土地・不動産 2026-09-09
擁壁とがけ条例 ― 高低差のある土地で、建てる前に確認する三つのこと
隣地や道路との高低差が大きい土地には、擁壁と「がけ」の規制が絡みます。建築基準法の安全規定、都道府県のがけ条例(高さ2メートル超のがけの近くは建築制限)、既存擁壁の安全性と検査済証、2023年5月に始まった盛土規制法、擁壁のやり直しにかかる費用。高低差のある土地を相続した・買う人が、建てる前に確認する点を整理します。
この記事の位置: まず読む:値段と書類の読み方 → 買う前に確認すること → 建てられるか・どれだけ建つか → 境界・隣地・道 → [災害と地盤] → 持っている間:税金と登記 → 売るとき → 貸す・借りる・特殊な権利
「眺めがよくて、相場より400万円安いんです」。丘の上の土地を買う直前の男性が、図面を持って来ました。敷地の南側が道路より3.2メートル高く、大谷石の擁壁が積んである。築50年の家付き。私は、擁壁の写真を見て、「安い理由は、たぶんこの石です」と言いました。買ってから、建て替えの設計で、その石が問題になる。この記事は、400万円安い土地が、実際にはいくらの土地だったかの話です。
丘の上の住宅地、川沿いの段差、道路より一段高い敷地。高低差のある土地は眺めがよく、価格も手頃なことが多いのですが、建てる前に確認しておかないと、擁壁のやり直しで数百万円が飛ぶことがあります。ここでは、高低差のある土地で確認する三つのこと、がけの規制、擁壁の安全性、盛土の規制を整理します。
一つ目、がけの規制です。建築基準法は、がけ崩れなどのおそれがある場合に建築物の安全上必要な措置を求めていて、具体的な基準は各都道府県の条例(通称「がけ条例」)で定めています。内容は自治体で違いますが、多くの条例では「高さ2メートルを超えるがけ」を対象に、がけの上でも下でも、がけの高さの2倍(または1.5倍〜2倍)の範囲内には建物を建てられない、または安全な擁壁を設けるなどの措置が要る、と定めています。東京都の建築安全条例では高さ2メートル超のがけについて、がけの下端からがけの高さの2倍以内に建築物を建てる場合に制限があります。自分の土地に接するがけが条例の対象かどうかは、役所の建築指導課で確認します。
二つ目、既存の擁壁の安全性です。がけ条例の制限は、安全な擁壁があれば緩和されます。ここで問題になるのが「安全な」の意味です。宅地造成の許可を受けて作られた擁壁で、検査済証があるものは安全な擁壁として扱われます。一方、古い住宅地に多い大谷石積みや玉石積みの擁壁、いつ誰が作ったか分からない擁壁は、検査済証がなく、現行の基準を満たしているか確認できません。この場合、建て替えのときに「既存の擁壁は不適格として扱い、新たに安全な擁壁を作る」よう求められることがあります。擁壁のやり直しは、高さと延長によりますが、数百万円から一千万円を超えることもあります。
三つ目、盛土の規制です。2021年の熱海の土石流を受けて、2023年5月に「宅地造成及び特定盛土等規制法」(盛土規制法)が施行され、従来の宅地造成等規制法に代わりました。都道府県が「宅地造成等工事規制区域」と「特定盛土等規制区域」を指定し、区域内で一定規模以上の盛土・切土・擁壁の工事には許可が要ります。区域の指定は順次進んでいて、自分の土地が区域に入っているかは自治体のサイトで確認できます。区域内の土地で造成や擁壁の工事をするなら、建築確認とは別に許可の手続きが加わります。
盛土・宅地造成の規制の変化
- 1961年 宅地造成等規制法(宅地造成工事規制区域内の造成に許可)
- 2021年7月 熱海市の土石流(盛土の規制強化の契機)
- 2023年5月 盛土規制法(宅地造成及び特定盛土等規制法)施行(区域を拡大し、盛土・切土・擁壁工事を許可制に)
