相続・手続き 2026-09-09

海外在住・外国籍の相続人がいる相続 ― 印鑑証明が取れない人と、戸籍がない人の手続き

相続人の一人が海外に住んでいる、あるいは相続人や亡くなった人が外国籍。戸籍と印鑑証明で回る日本の相続手続きは、ここで止まります。海外在住の日本人は在外公館のサイン証明と在留証明で代える、外国籍の人は本国の証明書と翻訳で代える、亡くなった人が外国籍なら本国法で相続人が決まる。それぞれの手続き、時間、相続税の納税義務の判定を整理します。

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この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → [状況別(当てはまる方だけ)]

遺産分割協議書に、11人の実印が揃っていました。揃わないのが一人。カリフォルニアに住む、亡くなった人の長女です。「妹は帰国できないと言っています。印鑑証明が取れないので、協議書が完成しません」。相談に来た長男は、11人の判子を集めるのに半年かけていました。あと一人のために、また半年かかるのか。かかりません。ただし、実印の代わりになる書類を、一つ知っていれば、の話です。

協議書の記事で書いたとおり、遺産分割協議書には相続人全員が実印を押し、印鑑証明書を付けます。戸籍の集め方の記事で書いたとおり、相続人は戸籍で確定します。この二つは、相続人が日本に住む日本人であることを前提にした仕組みです。相続人の一人がアメリカに住んでいる、あるいは相続人が外国籍。そこで手続きが止まる家が増えています。代わりの手段を、場面ごとに書きます。

一つ目の場面は、相続人が海外に住む日本人の場合です。戸籍は日本にあるので相続人の確定は問題ありません。問題は、印鑑証明書が取れないことです。日本の住民登録を抜いて海外に住む人は、印鑑登録ができません。代わりに使うのが、在外公館(大使館・領事館)で発行する「署名証明(サイン証明)」です。協議書を持参して領事の前で署名し、その署名が本人のものであることを証明してもらう形(協議書と綴じる形式)と、単独の証明書の形式があり、相続登記には前者が確実です。住所を示す「在留証明」も、住民票の代わりに在外公館で取ります。本人が一時帰国できるなら、その間に日本で協議書に署名し、在外公館のサイン証明を事前に取っておく、あるいは帰国中に住民登録を戻して印鑑登録をする、という手もあります。

時間と費用は、国と公館によって違いますが、在外公館は予約制のところが多く、遠方なら公館まで行く交通費と日数がかかります。書類を国際郵便でやり取りする時間も入れて、海外の相続人がいる協議は、国内だけの場合より一、二か月は余分に見ておきます。

二つ目は、相続人が外国籍の場合です。日本人と結婚した外国籍の配偶者、帰化した子の配偶者など。戸籍がないので、相続人であることは、亡くなった人の戸籍に記載された婚姻や出生の記録と、本国の身分証明書(出生証明書、婚姻証明書など)で示します。印鑑証明は、日本に住民登録があれば印鑑登録ができるので、日本在住なら日本人と同じです。海外在住なら、その国の公証人による署名証明(公証人の認証)を使い、日本語訳を添えます。翻訳は翻訳者の署名があれば足り、公的な翻訳者である必要はないのが登記の実務です。

三つ目が、亡くなった人が外国籍の場合で、これは仕組みが変わります。日本の「法の適用に関する通則法」では、相続は亡くなった人の本国法によります。韓国籍なら韓国の民法、中国籍なら中国の法律で、誰が相続人で、相続分がいくらかが決まります。相続人の確定には本国の身分関係の証明書(韓国なら家族関係登録簿の各種証明書)を取り寄せて翻訳し、法務局や金融機関に、本国法の内容とともに示すことになります。ただし、本国法が「不動産は所在地の法律による」と定めている国(反致)では、日本の民法に戻ることがあります。この場面は、司法書士や、渉外相続を扱う弁護士の領域です。

