相続・手続き 2026-10-29
相続放棄の3か月に間に合わないとき ― 家庭裁判所に「期間の伸長」を申し立てる、期限の数え方、延ばしている間にしてはいけないこと
父が亡くなって2か月、個人で商売をしていた父に借金がどれだけあるのか分からないまま、相続放棄の期限が近づいていた家族の話です。3か月の期限は、過ぎる前なら家庭裁判所に申し立てて延ばしてもらえます。期限の数え方、相続人ごとに申し立てる理由、収入印紙800円から始まる費用(この家は3人で5,370円)、延ばしている間に財産に手を付けてはいけない理由を書きます。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → [亡くなってすぐ(3か月まで)] → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
「借金があるかもしれない、でも、どれだけあるのか分からないんです。放棄の期限は3か月だと聞いて、あと1か月もありません」。50代の男性が、亡くなった父の机から出てきた銀行の封筒の束を持って相談に来ました。父は小さな工務店を一人で営んでいて、2026年8月20日に亡くなりました。相続人は母と、男性と、妹の3人です。
2026年10月には、相続放棄の申述と、この記事で書く「期間の伸長」の申立てが、ここ数年で増え続けているという報道がありました。親と離れて暮らし、親の借金や財産の中身を知らないまま相続が始まる家が増えている、ということだと私は受け止めています。
相続人は、相続が始まったことを知った時から3か月以内に、財産も借金もすべて引き継ぐ(単純承認)か、財産の範囲で借金を払う(限定承認)か、何も引き継がない(相続放棄)かを選びます(民法915条1項)。この3か月を「熟慮期間」と呼びます。何もしないまま3か月が過ぎると、すべて引き継いだものとみなされます(921条)。借金のほうが多くても、です。
3か月の数え始めは「相続が始まったことを知った時」です。亡くなった日ではありません。長く連絡を取っていなかった親が亡くなり、半年後に役所からの手紙で知った、という人は、その手紙で知った日から数えます。また、先の順番の相続人が全員放棄して、自分が相続人になった人は、そのことを知った日から数えます。相続人一人ひとりで、数え始めの日が違うことがあるのです。
ただ、同じ915条1項には続きがあります。家庭裁判所は、請求を受けて、この3か月を延ばすことができます。これが「相続の承認又は放棄の期間の伸長」の申立てです。申し立てられるのは相続人などの利害関係人で、申立先は亡くなった人の最後の住所地の家庭裁判所です。大事なのは、3か月が過ぎる前に申し立てることです。過ぎてからでは使えません。
期限の数え方も確かめておきます。法律の期間は、初日を数えません(140条)。この家では、男性は父が亡くなった8月20日にそのことを知っているので、8月21日から数えて3か月、11月20日が期限です。相談に来たのは10月下旬で、残りは1か月を切っていました。日の数え方は、法律の期限の数え方の記事に詳しく書いています。
左から右へ時間の線。8月20日に父が亡くなり、その日に知る。8月21日から数えて3か月の11月20日がもとの期限。その前の10月31日に3人それぞれが期間の伸長を申し立て、期限は2027年2月20日まで延びた。延びている間に財産を処分すると、すべて引き継いだものとみなされる。
2026年10月時点の民法915条・921条と裁判所の案内による。延ばす長さは家庭裁判所が事情を見て決めます。
次に、誰が申し立てるかです。期間の伸長は、相続人一人ひとりの期限を延ばすものです。母の期限を延ばしても、男性と妹の期限は延びません。そこでこの家では、3人それぞれについて申し立てました。収入印紙は相続人1人につき800円です。
書類は、裁判所の案内に沿ってそろえました。申立書、父の住民票の除票、父の死亡が載った戸籍謄本、伸長を求める3人の戸籍謄本です。母は父と同じ戸籍にいるので父の戸籍でまかなえ、結婚して戸籍を出ている男性と妹は、それぞれ自分の戸籍謄本を取りました。申立書の「理由」の欄には、父が事業をしていて借入れの全体が分からないこと、金融機関に残高を照会している最中で、回答がそろうまでに時間がかかることを、具体的に書きました。延ばしてほしい理由が、ただ「忙しい」ではなく、調べている最中であることが伝わるようにするためです。
