相続・手続き 2026-09-09
公正証書遺言の作り方の実際 ― 予約から正本の受け取りまで、当日の流れと費用
公正証書遺言は、公証役場で公証人が作る遺言です。作る場面が保管制度の登場で減ったとはいえ、内容が複雑な遺言や判断能力に不安がある人には今も第一選択です。公証役場の選び方、事前の打ち合わせで渡す資料、証人二人の手配、当日の読み聞かせと署名、手数料の計算(財産の額と受け取る人の数で決まる)、正本・謄本の扱い、出張してもらう場合を、実務の順で書きます。
この記事の位置: [亡くなる前にできること] → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
病院のベッドで、公正証書遺言を作ったことがあります。本人は82歳の男性、胃がんで入院中、余命は週の単位と言われていました。財産は自宅(評価額2,400万円)と預金1,300万円、渡したい相手は、長年同居して看病した長女と、疎遠の長男。「長女に多く残したい。長男にも、少しは」。自筆で書く体力はもうなく、法務局に出向く保管制度も使えない。この場面で残っていた選択肢が、公証人の出張による公正証書遺言でした。この記事は、その五日間の話です。
遺言の種類の記事で、実務の標準は「自筆証書遺言を専門家の支援で仕上げて保管制度に預ける」形に移ってきた、と書きました。それでも、公正証書遺言を選ぶ場面はあります。財産の構成が複雑で条項が多い、相続人以外に渡す、本人の判断能力に不安が出始めている、本人が字を書けない。この記事は、その公正証書遺言を、実際にどう作るかの話です。
最初に、公証役場を選びます。全国に約300か所あり、どこの公証役場でも構いません(管轄はありません)。自宅や事務所に近いところ、あるいは支援を頼む専門家が付き合いのあるところ。日本公証人連合会のサイトで一覧が見られます。電話で「遺言を作りたい」と伝えて、打ち合わせの予約を取ります。
次に、打ち合わせです。公証人(または担当の書記)と、遺言の内容を詰めます。本人が行ってもいいですし、専門家(行政書士、司法書士、弁護士)が代わりに文案と資料を持って行くことも多い。渡す資料は、本人の印鑑証明書(発行3か月以内)と実印、戸籍謄本(本人と相続人の関係が分かるもの)、財産を受け取る人が相続人以外なら住民票、不動産の登記事項証明書と固定資産税評価証明書、預貯金や有価証券の情報(銀行名、支店、種類、概算額)、そして遺言の文案。文案は、公証人が法的に整えてくれるので、箇条書きで「誰に何を」が書いてあれば足ります。付言事項の記事で書いた付言も、ここで伝えます。打ち合わせは一、二回で、公証人が文案を作って本人に確認を求め、確定したら当日の日程を決めます。
証人を二人、用意します。推定相続人と受遺者、その配偶者と直系血族、未成年者は証人になれません。つまり、遺言で財産を受け取る家族は証人になれないので、知人か、専門家か、公証役場に頼んで紹介してもらいます。公証役場の紹介の場合は日当がかかります。決まった額はありませんが、一人あたり5,000円から1万円程度が目安です。証人は当日、遺言の内容を聞くことになるので、内容を知られたくない相手を選ばないことも大事です。
当日の流れです。公証役場に本人と証人二人が集まり、公証人が遺言の内容を本人に確認し、遺言書を読み聞かせ(または閲覧させ)ます。本人が内容に間違いがないことを述べ、本人と証人が署名(2025年10月からは、電子データの原本への電子サイン)をし、公証人が電子サイン・電子署名をして完成です。所要は30分から1時間程度。本人が病気などで署名できない場合は、公証人がその旨を付記して署名に代えることができます。公証人は、本人の判断能力を当日のやり取りで確認します。答えが曖昧なら、公証人は作成を見合わせることがあります。これが、公正証書遺言の「あとで争われにくい」という強みの根拠です。
手数料は、公証人手数料令で決まっていて、遺言の目的となる財産の価額と、財産を受け取る人の数で計算します。受け取る人ごとに、その人が受け取る財産の額に応じた手数料を出し、合計します。額に応じた手数料は(2025年10月の改定後)、50万円以下で3,000円、100万円以下で5,000円、200万円以下で7,000円、500万円以下で1万3,000円、1,000万円以下で2万円、3,000万円以下で2万6,000円、5,000万円以下で3万3,000円、1億円以下で4万9,000円。全体の財産が1億円以下なら、さらに1万3,000円が加算されます。たとえば、自宅2,000万円を長男に、預貯金1,000万円を次男に、なら、2万6,000円+2万円+1万3,000円=5万9,000円。これに正本・謄本を紙で受け取る場合の手数料(枚数×300円)が加わります。証人の日当と、専門家に文案作成を頼んだ場合の報酬(数万円から十数万円)を足すと、遺言の種類の記事で書いた「10万円台から」になります。
公正証書遺言ができるまで
- 1 公証役場に予約(どこでも可)(日本公証人連合会のサイトで一覧)
- 2 打ち合わせ(1〜2回)(印鑑証明・戸籍・登記事項証明・評価証明・預貯金の情報・文案)
- 3 公証人が文案を作成、本人が確認(付言事項もここで)
- 4 証人2人を手配(相続人・受遺者とその家族は不可。役場紹介は5,000〜1万円程度/人)
- 5 当日:読み聞かせ、電子サイン(30分〜1時間)(公証人が判断能力を確認)
- 6 正本・謄本を受け取る。原本は役場で保管(遺言検索システムに登録。検認不要)
