離婚・家族 2026-10-07

退職金と財産分与 ― まだ受け取っていない退職金も、分ける対象になるのか

離婚の話し合いで、夫(または妻)の退職金をどう扱うかは、意見がもっとも割れる点の一つです。すでに受け取った退職金と、これから受け取る退職金で扱いが違います。分ける対象になる範囲、婚姻期間に応じた計算の考え方、1,800万円の退職金を例にした数字、払う時期と回収の備え、集めておく資料、請求できる期限(離婚から5年)を整理します。

目次を見る →

この記事の位置: 別居前・離婚を考え始めたら → [離婚の中身を決める] → 書面にする・届を出す → 離婚が成立したら → 離婚後の生活 → 状況別(当てはまる方だけ)

相談に来られたのは、52歳の妻でした。夫は大きな会社に勤めて30年。あと8年で定年です。「夫の退職金は、まだもらっていないので、財産分与には入らないと言われました」。夫の側の言い分は、もらうかどうか分からない金額を分けるのはおかしい、というものでした。この記事は、その言い分がどこまで通るのかの話です。

財産分与は、結婚している間に夫婦が協力して築いた財産を、離婚のときに分ける制度です(民法768条)。名義が夫でも妻でも、協力して築いたものなら対象になります。退職金は、働いた期間の給料の一部を後で受け取るもの、という見方ができます。そのため、結婚していた期間に対応する部分は、分ける対象になりうる、というのが実務の考え方です。

すでに受け取った退職金は、分かりやすい話です。受け取ったお金が預金などに残っていれば、結婚していた期間に対応する部分を、ほかの預貯金と同じように分けます。使ってしまった場合でも、何に使ったかで扱いが変わります。家のローンの返済に回したなら、夫婦の財産に使ったのと同じです。

これからもらう退職金は、意見が分かれます。支給の時期が近く、会社の退職金規程で金額の見当がつくなら、対象にして分ける、という扱いが多くあります。退職までの年数が長いほど、「会社が続くか」「本当に定年まで勤めるか」が分からないため、認められにくくなる傾向があります(裁判例は分かれています)。この家は、退職まで8年。話し合いでは対象にできる範囲、というのが私の見立てでした。

計算の基本は、次の考え方です。まず、今日、会社を辞めたとしたらもらえる退職金の額を、会社の退職金規程で調べます。それに、「結婚していた期間」を「働いた期間」で割った割合をかけて、結婚していた間に対応する分を出します。そのうえで、2分の1ずつ分けるのが出発点とされることが多いです(働き方や家事・育児の分担によって、変わることもあります)。

この家の数字で計算します。夫は入社から30年で、うち結婚してから別居までの期間が24年。いま辞めたときの退職金は、規程の上で1,800万円でした。結婚していた期間に対応する部分は、1,800万円×24年÷30年=1,440万円。その2分の1が妻の取り分で、720万円です。夫の手元には、結婚期間分の残り720万円と、結婚前の6年に対応する360万円(1,800−1,440)が残ります(720+720+360=1,800万円)。

退職金のうち、結婚していた期間に対応する部分を分ける
退職金のうち、結婚していた期間に対応する部分を分ける入社から退職までの30年のうち、結婚していた期間は24年。いま辞めたとして1,800万円の退職金のうち、24年分の1,440万円が分ける対象で、その2分の1の720万円が取り分になる。入社から退職まで 30年(退職金 1,800万円)入社から退職まで 30年(退職金 1,800万円) 結婚していた期間 24年結婚していた期間 24年 結婚前 6年結婚前 6年 1,800万円 × 24年 ÷ 30年 = 1,440万円(分ける対象)1,800万円 × 24年 ÷ 30年 = 1,440万円(分ける対象) その2分の1 = 720万円その2分の1 = 720万円

入社から退職までの30年のうち、結婚していた期間は24年。いま辞めたとして1,800万円の退職金のうち、24年分の1,440万円が分ける対象で、その2分の1の720万円が取り分になる。

