相続・手続き 2026-09-09

遺言の撤回と書き直し ― 新しい遺言が優先する仕組みと、古い遺言の始末

遺言は、いつでも、何度でも撤回できます。新しい遺言を書けば、抵触する部分は古い遺言が撤回されたことになります。公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回することもできます。ただし、古い遺言が残っていると、複数の遺言の解釈で揉めます。撤回の四つの方法、書き直すときに「従前の遺言をすべて撤回する」と書く理由、保管制度に預けた遺言の撤回手続き、書き直しが必要になる場面を整理します。

目次を見る →

この記事の位置: [亡くなる前にできること] → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

遺言書が二通、出てきました。一通は8年前の公正証書遺言で「自宅を長男に、預貯金を次男に」。もう一通は2年前の自筆証書遺言で「預貯金を長女に」。自宅の記載はありません。長男は「自宅は自分」、次男は「古いほうが本物」、長女は「新しいほうが本物」。三人とも、半分ずつ正しい。この記事は、二通の遺言をどう読むかの話で、そして、二通にしないための話です。

遺言を書いたあとで、事情が変わることがあります。長男に相続させるつもりだった自宅を売った。次男が先に亡くなった。孫が生まれた。相続人の一人と関係が変わった。遺言は、書いた時点の意思であって、書き直せます。民法は「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部または一部を撤回することができる」と定め、撤回する権利を放棄することもできない、としています。

撤回の方法は四つです。一つ、新しい遺言で「前の遺言を撤回する」と明示する。二つ、新しい遺言を書く。前の遺言と抵触する部分は、新しい遺言で撤回されたものとみなされます。三つ、遺言の内容と抵触する生前の処分をする。「自宅を長男に」と書いた自宅を生前に売れば、その部分は撤回されたことになります。四つ、遺言書を故意に破棄する。自筆証書遺言を自分で破れば撤回です(公正証書遺言は原本が役場にあるので、正本を破っても撤回になりません)。

形式の組み合わせは自由です。公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回できますし、逆もできます。「公正証書で作った遺言は公正証書でしか変えられない」と思っている人が多いのですが、そうではありません。ただし、公正証書遺言を自筆で撤回すると、公証役場には古い遺言が残り、自宅には新しい遺言がある、という状態になります。相続人が公証役場の遺言検索で古い遺言を見つけ、新しい自筆の遺言の存在を知らなければ、古い遺言で手続きが進みかねない。撤回した遺言の存在と、新しい遺言の場所を、遺言執行者か信頼できる人に伝えておく必要があります。

撤回の四つの方法
方法内容注意
撤回の遺言新しい遺言で「前の遺言を撤回する」と書く最も明確。全部撤回して書き直すのが安全
抵触する遺言新しい遺言を書く。抵触部分は撤回とみなす何が抵触するかで解釈の争いになる
抵触する生前処分遺言で渡すと書いた財産を売る・贈与するその部分だけ撤回。残りは生きる
破棄遺言書を故意に破る・燃やす公正証書の正本を破っても撤回にならない

ここが実務で最も揉める点です。遺言が二通出てきて、内容が一部重なり一部違う。法律上は「後の日付の遺言が、抵触する部分について優先」ですが、何が抵触して何が抵触しないかの解釈で争いになります。古い遺言に「自宅を長男に、預貯金を次男に」、新しい遺言に「預貯金を長女に」とあれば、自宅は長男(抵触しない)、預貯金は長女(抵触する部分は新しいほう)と読めますが、新しい遺言が「全財産を長女に」なら、自宅も長女です。この解釈を相続人に委ねないために、書き直すときは、新しい遺言の冒頭に「遺言者は、本日以前に作成したすべての遺言を撤回する」と書き、財産の全部について改めて書く。部分的な書き直しは、混乱の元です。

日付の意味も書いておきます。自筆証書遺言で日付が要件になっているのは、複数の遺言の前後を決めるためでもあります。「令和〇年〇月吉日」のような日付は無効で、その遺言は撤回にも使えません。書き直した遺言には、必ず特定できる日付を書きます。

