相続・手続き 2026-09-09
小規模宅地等の特例 ― 実家の土地の評価が8割減になる条件
相続税の計算で、亡くなった人が住んでいた土地は330㎡まで評価額を80%減らせます。これが小規模宅地等の特例で、実家のある相続で相続税がかかるかどうかを分ける最大の制度です。配偶者・同居の子・別居の子(いわゆる家なき子)それぞれの要件、事業用と貸付用の区分、申告期限までに分割が決まっていることと申告書の提出が必要な点を整理します。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → [名義を変える・税金(10か月〜3年)] → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
申告期限の三週間前に、長男から電話が来ました。「実家、先週売れました。買主が急いでいたので」。母の相続で、実家の土地は評価額3,600万円。長男は母と同居していて、小規模宅地等の特例で80%減の720万円で計算する予定でした。申告期限まで所有し続けること、が要件です。売った時点で、特例は消えました。3,600万円のまま課税。この記事は、その三週間前の電話が、いくらだったかの話です。
相続税の基礎控除の記事で「実家のある相続の多くは基礎控除内に収まる」と書きました。その理由の一つが、この記事の小規模宅地等の特例です。亡くなった人が住んでいた土地の評価額を、一定の面積まで80%減らせる。評価額3,000万円の実家の土地が600万円として計算される、という制度です。要件を満たすかどうかで、相続税がかかるかかからないかが変わります。
制度の骨格はこうです。亡くなった人(または生計を一にする親族)が住んでいた宅地は「特定居住用宅地等」として、330㎡までの部分が80%減額。亡くなった人が事業(店舗、工場など)に使っていた宅地は「特定事業用宅地等」として400㎡まで80%減額。アパートや駐車場として貸していた宅地は「貸付事業用宅地等」として200㎡まで50%減額。居住用と事業用は併用でき、合わせて730㎡まで使えます。貸付用は他と併用すると面積の調整計算が入ります。
誰が取得したかで、要件が変わります。配偶者が取得する場合は、要件なし。住み続けなくても、売っても、特例が使えます。同居していた子が取得する場合は、申告期限(相続開始から10か月)まで、その家に住み続け、かつ所有し続けることが要件です。申告期限前に売ると使えません。
| 区分 | 土地の使い方 | 限度面積 | 減額割合 |
|---|---|---|---|
| 特定居住用宅地等 | 亡くなった人(または生計一親族)の自宅 | 330㎡ | 80% |
| 特定事業用宅地等 | 亡くなった人の事業(貸付以外) | 400㎡ | 80% |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 同族会社に貸していた事業用地 | 400㎡ | 80% |
| 貸付事業用宅地等 | アパート・駐車場などの貸付 | 200㎡ | 50% |
難しいのが、同居していなかった子が取得する場合、いわゆる「家なき子」の要件です。亡くなった人に配偶者も同居の相続人もいないこと、取得する子が相続開始前3年以内に自分や配偶者、三親等内の親族、関係する法人が所有する家に住んだことがないこと、相続開始時に住んでいる家を過去に所有したことがないこと、申告期限まで所有し続けること。持ち家がなく賃貸に住んでいる子が実家を相続する、という場面を想定した要件で、2018年の改正で「親の家を子に贈与して形式的に家なき子にする」といった抜け道が塞がれました。要件が細かいので、別居の子が取得する場合は税理士に確認してください。
二世帯住宅と老人ホームについても書いておきます。二世帯住宅は、建物の中で行き来できない構造でも、区分所有登記をしていなければ、建物全体を一つの家として同居扱いになります。区分所有登記をしていると、親の住んでいた部分に対応する土地だけが対象になります。亡くなった人が老人ホームに入っていた場合は、要介護認定などを受けて入所し、自宅を貸したりしていなければ、自宅の土地は居住用として扱われます。
| 取得する人 | 要件 |
|---|---|
| 配偶者 | なし(住み続けなくても、売ってもよい) |
| 同居していた親族 | 申告期限まで居住し、かつ所有し続ける |
| 別居の親族(家なき子) | 配偶者・同居相続人がいない/3年以内に自分や配偶者などの持ち家に住んでいない/今住む家を過去に所有していない/申告期限まで所有 |
手続きで最も重要なのは、この特例は「申告しないと使えない」ことです。特例を使った結果、相続税がゼロになる場合でも、申告書の提出が要ります。基礎控除内で申告不要なのは、特例を使う前の評価額で基礎控除内に収まる場合だけです。「特例を使えばゼロだから申告しなかった」は、特例が使えず、本来の評価額で課税されることになります。相続手続きの全体像の記事で書いた10か月の期限が、ここで効いてきます。
もう一つ、申告期限までに遺産分割が決まっていることが原則です。誰がその土地を取得するかで要件が変わる制度なので、未分割では判定できません。期限までに決まらない場合は、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添えていったん特例なしで申告し、分割が決まってから更正の請求で特例を適用します。いったん高い税額を納めることになるので、実家をめぐる遺産分割は、10か月以内にまとめるのが目標です。
数字を書きます。母の財産は、実家の土地3,600万円、建物200万円、預金1,400万円で合計5,200万円。相続人は長男と長女の二人、基礎控除4,200万円。特例を使えば、土地は720万円で合計2,320万円、基礎控除の中で税額ゼロ(申告は要る)。特例が使えなければ、合計5,200万円、課税遺産1,000万円、税額は約100万円。長男が「買主が急いでいた」ことで、100万円が発生しました。買主の希望は「二週間早い引き渡し」で、申告期限のあとに引き渡す契約にしていれば、この100万円は要りませんでした。
もう一つ、この家で確認したことがあります。長女は別居で、持ち家がある。もし長女が実家を取得していたら、「家なき子」の要件(持ち家がないこと)を満たさず、特例は最初から使えませんでした。同居の長男が取得して、期限まで住み続ける、が唯一の道だった。特例は「誰が取るか」で要件が変わる、と本文に書いたとおりで、この家では、取る人も、売る時期も、両方が要件でした。
逆に、要件を守って残した例も書きます。別の相続で、母が老人ホームに三年入っていて、実家は空き家。同居はしていない。ただ、母は要介護2の認定を受けて入所しており、実家は誰にも貸していなかった。この場合、老人ホーム入所前の自宅は居住用として扱われ、取得した次男は、三年前まで母と同居していて、入所後も持ち家を買わずに賃貸に住んでいたので、家なき子の要件を満たす。土地の評価額2,800万円が560万円になり、税額は約180万円がゼロになりました。「老人ホームに入っていた場合」の一段落が、この家では180万円でした。
実家の土地が広い、亡くなった人が事業をしていた、貸家がある、別居の子が取得する。このどれかに当たる相続は、税理士の領域です。相続登記ナビで整理した相続人と不動産の情報は、そのまま税理士への相談メモになります。
三週間前の電話は、100万円でした。「申告期限まで住み続け、所有し続ける」という一行が、売買契約の引き渡し日の欄に効くことを、長男は知らず、不動産会社も言わなかった。この記事の二つ目の表に「誰が取得するかによる要件」を置いたのは、その表を、売る前に見てほしいからです。特例は、申告書を出す日まで、まだ消えることがあります。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-09-16 確認)。
- 国税庁 No.4124「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」 ― 区分、限度面積、減額割合、取得者ごとの要件