2分の1は出発点で、事情によって変わることがあります。結婚前に対応する360万円は、分けません。

数える「期間」と「金額」には、決めておく点が二つあります。期間は、別居した日までで数えることが多いです。別居したあとは、夫婦が協力して築いた、とは言いにくいためです(この家では、別居までが24年でした)。金額は、会社の規程に、自己都合で辞めた場合と、定年まで勤めた場合の二つの額が書かれていることがあります。「いま辞めたとしたら」の額を基準にすると、将来の見込みに頼らずに済み、争いが少なくなります。

会社員でない場合は、仕組みが違います。自営業の人が積み立てる小規模企業共済や、中小企業退職金共済(中退共)のように、将来受け取る退職金の仕組みがあれば、同じ考え方で、結婚していた期間に対応する部分を見ます。公務員の退職手当も、同じように扱われることが多いです。会社に退職金の制度がなければ、分ける対象そのものがありません。妻側が退職金を受け取る立場のときも、考え方は同じです。

次に、いつ払ってもらうかです。退職金が出るのは8年後なので、いま720万円を払え、とは言いにくい。話し合いでは、①退職金が出たときに720万円を払う、②今ある預貯金などほかの財産で先に調整する、の二つが主な選択肢です。①にする場合は、退職の時期や会社の事情で払えなくなるおそれがあるので、離婚協議書を公正証書にして、払わなかったときに裁判なしで差し押さえられる形(強制執行認諾文言つき)にしておきます。作り方は、公正証書の記事に書きました。

話し合いがまとまらないときは、家庭裁判所の調停で、中立の調停委員を交えて話します。調停では、退職金規程や試算書のように、金額の根拠になる資料を出すことが中心になります。調停も成立しなければ、審判という手続きで、裁判官が分け方を決めます。ここまで進むと時間がかかるので、この家のように、計算式を決めて書面にする話し合いのほうが、早く終わることが多いです。

退職金を分けることと、年金分割は、別の話です。厚生年金の分割(年金分割)は、年金事務所で別に手続きをします。どちらか一方で済ませることはできないので、離婚の取り決めの一覧に、退職金と年金分割の両方を入れてください。

話し合いの前に集めておく資料は、三つです。退職金規程(会社の就業規則の一部。本人に出してもらう)、「今辞めた場合の退職金の額」が分かる書類(会社の人事に試算を頼めることが多い)、そして直近の給与明細や源泉徴収票。夫が出さないときは、家庭裁判所の調停で、資料の提出を求められます。会社の企業年金や、企業型の確定拠出年金は、退職金とは別の制度なので、別に一覧に入れてください。

請求できる期限があります。離婚した日の翌日から5年を過ぎると、財産分与の調停や審判を申し立てられません(2026年4月1日より前に離婚した場合は2年。裁判所の案内より)。離婚協議書に退職金のことを書かずに離婚しても、期限内なら請求はできますが、証拠が散らばるので、離婚前に決めておくほうが楽です。

税金については、財産分与で受け取るお金は、原則として贈与税の対象にならないとされていますが、不動産を渡すときなどには渡す側に税金がかかる場合があります。詳しくは離婚時の税金の記事を読み、個別の判断は税理士に確かめてください。私にできるのは、協議書など書類の準備までで、金額の争いになる場合は弁護士の領域です。

この家では、結局、夫が「8年後に退職金が出たとき、そのときの額で結婚期間分の半分を払う」ことで合意しました。計算式を協議書に書き、公正証書にしました。「もらうか分からない」と言っていた夫は、計算式が紙に書かれ、数字が1,800万円と24÷30と半分という三つだけだと分かると、納得しました。分けるかどうかではなく、何をどう数えるかが決まっていなかったから、揉めたのです。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-07

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

参考(公式)

この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-07 確認)。

あわせてどうぞ

解説記事一覧