離婚・家族 2026-09-12
離婚の公正証書と強制執行認諾 ― 養育費が止まったとき、裁判なしで差し押さえるために
離婚協議書を公正証書にして「強制執行認諾文言」を入れておくと、養育費や慰謝料が払われなくなったとき、裁判を起こさずに相手の給与や預金を差し押さえられます。作り方(公証役場の予約、必要書類、当日の流れ)、手数料の計算(養育費は5年分で計算)、差押えの実際(手取りの2分の1まで、相手の勤務先が分からないときの情報取得手続き)、公正証書にしても効かない場面を整理します。
この記事の位置: 別居前・離婚を考え始めたら → 離婚の中身を決める → [書面にする・届を出す] → 離婚が成立したら → 離婚後の生活 → 状況別(当てはまる方だけ)
「俺は払うよ。公正証書なんて、疑われてるみたいで嫌だ」。離婚の取り決めがまとまった夫婦の、夫の言葉です。妻は何も言わず、私のほうを見ました。私の答えは決まっています。「疑うためではなく、払う側の意識を変えないために作ります」。夫は不服そうでしたが、作りました。この記事は、なぜ私が例外なくそう答えるかの話です。
先に、実務者としての一言を書きます。私はこれまで離婚給付の公正証書を310件ほど作ってきましたが、それでも「作らない人」の方が圧倒的に多い。よく分からない、お金がかかる、面倒、そして「そこまでしなくても払ってくれるだろう」。離婚のときは、まだ相手への信頼や思いやりが少し残っていて、性善説で決めたくなるものです。ところが現実には、相手が再婚したあたりから、養育費や分割払いの支払いが止まる例を何度も見てきました。だから、公正証書は作ってください。この記事は、その理由と作り方です。
離婚協議書の記事で「養育費と慰謝料は公正証書に」と書きました。理由は一つ、不払いのときの手間が桁違いだからです。私文書の協議書しかない場合、養育費が止まったら、まず裁判(または調停・審判)を起こして「支払え」という判決や調書を取り、それから差押えです。公正証書に「強制執行認諾文言」があれば、その公正証書自体が判決と同じ力(債務名義)を持ち、いきなり差押えの申立てができます。
| 離婚協議書(私文書) | 公正証書(強制執行認諾つき) | |
|---|---|---|
| 効力 | 契約として有効 | 契約として有効+債務名義 |
| 不払い時 | 裁判・調停で判決や調書を取ってから差押え | 執行文を付けて直ちに差押え |
| 改ざん・紛失 | 起こり得る | 原本は公証役場が保管 |
| 費用 | 自作なら無料、行政書士で3〜4万円 | 手数料 数万円+文案作成を頼めば5〜10万円 |
強制執行認諾文言とは、「乙は、本証書記載の金銭債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨を認諾した」という一文です。この一文があるかないかで、公正証書の価値が変わります。公証人に「離婚給付契約公正証書を作りたい。養育費と慰謝料に強制執行認諾を付けたい」と伝えれば、入れてくれます。
作り方は、公正証書遺言の作り方の記事と同じ流れです。一、公証役場に予約する(どこの役場でも可)。二、離婚協議書の内容(または箇条書きの合意内容)と、夫婦の本人確認書類、戸籍謄本、子の戸籍、財産分与に不動産があれば登記事項証明書、年金分割があれば年金の情報通知書を渡して打ち合わせる。三、公証人が文案を作り、双方が確認する。四、当日、夫婦二人が公証役場に行き(一方が代理人でも可、委任状が要る)、読み聞かせを受けて署名押印する。五、正本と謄本を受け取る。原本は公証役場が保管します。所要は、自分で進めると、打ち合わせを含めて三週間から一か月が目安です。専門家(行政書士など)に頼むと一〜三週間。公証役場との段取りが決まっている事務所なら、内容が固まっていれば依頼から早ければ3日で作成の日を迎えます。いずれにしても、家庭裁判所の調停で決めるより(まとまるまで早くても四、五か月)ずっと早い手段です。
手数料は、公証人手数料令(令和7年政令第263号)で、契約の目的の価額に応じて決まります。養育費は、月額×支払期間で計算しますが、2025年10月の改正で、上限が10年分から5年分に変わりました。月額5万円なら、支払期間が15年でも、5万円×12か月×5年=300万円が目的価額で、手数料は1万3,000円です。財産分与と慰謝料は、この二つを合わせて一つの法律行為として扱い、養育費とは別に計算して足します。財産分与300万円と慰謝料200万円なら、合わせて500万円で1万3,000円。養育費の1万3,000円と合わせて、合計2万6,000円です。これに証書の枚数による加算と、正本・謄本の用紙代が付きます。行政書士に文案と手配を頼めば、その報酬(5〜10万円程度)が加わります。
| 項目 | 目的価額 | 手数料 |