本人が公証役場に行けない場合は、公証人が病院や自宅、施設に出張します。財産の額に応じた手数料(遺言加算を除く部分)が1.5倍になることがあり、公証人の日当(1日2万円、4時間以内は1万円)と交通費がかかります。入院中に遺言を作る場面で使われますが、本人の判断能力が確認できる状態であることが前提です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 長男分(2,000万円:3,000万円以下) | 26,000円 |
| 次男分(1,000万円:1,000万円以下) | 20,000円 |
| 遺言加算(全体が1億円以下) | 13,000円 |
| 正本・謄本(紙)の手数料 | 数千円 |
| 証人2人(役場紹介の場合) | 1〜2万円程度 |
| 専門家の文案作成(頼む場合) | 数万〜十数万円 |
| 合計の目安 | 10万円台〜 |
完成すると、原本は公証役場が保管し(原則20年、実務では本人の死後も長期間)、本人は正本と謄本を受け取ります。正本は原本と同じ効力を持つもので、遺言執行者や相続人が手続きに使います。1989年以降に作られた公正証書遺言は「遺言検索システム」に登録され、本人の死後、相続人が全国どの公証役場からでも、遺言の有無を照会できます。自宅で正本が見つからなくても、遺言が消えることはありません。検認の記事で書いた検認は不要で、相続人は正本または謄本で、すぐに登記と解約に入れます。
五日間の流れを、日ごとに書きます。一日目、私が病院で本人に会い、意思を聞き取り、文案を箇条書きにする。自宅を長女に、預金のうち1,000万円を長女に、300万円を長男に。付言に「長女が十年、私の世話をしてくれたことへの感謝」。同日、公証役場に電話して事情を伝え、出張の日程を仮押さえ。二日目、戸籍、印鑑証明書、登記事項証明書、固定資産税評価証明書、預金の残高が分かるものを揃えて、公証役場に持ち込む。三日目、公証人から文案が届き、病院で本人に読み上げて確認。四日目、公証人が病院に出張し、証人二人(私と、公証役場が紹介した一人)の立ち会いで作成。本人は署名ができたので自署、所要は40分。五日目、正本と謄本を長女に渡す。本人は、その二週間後に亡くなりました。
費用も書きます(手数料は、2025年10月改定後の手数料令で計算しています)。公証人手数料は、長女が受け取る3,400万円分で3万3,000円、長男の300万円分で1万3,000円、遺言加算1万3,000円、合わせて5万9,000円。出張(病床)なので、財産の額に応じた4万6,000円が1.5倍の6万9,000円になり、遺言加算と合わせて8万2,000円。公証人の日当(4時間以内)1万円と交通費約2,000円。証人の日当1万円。正本・謄本の用紙代が約3,000円。私の報酬が8万円。合計で約18万7,000円です。本文に「10万円台から」と書いた形の、上のほうの例です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 公証人手数料(長女3,400万円分 3万3,000円+長男300万円分 1万3,000円)を出張(病床)のため1.5倍 | 6万9,000円 |
| 遺言加算(1.5倍にはならない) | 1万3,000円 |
| 公証人の日当(4時間以内)と交通費 | 約1万2,000円 |
| 証人1人の日当(公証役場の紹介) | 1万円 |
| 正本・謄本(紙)の手数料 | 約3,000円 |
| 行政書士の報酬(文案・資料集め・証人) | 8万円 |
| 合計 | 約18万7,000円 |
当日、公証人が本人に確認した質問も書いておきます。「お名前と生年月日を教えてください」「今日は何のためにお会いしていますか」「ご自宅は、どなたに渡しますか」「それはなぜですか」。本人は全部に自分の言葉で答え、公証人はそれを聞いてから読み聞かせに入りました。この質問と答えが、公証人の記憶と記録に残る。遺言が「あとで争われにくい」と本文に書いた根拠は、この四つの質問です。長男は、遺言の内容に納得はしていませんでしたが、公証人が本人の判断能力を確認した事実の前で、争うことはしませんでした。
費用と手間はかかりますが、本人の意思を公証人が確認した記録が残る、原本が役場にある、検認が要らない。この三つが、公正証書遺言の値段です。内容が複雑な人、争いが予想される人、判断能力に不安が出てきた人には、今も、この形を勧めています。
五日間で作った遺言は、本人が亡くなった翌月、長女が正本を持って法務局と銀行を回り、検認なしで、二か月で全部の手続きが終わりました。「本人の意思を公証人が確認した記録が残る、原本が役場にある、検認が要らない。この三つが公正証書遺言の値段です」と、最後の段落に書きました。約19万円という値段が高いか安いかは、その三つを、いつ、誰が必要とするかで決まります。この家では、五日間の中で、三つとも必要でした。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-05
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-05 確認)。
- 日本公証人連合会「公証役場」 ― 公証役場は全国に約300か所
- 日本公証人連合会「遺言」Q&A(Q7 遺言公正証書の作成手数料) ― 公証人手数料令9条別表の額、遺言加算1万3,000円、病床での50%加算、日当(1日2万円・4時間以内1万円)、書面の正本・謄本は1枚300円