土地・不動産 2026-09-09

告知事項と心理的瑕疵 ― 「人が亡くなった家」を、いつまで、どこまで伝えるか

実家で親が亡くなった。その家を売ったり貸したりするとき、買主や借主に「ここで人が亡くなった」と伝える必要があるのか。2021年10月に国土交通省が出した「人の死の告知に関するガイドライン」で、初めて目安ができました。自然死や日常の事故死は原則告知不要、特殊清掃があれば告知、賃貸は概ね3年、売買には期限なし。実務での運用と、売主として押さえる点を整理します。

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この記事の位置: まず読む:値段と書類の読み方 → [買う前に確認すること] → 建てられるか・どれだけ建つか → 境界・隣地・道 → 災害と地盤 → 持っている間:税金と登記 → 売るとき → 貸す・借りる・特殊な権利

媒介契約の書類の「告知事項」の欄で、女性の手が止まりました。「母は、この家の寝室で亡くなりました。老衰です。発見は翌朝で、私が見つけました」。そこまで言って、「これは、書かないといけないんでしょうか」。書く必要は、ありません。ただ、この欄には事実を伝えてください、と私は言いました。伝えることと、買主に告知することは、別の話です。この記事は、その欄の書き方と、そのあとの売却の話です。

相続した実家を売る相談で、遠慮がちに聞かれることがあります。「父はこの家で亡くなったんですが、それは言わないといけませんか」。長いあいだ、この問いに明確な答えはありませんでした。不動産会社ごと、裁判例ごとに判断が分かれ、「念のため全部告知」か「聞かれなければ言わない」かが混在していました。2021年10月、国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を出して、初めて目安ができました。

ガイドラインの骨格は、こうです。まず、自然死(老衰、病死)と、日常生活の中での不慮の死(転倒、入浴中の事故、誤嚥など)は、原則として告知しなくてよい。人が家で亡くなることは自然なことで、それ自体は買主や借主の判断に重要な影響を与えるものではない、という整理です。ただし、自然死でも、発見が遅れて特殊清掃や大規模なリフォームが行われた場合は、告知の対象になります。

次に、自殺、他殺、事故死(日常生活の不慮の死を除く)は、告知の対象です。賃貸では、その事案の発生からおおむね3年が経過すれば、原則として告知しなくてよい、とされました。売買には、この期間の目安はありません。売買では、買主が長く住み、資産としても持つので、期間で区切らず、事案の内容と経過を踏まえて個別に判断する、ということです。実務では、売買で自殺や他殺があった物件は、何年経っても告知するのが安全側の運用です。

場所についても整理されています。対象となるのは、その住戸の中と、日常的に使う共用部分(玄関、廊下、エレベーター)です。隣の住戸や、日常的に使わない共用部分(屋上、普段通らない階段)で起きた事案は、原則として告知の対象外です。そして、いずれの場合も、買主や借主から「ここで人が亡くなったことはありますか」と聞かれたら、告知不要とされる事案でも答える必要があります。ガイドラインは「自発的に言わなくてよい範囲」を示したもので、「聞かれても隠してよい」とは言っていません。

人の死の告知の目安(国土交通省ガイドライン、2021年10月)
事案賃貸売買
自然死・日常生活の中の不慮の死原則告知不要原則告知不要
上記でも特殊清掃・大規模リフォームがあった告知(概ね3年経過で原則不要)告知(期間の目安なし)
自殺・他殺・その他の事故死告知(概ね3年経過で原則不要)告知(期間の目安なし)
隣の住戸・日常使わない共用部分原則告知不要原則告知不要
買主・借主から聞かれた答える答える

売主としての実務は、こうなります。親が病気や老衰で亡くなった実家なら、告知は原則不要です。ただ、不動産会社の媒介契約時に「告知事項」の欄で聞かれるので、事実はそのまま伝えてください。伝えたうえで、告知するかどうかは会社がガイドラインに沿って判断します。発見が遅れて特殊清掃をした場合、自殺があった場合は、告知事項として重要事項説明の記事で書いた説明書に記載され、価格にも影響します。隠して売ると、あとで発覚したときに契約不適合責任や損害賠償の問題になり、告知して売るより高くつきます。

価格への影響も書いておきます。自然死で告知不要の場合、価格への影響は基本的にありません。告知事項ありの物件は、地域や事案によって幅がありますが、相場から1〜3割程度下がることが多く、賃貸では家賃を下げて、あるいは期間経過を待って貸す、という運用が一般的です。空き家の記事で書いた「早く売る」判断に、この要素が加わる場合は、複数の会社に査定を頼んで、告知の扱いと価格の両方を聞き比べてください。

現場で整理したことです。母の死は、老衰による自然死。発見は翌朝で、特殊清掃もリフォームもしていない。ガイドラインの目安では、告知の対象外です。不動産会社は、媒介契約書の告知事項の欄に「自然死(老衰)、翌日発見、特殊清掃なし」と記録し、重要事項説明書には記載しない、という判断をしました。女性は「隠すことになりませんか」と聞き、会社の担当者は「買主から『ここで人が亡くなったことはあるか』と聞かれたら、答えます。自発的に言う対象ではない、という整理です」と答えました。実際、この家の買主は、内見のときに「ご両親はご健在ですか」と聞き、女性が「母がこの家で亡くなりました」と答えています。買主は「そうですか」と言っただけで、価格の交渉にも影響しませんでした。査定2,600万円に対して、2,580万円で成約。

逆の例も書きます。同じ年に、兄が自宅の浴室で自死した、という家の売却相談がありました。こちらは告知の対象で、期間の目安もない。重要事項説明書に記載し、価格は査定3,100万円に対して、複数の会社の見立てで「2割前後下がる」。実際の成約は2,450万円で、約21%減。買主は、事案を承知の上で、リフォーム前提で買った投資家でした。相続人は「言わずに売れないか」と一度聞きましたが、隠して売れば、発覚時に契約解除や損害賠償で、2割の値下げより高くつく。事実を記載して、その分を価格に織り込んで売る、という判断で、三か月で売れました。

一つ、境界線の例も書いておきます。自然死でも、発見が遅れて特殊清掃をした家。ある相談では、一人暮らしの父が亡くなり、発見が三週間後、特殊清掃と床の張り替えをしました。死因は病死ですが、特殊清掃をしているので告知の対象です。重要事項説明書に「病死、発見まで約3週間、特殊清掃と床張替え実施」と記載し、価格は査定から約1割減で成約。「自然死は告知不要」の例外が、この「発見の遅れ」で、一人暮らしの親の家では、この形が増えています。

最後に、ガイドラインは「宅地建物取引業者の判断の目安」であって、法律ではありません。裁判になれば、個別の事情で判断されます。ただ、目安ができたことで、「言わなくていいか」を悩む売主が減り、不動産会社の運用も揃ってきています。親が家で亡くなったことを、後ろめたく思う必要はありません。事実を伝え、判断は制度に沿って。それだけです。

寝室で母を看取った女性の家は、告知事項の欄に事実を書いて、重要事項説明書には載らず、査定どおりの値段で売れました。買主に聞かれたときには答えて、それでも値段は変わらなかった。「親が家で亡くなったことを、後ろめたく思う必要はありません」と本文の最後に書きました。ガイドラインは、その後ろめたさを、制度の言葉に置き換えたものです。事実を伝え、判断は制度に沿って。女性の手が止まった欄は、そのためにあります。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

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