|---|---|---|
| 養育費 月5万円×15年 | 5万円×12×5年=300万円(5年で頭打ち) | 13,000円 |
| 財産分与 300万円+慰謝料 200万円 | 二つ合わせて500万円(一つの法律行為として計算) | 13,000円 |
| 合計 | 26,000円+枚数による加算+正本・謄本の用紙代 |
差押えの実際を書きます。養育費が止まったら、公正証書の正本に執行文を付けてもらい(公証役場)、相手に送達し(送達証明)、相手の住所地の地方裁判所に債権差押命令を申し立てます。差し押さえる対象は、給与か預金が普通です。給与は、養育費のような扶養に関する債権の場合、手取りの2分の1まで差し押さえられます(通常の債権は4分の1)。しかも、養育費は将来の分についても、期限が来ていない分をまとめて差し押さえられる(将来分の差押え)ので、一度の申立てで毎月自動的に給与から支払われる形にできます。
相手の勤務先や預金口座が分からない場合の手当てが、2020年の民事執行法改正でできました。裁判所の「第三者からの情報取得手続」で、市町村や年金機構から勤務先を、銀行から預金口座の有無を、教えてもらえます。養育費の債権者はこの手続きを使いやすい立場にあり、「相手が転職して勤務先が分からない」で止まることが減りました。
公正証書にしても効かない場面も書いておきます。一つ、相手に資産も収入もない。差し押さえるものがなければ、公正証書は紙です。二つ、相手が自営業で、給与という形の収入がない。預金や売掛金を探すことになります。三つ、面会交流や親権のような「金銭でないこと」。強制執行認諾は金銭の支払いにしか効きません。面会交流を守らせるには、別の手続き(間接強制など)になります。
現場の一件目。上の夫婦の話の続きです。養育費は月5万円、子が22歳の3月まで。公正証書の手数料は1万7,000円。これは当時の計算で、養育費の目的価額の上限が10年分だった頃の額です。いま同じ内容で作ると、5年分の300万円で1万3,000円です。作った当時、夫は毎月きちんと払っていました。止まったのは七年後、夫が再婚して子が生まれた年です。三か月止まったところで、妻が公正証書の正本を持って公証役場で執行文をもらい、送達証明を取り、夫の勤務先を第三債務者とする給与差押えを地方裁判所に申し立てました。申立てから差押命令まで約三週間。以後、養育費は毎月、夫の給与から直接、妻の口座に入っています。夫と妻は、この件で一度も直接話していません。
二件目は、作らなかった側の話です。「夫を信じている」と言って私文書の協議書だけで離婚した女性が、五年後に来ました。養育費が半年止まっている。差し押さえたいが、債務名義がない。家庭裁判所に養育費請求の調停を申し立て、夫が二回欠席し、審判に移行して、審判書が出るまで七か月。そこからようやく差押えです。止まってから回収が始まるまで、一年以上。その間の養育費は、あとから請求できても、その間の生活費は戻りません。公正証書があれば、三週間でした。
三件目は、公正証書が「紙」だった話。相手が自営業で、給与という形の収入がなく、預金口座も残高がほとんどない。公正証書で差押えを申し立てても、差し押さえるものがない。この件では、2020年改正の「第三者からの情報取得手続」で銀行口座を調べ、売掛金が入る口座を見つけて差し押さえましたが、回収は一部にとどまりました。公正証書は万能ではありません。ただ、この人が私文書だけだったら、口座を調べる手続きに入る資格すらありませんでした。
それでも、公正証書は作る価値があります。相談の場でよく言うのは、「公正証書があると、払う側の意識が変わる」ということです。差し押さえられる、と分かっている相手は、払います。差押えに至らずに済むことが、公正証書の一番の効き目です。養育費の記事で書く不払いの実態を考えると、数万円の手数料は、十数年分の養育費に対する保険です。
最初の夫は「疑われているみたいで嫌だ」と言いました。七年後、その公正証書が動いたとき、妻は夫に電話をかけずに済み、夫は妻から責められずに済みました。差押えは、感情の話を制度の話に変えます。それが公正証書の一番の効き目です。310件作って、そのうち実際に差押えまで行ったのは一部です。残りの大半は、差し押さえられると分かっている相手が、払い続けたからです。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-06
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-06 確認)。
- 日本公証人連合会「12 手数料」 ― 公証人手数料令(令和7年政令第263号)の目的価額の表。離婚給付契約では慰謝料・財産分与と養育料を別個の法律行為として計算し、養育料の目的価額の上限は5年分