相続・手続き 2026-10-08
亡くなった親の借りていた部屋 ― 賃貸借の解約・家財の片づけと、相続放棄との関係
一人暮らしの親がアパートで亡くなると、大家さんから解約と明け渡しを急かされます。借りる権利は相続されるので、契約は死亡で自動に終わりません。解約や家財の処分は、相続放棄を考えているなら単純承認とみなされるおそれがあること、放棄しても残る保存の義務、連帯保証人の責任の範囲、2021年のモデル契約条項、この家で家賃・片づけ・原状回復に23万7,000円かかった内訳を整理します。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → [相続した財産をどうするか] → 状況別(当てはまる方だけ)
「大家さんから、今月中に部屋を空けてほしい、それまでの家賃も払ってほしい、と言われました。言われたとおりにしていいんでしょうか」。相談に来たのは52歳の長男でした。一人暮らしだった78歳の母が、借りていたアパートで亡くなりました。家賃は月5万2,000円の1DK。長男は県外に住んでいて、部屋には母の家財がそのまま残っています。長男が気にしていたのは、母に借金があるかもしれないことでした。
まず、部屋の契約は、借りていた人が亡くなっても自動では終わりません。借りる権利(賃借権)も、家賃を払う義務も、ほかの財産や借金と同じように相続人に引き継がれます(民法896条)。大家さんの側から見ると、契約の相手が亡くなった母から相続人に変わっただけです。だから、解約するのも、家財を運び出すのも、相続人の仕事になります。
ここで気をつけたいのが、相続放棄との関係です。借金が多いと分かって相続放棄をしたい人が、先に部屋を解約したり、家財を売ったり捨てたりすると、相続財産を「処分した」として、相続を受け入れた(単純承認)とみなされるおそれがあります(921条)。そうなると、あとから放棄はできません。家庭裁判所への相続放棄の申述は、亡くなったことを知った時から3か月以内です。
では、放棄するか決まるまで何もできないかというと、そうではありません。傷む食べ物を捨てる、戸締まりをする、郵便物を確かめる、といった、財産の価値を保つための行為(保存行為)はしてかまわないとされています。気をつけたいのは、価値のある家財を売る・形見分けで持ち帰る・まとめて業者に処分を頼む、敷金の返還を受け取る、といった行為です。どこまでが保存行為かは場面で判断が分かれるので、迷う行為は、放棄の申述が受理されてからにします。
放棄するか決まるまでは、傷む食べ物を捨てる、戸締まり、郵便物の確認といった保存のための行為にとどめる。解約、家財の売却や処分、形見分け、敷金の受け取りは、放棄の申述が受理されてから、または相続すると決めてからにする。
どこまでが保存行為かは場面で判断が分かれます。迷う行為は、放棄の申述が受理されてから、または相続すると決めてからにします。
お金の払い方にも気をつけます。放棄するかまだ決めていない間に、大家さんから家賃を求められたら、亡くなった人の預金から払うより、自分のお金で立て替えておくほうが無難です。亡くなった人の財産を使って借金を払うことが「処分」にあたるかは、場面によって判断が分かれるからです。電気・ガス・水道は、止めるより名義人が亡くなったことを伝えて、精算の方法を聞くところまでにしておきます。冷蔵庫を動かしておくかどうかなど、部屋の状態を保つためにどこまで使うかも、同じ考え方で決めます。立て替えたお金は、相続すると決めたときには遺産から精算でき、放棄したときも、領収書があれば後の話し合いの材料になります。
放棄しても、何も責任がなくなるわけではありません。2023年4月の改正で、放棄した時に相続財産を実際に管理していた人は、ほかの相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、自分の財産と同じ注意で保存する義務を負う、と決まりました(940条)。部屋の鍵を預かっているなら、放棄したあとも、鍵と部屋の状態に気を配る必要があります。
連帯保証人のことも確かめます。子が親の部屋の連帯保証人になっていることはよくあります。保証人の責任は、保証人自身の約束なので、相続放棄をしても消えません。ただ、2020年4月以降に結んだ個人の保証(根保証)は、借りていた人が亡くなった時点で保証する元本が確定します(465条の4)。亡くなったあとに発生する家賃は、保証の範囲に入らない、ということです。契約書の日付と、保証の上限額(極度額)を見ます。
