3年以内に申請しないと過料の対象になります。でも話し合いがまとまらない。そのために2024年4月に作られたのが「相続人申告登記」です。一人で、無料で、戸籍も最小限で申し出られ、義務を果たしたことになります。できること・できないこと、必要書類、そのあとに残る手続きを整理します。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → [名義を変える・税金(10か月〜3年)] → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
祖父名義の土地が三筆、父名義の土地が二筆、そのまま残っていました。相談に来た男性は58歳。祖父の相続人は、父の兄弟とその子で、数えると相続人が14人。連絡が取れているのは6人。「2027年3月までに登記しないと過料と聞きました。14人の判子を集めるのは無理です」。無理です、と私も答えました。そのうえで、男性が自分の分だけ、その日のうちにできる手続きがある、と続けました。それが相続人申告登記です。
相続登記の義務化で、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に登記を申請しなければ、正当な理由がない限り10万円以下の過料の対象になりました。相続登記の申請は、遺産分割協議がまとまってから、その内容でするのが普通です。協議は全員の合意が要り、話し合いが3年でまとまる保証はありません。法定相続分のとおりに全員の共有で登記することなら相続人の一人でも申請でき、それでも義務は果たせますが、後で分け方が決まると登記をし直すことになり、登録免許税も二度かかります。この矛盾を埋めるために、義務化と同じ2024年4月1日に始まったのが「相続人申告登記」です。
仕組みは簡単です。相続人が法務局に「この不動産の登記名義人が亡くなり、私はその相続人です」と申し出ると、登記官がその相続人の氏名と住所を登記に付記します。これだけで、その人については相続登記の申請義務を果たしたものとみなされます。所有権が誰に移ったかを決める登記ではなく、「相続が起きたこと」と「相続人の一人が誰か」を登記に載せる制度です。
使いやすさが、この制度の特徴です。一つ、一人で申し出られます。他の相続人の同意も、相続人全員の参加も要りません。二つ、費用がかかりません。登録免許税は不要で、手数料もありません。三つ、必要な戸籍が少ない。相続登記には亡くなった人の出生から死亡までの戸籍一式が要りますが、相続人申告登記では、亡くなった人の死亡が分かる戸籍と、申出人がその相続人であることが分かる戸籍(子なら自分の戸籍)で足ります。四つ、オンラインでも申し出られます(法務局の「かんたん登記申請」の対象です)。
できないことも、はっきりしています。相続人申告登記をしても、不動産の名義は亡くなった人のままです。売ることも、担保に入れることも、自分名義として使うこともできません。あくまで「過料を避けながら話し合いを続けるための仮の登記」です。そして、遺産分割がまとまって不動産を取得することになったら、その日から3年以内に、本来の相続登記を申請する義務が改めて生じます。申告登記で義務が消えるのではなく、一段目の期限を止めているだけ、と考えてください。
| 相続登記 | 相続人申告登記 | |
|---|---|---|
| 何が登記されるか | 所有権が相続人へ移転 | 相続が起きたこと+申出人の氏名・住所(付記) |
| 誰が申請するか | 取得者(協議がまとまっている必要) | 相続人が一人で可 |
| 必要な戸籍 | 被相続人の出生〜死亡+相続人全員分 | 被相続人の死亡+申出人が相続人と分かるもの |
| 費用 | 登録免許税(評価額の0.4%) | 無料 |
| そのあと | 完了 | 遺産分割成立から3年以内に相続登記 |
| 売却・担保 | できる | できない(名義は被相続人のまま) |
どんな場面で使うかを整理します。相続人が多く、全員の合意に時間がかかりそうなとき。相続人の中に連絡の取れない人がいて、家庭裁判所の手続きが先に要るとき。遺産分割の内容で意見が割れていて、調停に進むとき。相続放棄をするか迷っている段階では使えません(放棄すれば最初から相続人ではなくなり、申告登記の対象でもなくなります)。逆に、相続人が配偶者と子だけで協議がすぐまとまる家なら、申告登記を挟まずに最初から相続登記をしたほうが一度で済みます。
義務化の前に起きた相続も対象です。2024年4月1日より前に発生した相続で、まだ登記していない不動産は、2027年3月31日までが相続登記の期限です。祖父名義、父名義のまま残っている土地で、協議が間に合いそうにないなら、この期限までに相続人申告登記を済ませておけば、その人については過料の心配なく協議を続けられます。
義務化と申告登記の期限
- 2024年4月1日 相続登記の義務化・相続人申告登記の開始(取得を知った日から3年以内)
- 2027年3月31日 義務化前の相続の期限(祖父名義・父名義の未登記不動産はここまで)
- 遺産分割の成立日 そこから3年以内に本来の相続登記(申告登記は期限を止めているだけ)
一つ注意があります。申告登記は相続人「ごと」です。兄弟三人が相続人なら、三人それぞれが申し出ないと、申し出ていない人の義務は果たされていません。一人がやれば全員分になる、という制度ではありません。家族で相談して、全員が申し出るか、あるいは代表者が全員分をまとめて申し出る(一つの申出書で複数の相続人を申告できます)のが実務です。
現場の計算です。相続登記の義務化は、2024年4月1日より前の相続にも適用され、期限は2027年3月31日。五筆の土地の遺産分割協議には14人全員の合意が要り、そのうち3人は住所も分からない。不在者財産管理人の選任や、行方が分からない人を探す戸籍の附票の取り寄せを含めると、協議がまとまるまで早くて二年、長ければ五年はかかる見込みでした。期限には間に合いません。
そこで、まず男性の分だけ相続人申告登記を申し出ました。必要だったのは、祖父の死亡が分かる戸籍、父の死亡が分かる戸籍、男性が父の子であることが分かる男性の戸籍、の三通と申出書。費用はゼロ。相続登記なら祖父の出生から死亡までの戸籍一式(この家では明治の除籍から11通)が要りますが、申告登記はこの三通で足りました。法務局に持ち込んで、二週間で五筆すべてに男性の氏名と住所が付記されました。男性については、五筆の義務がこれで果たされたことになります。
連絡が取れる6人にも、同じ申出を勧めました。一つの申出書で複数の相続人を申告できるので、6人分をまとめて男性が代表して申し出て、戸籍は各自が自分の分を用意。これで7人分が終わり、残る7人は連絡が取れ次第、各自が申し出る形にしました。並行して、協議のほうは、土地五筆を男性が取得し、他の相続人には代償金を払う案で進めています。祖父名義の土地は固定資産税評価額の合計が480万円で、14人で分けると一人34万円ほど。この金額を見せると、「判子を押すから、あとは任せる」と言う人が増えました。協議がまとまったら、その日から3年以内に、本来の相続登記を申請します。
相続登記ナビでは、遺産分割がまとまっている場合の本来の相続登記を想定していますが、期限が迫って協議が終わらない場合の選択肢として、この相続人申告登記を覚えておいてください。法務局のサイトに申出書の様式と記載例があり、司法書士に頼まずに本人で申し出ている人が多い手続きです。
「14人の判子は無理です」と言った男性は、その日、自分の判子一つで、自分の分の義務を終えました。相続人申告登記は義務を消す制度ではなく、一段目の期限を止める制度だ、と本文に書きました。止めたあとの協議は、まだ続いています。ただ、過料の心配を外してから話し合うのと、期限に追われながら話し合うのとでは、14人に送る手紙の文面が変わります。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-02
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。