保管制度に預けた遺言を撤回する場合は、手続きがあります。法務局に預けた自筆証書遺言は、本人が法務局に行って「撤回書」を出し、遺言書を返してもらいます(撤回に手数料はかかりません)。返してもらった遺言書を破棄すれば撤回、新しい遺言を書いて再び預けるなら、改めて保管の申請(3,900円)をします。預けたまま自宅で新しい遺言を書いてしまうと、法務局には古い遺言、自宅には新しい遺言、という上に書いた状態になるので、保管制度を使っている人は、書き直しは「返してもらってから」が原則です。

書き直しが必要になる場面を挙げておきます。財産を受け取る予定の人が先に亡くなった(その人への遺贈は効力を失い、代襲はしないので、書き直さないとその財産は遺産分割の対象になります)。財産を売った、買った、口座を変えた(財産目録の更新)。相続人が増えた、減った(結婚、離婚、養子縁組、出生)。遺言執行者に指定した人が亡くなった、高齢になった。法律が変わった。目安として、数年に一度、あるいは家族と財産に変化があったときに、遺言を読み返す。エンディングノートの記事で書いた「年に一度見直す日」は、遺言のためでもあります。

形式ごとの撤回・書き直しの手順
元の遺言書き直しの手順
自筆証書遺言(自宅保管)新しい遺言に「すべて撤回」と書き、古い遺言を破棄
自筆証書遺言(法務局保管)法務局で撤回書を出して返却を受け、新しい遺言を書いて再度保管申請
公正証書遺言新しい公正証書を作る(役場に前の遺言との関係が残る)か、自筆で撤回して執行者に場所を伝える

法律上の読み方は、こうです。後の遺言が、抵触する部分についてだけ、前の遺言を撤回する。自宅は、新しい遺言に記載がないので抵触せず、古い遺言どおり長男。預貯金は、両方に記載があって抵触するので、新しい遺言どおり長女。次男は、何も受け取らない。この読み方を三人に説明し、次男は「父はそんなつもりではなかったはずだ」と言いました。そのつもりだったかどうかは、もう確かめられません。確かめられるのは、二通の日付と文面だけです。

次男は、遺留分を請求しました。財産は自宅(評価額2,000万円)と預貯金1,400万円で合計3,400万円。遺留分は総体で2分の1の1,700万円、次男の分は3分の1で約567万円。長男と長女が、受け取った額の割合で負担するので、長男が約333万円、長女が約233万円を次男に払いました。内容証明から支払いまで四か月。父が、2年前の自筆証書遺言の冒頭に「本日以前のすべての遺言を撤回する」と書き、自宅と預貯金の全部について改めて書いていれば、三人が「どちらが本物か」で揉めることはなく、次男の遺留分の請求も、父が配分を決める段階で織り込めました。

もう一つ、始末の話も書きます。2年前の自筆証書遺言は、父の書斎の引き出しにあり、公証役場の8年前の遺言は、遺言検索で長男が見つけました。もし、長男が遺言検索だけをして、書斎の引き出しを誰も開けなければ、8年前の遺言だけで手続きが進み、長女は預貯金を受け取れないところでした。実際、長女が引き出しを開けたのは、四十九日の片づけのときで、公正証書遺言で預貯金の解約手続きが始まった二日後です。二日遅れていれば、次男の口座に1,400万円が入っていました。

遺言は、一度書けば終わりではなく、更新し続ける文書です。そして、更新のたびに古いものをきちんと始末する。撤回の仕組みは単純ですが、始末が甘いと、遺言が争いを減らすどころか増やします。書き直したら、古い遺言を回収して破棄し、新しい遺言に「すべて撤回」と書き、その場所を執行者に伝える。この三つが、書き直しの作法です。

二通の遺言は、四か月と、次男への567万円と、三人の間の一年の沈黙で終わりました。「書き直したら、古い遺言を回収して破棄し、新しい遺言にすべて撤回と書き、その場所を執行者に伝える」と本文の最後に書きました。父は、三つのうち一つもしていませんでした。遺言は書いた。書いたから、揉めた。書き直しの作法は、遺言を書くことより、少しだけ難しい。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

あわせてどうぞ

解説記事一覧