相続税についても書いておきます。相続税がかかるかどうか、どの範囲の財産にかかるかは、亡くなった人と相続人の住所と国籍で決まります。原則は、亡くなった人か相続人のどちらかが日本に住所を持っていれば、国内外すべての財産が対象(無制限納税義務者)。両方が10年を超えて海外に住み、外国籍または一定の条件を満たす場合は、日本国内の財産だけが対象(制限納税義務者)。海外在住の相続人が申告と納税をするには、日本国内に「納税管理人」を届け出て、その人を通じて手続きをします。相続税の申告の記事で書いた10か月の期限は、海外在住でも変わりません。

場面別に、何で代えるか
場面戸籍・相続人の確定印鑑証明・住民票の代わり
相続人が海外在住の日本人日本の戸籍でそのまま在外公館の署名証明(協議書と綴じる形式)+在留証明
相続人が外国籍(日本在住)亡くなった人の戸籍の記載+本国の出生・婚姻証明+訳文日本の印鑑登録で可
相続人が外国籍(海外在住)同上その国の公証人の署名認証+訳文
亡くなった人が外国籍本国法で相続人・相続分が決まる。本国の身分証明書+訳文相続人の状況による

実務で起きる小さな問題も書いておきます。海外の相続人への遺産の送金は、金融機関のマネーロンダリング対策で確認が入り、時間がかかります。海外の相続人が相続放棄をする場合も、家庭裁判所への申述は同じ3か月で、在外公館経由での書類のやり取りでは間に合わないことがあり、期間の伸長を申し立てます。相続人申告登記は、海外在住でも自分の分だけ申請できます。

現場でやったことです。長女はロサンゼルス在住で、日本の住民登録はすでに抜いている。印鑑登録はできません。使ったのは、ロサンゼルス総領事館の署名証明です。協議書の原本を国際郵便で長女に送り、長女が総領事館に協議書を持参して、領事の前で署名し、協議書と綴じる形式(形式1)で証明を受ける。住所を示す在留証明も同時に取る。総領事館は予約制で、予約が取れたのが二週間先、当日の手数料は署名証明と在留証明で合わせて数千円。書類が日本に戻るまで、送って戻って合計五週間でした。11人分に半年かけた長男は、「あと一人は五週間で終わった」と言いました。

相続登記のときに、法務局から一つ確認が入りました。在留証明の住所と、協議書に書いた長女の住所の表記が、英語の順序と日本語の順序で違っていたためです。協議書の住所を在留証明の表記に合わせて、長女の署名証明を取り直すのは避けたかったので、法務局に相談し、同一性が分かる範囲として補正なしで通りました。海外の相続人が絡む書類は、住所の表記を最初に在留証明に合わせておくのが、後で効きます。

もう一件、同じ年にあった外国籍の相続人の話も書きます。亡くなった人は日本人、配偶者がフィリピン籍で日本在住、子二人は日本籍。配偶者は日本に住民登録があるので印鑑登録ができ、印鑑証明は日本人と同じ。相続人であることは、亡くなった人の戸籍の婚姻の記載で示せました。こちらは、外国籍だから止まる、ということは何もなく、戸籍がないのは配偶者本人の側だけで、亡くなった人の戸籍に婚姻が載っていれば足りる、という整理で終わりました。

最後に、予防の話です。海外に住む相続人、外国籍の相続人がいることが分かっているなら、遺言を書いておく。遺言があれば、遺産分割協議そのものが不要になり、サイン証明も本国の証明書も要らなくなります。遺言執行者を指定しておけば、執行者が一人で登記と解約を進められる。遺言の種類の記事で書いた選び方の中で、この場面は、遺言の効き目が最もはっきり出る場面の一つです。

11人の実印と、一人の署名証明。協議書が完成したとき、長男は「妹の分が一番早かった」と言いました。この記事の表に「場面別に、何で代えるか」を置いたのは、その一人のために半年かける前に、代わりの書類を見てほしいからです。そして、最後の段落に遺言の話を書いたのは、亡くなった人が遺言を残していれば、11人の判子も、一人の署名証明も、要らなかったからです。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-15

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

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