2021年に国土交通省と法務省が、「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しました。一人暮らしの高齢の借主が亡くなったとき、契約の解除と部屋に残った家財の処理を、あらかじめ決めた人(受任者)に任せられるようにする条項です。親の契約書にこの条項があって受任者が決まっていれば、解約と片づけはその人が進めます。親が元気なうちに部屋を借りる・更新するときに、この条項を入れておくのも一つの備えです。親の契約書にこの条項が入っているかは、特約の欄を見れば分かります。入っていなければ、これまでどおり相続人が手続きを進めます。
この家では、最初の一週間で、通帳と郵便物から母の財産と借金を調べました。財産の調べ方の記事の順番どおりです。預金が約180万円、借金は見つからず、信用情報機関に開示を請求しても、ローンやカードの借入れはありませんでした。それを確かめてから、長男は相続を受け入れると決め、解約の通知を出しました。それまでの間にしたのは、冷蔵庫の中身を捨てることと、戸締まりだけです。
かかったお金はこうです。解約の通知から明け渡しまでの家賃が2か月分で10万4,000円。家財の片づけを業者に頼んで16万5,000円(税込、1DK)。原状回復の費用として7万2,000円を、敷金10万4,000円(2か月分)から差し引かれ、敷金の残り3万2,000円が返ってきました。費用の合計は34万1,000円、そのうち10万4,000円は敷金で払われたので、現金で出たのは23万7,000円です。どれも母の預金から払いました。
| 項目 | 金額 | 払い方 |
|---|---|---|
| 明け渡しまでの家賃(2か月) | 10万4,000円 | 母の預金から |
| 家財の片づけ(業者、税込) | 16万5,000円 | 母の預金から |
| 原状回復(たばこの汚れ一部屋分) | 7万2,000円 | 敷金から差し引き |
| 敷金の残りの返金 | −3万2,000円 | 敷金10万4,000円−7万2,000円 |
| 現金で出た額 | 23万7,000円 | 10万4,000円+16万5,000円−3万2,000円 |
原状回復の見積もりには、最初、壁紙の全面張り替えが入っていました。長男と一緒に国土交通省のガイドラインを読み、住んでいれば普通に起きる日焼けや古くなったことによる傷みは、原則として貸主の負担だと確かめました。管理会社に話すと、たばこのヤニで汚れた一部屋分だけの請求に直り、7万2,000円になりました。明け渡しの日には、部屋の写真を日付入りで撮っています。
大家さんの「今月中に」は、大家さんの都合としては分かります。空き部屋のまま家賃が入らないのは困るからです。ただ、相続人には3か月の考える時間があり、その間に借金があるかを調べる必要があります。この家でも、大家さんに「借金の有無を調べるので、二週間ほど待ってほしい。その間の家賃は払う」と伝えると、了解してもらえました。
私が手伝ったのは、財産と借金の調べ方の順番と、管理会社に出す書類の確認までです。相続放棄の申述書の作成を頼むなら司法書士か弁護士、相続人どうしで争いがあれば弁護士の領域です。長男は最後に、母の部屋の鍵を管理会社に返し、明け渡しの確認書に署名しました。急かされてすぐ解約していたら、もし借金が見つかったとき、放棄できなかったかもしれません。二週間待ってもらうひと言が、この家の手続きでいちばん大事な一歩でした。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-08
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-08 確認)。
- 裁判所「相続の放棄の申述」 ― 相続放棄は、自分のために相続が始まったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に申述する。
- 国土交通省「残置物の処理等に関するモデル契約条項」 ― 単身の高齢者が亡くなったとき、賃貸借契約の解除と部屋に残った家財の処理を、あらかじめ決めた受任者に任せるための契約条項(国交省・法務省)。
- e-Gov法令検索「民法」 ― 相続人は亡くなった人の権利義務を引き継ぐ(896条)。相続財産の処分は単純承認とみなされる(921条)。放棄した人の保存の義務(940条)。個人の根保証は主たる債務者の死亡で元本が確定する(465条の4)。