この家の数字です。収入印紙が800円×3人で2,400円。連絡用の郵便切手が、この家の裁判所では1件440円で、3件で1,320円(額は裁判所ごとに違います)。父の戸籍謄本450円、父の住民票の除票300円、男性と妹の戸籍謄本が450円×2通で900円。合計5,370円です。申立ては10月31日に出し、11月の半ばに、3人とも期限を2027年2月20日まで延ばすという審判が届きました。
| 何に | 内訳 | 金額 |
|---|---|---|
| 収入印紙 | 800円×3人 | 2,400円 |
| 連絡用の郵便切手 | 440円×3件(この家の裁判所の額) | 1,320円 |
| 父の死亡が載った戸籍謄本 | 1通 | 450円 |
| 父の住民票の除票 | 1通 | 300円 |
| 男性と妹の戸籍謄本 | 450円×2通 | 900円 |
| 合計 | 5,370円 |
延ばしている間に、してはいけないことがあります。父の財産を処分することです。預金を引き出して使う、車を売る、売掛金を取り立てて自分のものにする。こうしたことをすると、すべて引き継いだものとみなされ(921条1号)、あとから放棄はできなくなります。工務店の道具や軽トラックも、売らずにそのまま置いておくよう話しました。
調べる方法も、この期間に一つずつ進めました。父の取引先の銀行には、相続人として残高と借入れの照会を出しました。個人の借入れやカードの利用は、信用情報機関に開示を求めると、借入れの記録が分かります。父の机にあった督促状と、工務店の帳簿も、男性が一枚ずつ並べました。
結果は、事業の借入れが合わせて1,200万円、財産は預金380万円と軽トラックでした。3人は相続放棄を選び、延びた期限の内に、家庭裁判所に申述しました。放棄すると、次の順番の相続人に相続が移ります。この家では父の両親がすでに亡くなっているので、父の兄弟姉妹です。男性は、叔父と叔母に、自分たちが放棄したことと借金の中身を手紙で知らせました。叔父と叔母にも、それを知った時から3か月の熟慮期間があります。
延ばした期間には、放棄のほかに、限定承認を選ぶ余地もあります。財産の範囲でだけ借金を払う方法で、財産と借金のどちらが多いか最後まで分からないときに向いています。ただし、限定承認は相続人全員でそろって申し立てる必要があり、財産の一覧(財産目録)を出し、その後の清算の手続きも重くなります。この家でも一度は考えましたが、借金のほうがはっきり多いと分かったので、放棄にしました。限定承認の流れは、限定承認の記事に書いています。
3か月を過ぎてしまった人から相談を受けることもあります。借金があるとはまったく知らず、知らないことに無理もない事情があった場合に、借金を知った時から数えて放棄が受け付けられることはあります。ただ、これは例外で、認められるかどうかは裁判所の判断しだいです。最初から当てにせず、期限の内に延ばしておくほうが確かです。
延ばしても、それだけで間に合うとは限りません。延びた期限の内にもう一度申し立てることも制度の上ではできますが、裁判所は調べが進んでいるかを見ます。延びた期間を、ただ待つ時間にしないことです。相続放棄の手続きそのものは相続放棄の記事に、借金の調べ方は借金の相続の記事に書いています。
「延ばせると知っていたら、こんなに焦らなかった」。男性はそう言いました。3か月は、借金を調べるには短すぎることがあります。迷ったら、期限の前に延ばす。そのための申立ては、印紙800円から始められます。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-29
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-29 確認)。
- 裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」 ― 申立人は利害関係人(相続人を含む)と検察官、申立ては相続の開始を知った時から3か月以内、申立先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所、収入印紙800円分(相続人1人につき)と連絡用の郵便切手、必要書類(住民票除票または戸籍附票、伸長を求める相続人の戸籍謄本など)
- e-Gov法令検索「民法」 ― 915条1項(3か月以内に承認か放棄。家庭裁判所は請求によりこの期間を伸長できる)、921条(財産を処分したときや期間内に限定承認・放棄をしなかったときは単純承認とみなす)、140条(期間の初日は算入しない)