相続・手続き 2026-09-09

配偶者居住権 ― 家は子に、住む権利は妻に。2020年にできた「分けて相続する」仕組み

遺産のほとんどが自宅で、妻が家を相続すると預貯金がほとんど残らない。この問題のために2020年4月に作られたのが配偶者居住権です。家の「所有権」と「住む権利」を分け、妻は住み続けながら預貯金も受け取れる。設定の方法、登記、評価の考え方、向いている家と向いていない家を整理します。

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この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → [分け方を決める] → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

「家を売って半分にするしかないんでしょうか」。夫を亡くした82歳の女性が、息子と一緒に来ました。自宅は評価3,000万円、預貯金2,000万円。法定相続分どおりなら、女性が自宅を取ると預貯金は全部息子へ。息子は「母さんに全部でいい」と言いましたが、息子には住宅ローンと二人の子の学費があり、2,000万円を手放すのは苦しい。女性は「息子に迷惑をかけたくない」と言う。家か、お金か。この記事は、その二つに分けない三つ目の答えの話です。

夫が亡くなり、遺産は自宅(評価3,000万円)と預貯金2,000万円。相続人は妻と子一人。法定相続分は2分の1ずつなので、妻が自宅を取ると、預貯金は全部子へ行き、妻の手元に生活費が残りません。かといって自宅を売って分けると、妻は住む場所を失います。この「家か、お金か」の問題を解くために、2020年4月1日に始まった制度が配偶者居住権です。

仕組みは、自宅の権利を二つに分けることです。一つは「配偶者居住権」で、配偶者が亡くなるまで(または定めた期間)その家に無償で住み続けられる権利。もう一つは「負担付きの所有権」で、居住権が付いた状態の所有権を子などが持ちます。妻は居住権を、子は所有権を相続する。妻は住み続けられ、居住権の評価額は所有権より低いので、妻はその分だけ預貯金を多く受け取れます。

例 ― 自宅3,000万円・預貯金2,000万円、相続人は妻と子。居住権の評価を1,200万円とした場合
居住権なし(妻が自宅を相続)妻: 自宅 3,000万円 / 子: 預貯金 2,000万円
居住権あり妻: 居住権 1,200万円 / 妻: 預貯金 1,300万円 / 子: 所有権 1,800万円 / 子: 預貯金 700万円

居住権の評価額は配偶者の年齢(平均余命)で変わる。数字は例。

設定の方法は三つです。遺言で「妻に配偶者居住権を遺贈する」と書く。遺産分割協議で相続人が合意する。協議がまとまらなければ家庭裁判所の審判で定める。どの方法でも、対象になるのは「亡くなった人が所有していて、配偶者が相続開始のときに住んでいた建物」です。夫婦で共有していた家なら設定できますが、亡くなった人が子と共有していた家には設定できません。

配偶者居住権は、登記をしないと第三者に主張できません。子が所有権を第三者に売ってしまった場合、居住権の登記がなければ買主に「住む権利がある」と言えなくなります。設定したら必ず、建物に配偶者居住権の登記をしてください。登記は、配偶者と所有者(子)が共同で申請します。

評価の考え方は、居住権の「残りの期間」で決まります。配偶者が若く、平均余命が長いほど、長く住むことになるので居住権の評価は高くなり、所有権の評価は低くなります。相続税の評価では、建物の評価額、配偶者の平均余命、法定利率を使った計算式が定められています。具体的な数字は税理士に出してもらう領域ですが、感覚としては、80歳の妻の居住権は所有権の2〜3割程度、60歳なら5割前後になることが多いです。

向いている家と、向いていない家があります。向いているのは、遺産の大半が自宅で預貯金が少なく、子が「家はいずれ自分のものになる」ことに納得している家。向いていないのは、妻が将来施設に入る可能性が高い家です。居住権は譲渡できず、妻が家を出ても売ってお金にすることはできません(所有者である子の同意を得て居住権を放棄し、その対価をもらう形はあり得ますが、贈与税の問題が絡みます)。将来の住み替えの可能性が高いなら、居住権より、自宅を妻が相続して代償金を払う、あるいは売却して分ける、を先に検討します。

似た制度に「配偶者短期居住権」があります。こちらは設定不要で、配偶者が住んでいた家に、遺産分割が終わるまで(最低6か月)無償で住み続けられる権利です。遺産分割の途中で追い出されることを防ぐための最低限の保障で、登記もできません。長期の居住権とは別物です。

配偶者居住権と配偶者短期居住権
配偶者居住権配偶者短期居住権
期間終身(または定めた期間)遺産分割が終わるまで(最低6か月)
設定遺言・遺産分割・審判不要(自動的に発生)
登記できる(第三者に主張するには必要)できない
財産としての評価あり(相続分に含まれる)なし

配偶者居住権で組み直した数字を書きます。女性は82歳。相続税の評価方法で居住権を計算すると、建物の残存年数と平均余命(82歳の女性で約10年)から、居住権は自宅の評価3,000万円の約3割、約900万円。負担付きの所有権は残りの2,100万円。女性が居住権900万円と預貯金1,600万円で合計2,500万円、息子が所有権2,100万円と預貯金400万円で合計2,500万円。法定相続分どおりの2分の1ずつです。女性は自宅に住み続け、手元に1,600万円。息子は、女性が亡くなれば自宅の完全な所有権を持つ。

手続きも書きます。遺言はなかったので、遺産分割協議書に「妻は建物について配偶者居住権を取得する(存続期間は妻の終身)」と書き、建物に配偶者居住権の設定登記。登記は女性と息子の共同申請で、登録免許税は建物の評価額(この家では400万円)の1,000分の2で8,000円。土地は所有権の相続登記だけで、居住権の登記は建物にだけします。協議書の作成から登記完了まで、二か月。この登記があるので、仮に息子が所有権を第三者に売っても、女性の居住権は買主に主張できます。

一つ、検討して外した案も書きます。女性が施設に入る可能性です。82歳で、今は自立して生活していますが、五年後は分からない。居住権は譲渡できず、施設に入っても売ってお金にはできない。息子の同意で居住権を放棄し、その対価を息子から受け取る形はあり得ますが、贈与税の論点が出る。女性と息子は、この点を承知の上で、「施設に入るときは、息子が自宅を売り、その代金から女性の施設費用を出す」と、家族の間で取り決めました。法律の外の取り決めですが、居住権を選ぶ家では、この会話を先にしておくべきだ、と伝えています。

遺言で配偶者居住権を設定するなら、遺言執行者の記事で書いたとおり、実行する人も決めておいてください。居住権の登記は配偶者と所有者の共同申請なので、子が非協力的だと登記が進まず、権利が第三者に主張できないまま残る、ということが起きます。

「家を売って半分にするしかないのか」の答えは、家を売らず、半分にする、でした。居住権900万円と預貯金1,600万円で、女性は自宅に住み続け、息子は所有権と400万円を受け取りました。「家か、お金か」を解くために作られた制度だと本文の最初に書きました。この家では、その制度が、そのとおりに働きました。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

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