土地を見るときの順番はこうです。まず現地で、隣地や道路との高低差と、擁壁の種類(コンクリート、間知ブロック、大谷石、玉石)を見る。次に役所で、がけ条例の対象か、擁壁の検査済証があるか、盛土規制法の区域内か、を確認する。そして、建てたい建物の配置ががけからの距離の制限に収まるかを設計者に見てもらう。この三段階を契約前に済ませておけば、「買ってから擁壁をやり直すことになった」は防ぎやすくなります。
| 確認すること | どこで | 分かること |
|---|---|---|
| がけ条例の対象か | 役所の建築指導課、都道府県の条例 | がけの高さの2倍以内の建築制限、必要な措置 |
| 擁壁の検査済証・種類 | 役所(宅地造成の許可記録)、現地 | 安全な擁壁として扱えるか、やり直しが要るか |
| 盛土規制法の区域か | 都道府県・自治体のサイト | 造成・擁壁工事に許可が要るか |
相続した土地の場合は、少し違う視点になります。今ある家をそのまま使う分には、既存の擁壁が不適格でも直ちに問題にはなりません。問題になるのは建て替えと売却です。売る場合、重要事項説明で擁壁の状況とがけ条例の制限を説明することになり、買主は擁壁のやり直し費用を値引きとして求めてきます。相続した時点で擁壁の状態を把握しておくと、売るときに慌てません。
確認した順に書きます。一つ目、がけ条例。この県の条例では、高さ2メートルを超えるがけの上に建てる場合、がけの下端からがけの高さの2倍(6.4メートル)以内に建物を建てるには、安全な擁壁が要る。敷地の奥行きは14メートルで、6.4メートル引くと建てられる範囲は7.6メートル分。二つ目、擁壁の検査済証。役所の建築指導課で調べると、宅地造成の許可も検査済証もなし。大谷石積みは、現行基準では「安全な擁壁」として扱われず、建て替え時にはやり直しを求められる、という回答でした。三つ目、盛土規制法の区域。この地域は「宅地造成等工事規制区域」に入っていて、擁壁のやり直しには許可が要る。
断面図。道路より3.2メートル高い敷地に大谷石の擁壁。がけ条例で、がけの下端から高さの2倍の6.4メートル以内には建てられないため、奥行き14メートルのうち家を建てられるのは奥の7.6メートル分。
安全な擁壁(検査済証のあるもの)に造り替えれば、この制限は緩みます。それがこの例の約660万円です。
費用の見積もりを、その場で工務店に頼みました。延長12メートル、高さ3.2メートルのコンクリート擁壁への造り替えで、既存の撤去と残土処分を含めて約620万円。盛土規制法の許可申請の費用が別途約40万円。合わせて約660万円。相場より400万円安い土地は、建て替えるなら、相場より260万円高い土地でした。今の家をそのまま使う分には擁壁のやり直しは要らず、リフォームで住む選択肢もありましたが、男性は建て替え前提だったので、この土地を見送りました。
逆に、擁壁が資産になった例も書きます。別の相談で、相続した高台の土地に、平成10年に宅地造成の許可を受けて作られたコンクリート擁壁があり、検査済証が残っていた。売却の重要事項説明で「検査済証あり」と書け、買主は擁壁のやり直しを見込まずに買えた。査定は相場どおりで、値引きの要求はありませんでした。同じ「高台の土地」で、検査済証の一枚があるかどうかで、660万円の差が出ます。
最後に、擁壁は「自分の土地のもの」とは限りません。隣地との境界上にある擁壁は、どちらの所有か、どちらが維持管理するかが曖昧なことが多く、崩れたときの責任も曖昧です。境界確定の記事で書いた測量のときに、擁壁の位置と所有者も一緒に確認しておいてください。
400万円安い理由は、大谷石の擁壁でした。買っていれば、660万円のやり直しが待っていた。「買ってから擁壁をやり直すことになった、は防ぎやすくなる」と本文に書きましたが、防いだのは、契約前の三段階の確認と、工務店の見積一枚です。眺めのいい土地は、眺めの分だけ高低差があり、高低差の分だけ、この確認が要ります。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。