離婚・家族 2026-09-12
熟年離婚 ― 年金分割・退職金・住まいで、若い世代の離婚と何が違うか
結婚20年、30年を経てからの離婚(熟年離婚)は、子の親権や養育費より、年金・退職金・住まいという「老後の生活資金」の分け方が中心になります。厚生年金の分割で老後の年金がどれだけ変わるか、退職金(すでに受け取った分・将来受け取る分)の財産分与、持ち家の扱い、離婚後の生活設計を整理します。
この記事の位置: 別居前・離婚を考え始めたら → 離婚の中身を決める → 書面にする・届を出す → 離婚が成立したら → 離婚後の生活 → [状況別(当てはまる方だけ)]
63歳の女性が、一人で来ました。夫は65歳、婚姻期間は35年。子は二人とも独立。「離婚したいんですが、私は年金が月6万円しかありません。生活できますか」。パートを長く続け、厚生年金の期間は短い。夫は大企業に勤め、三年前に退職金2,000万円を受け取っている。家はローン完済済み。この記事は、その「6万円」が、離婚のあとにいくらになるかの話です。
熟年離婚には、子育て世代の離婚とは違う論点があります。子の親権や養育費が中心ではなく(子がすでに成人していることが多い)、長年連れ添った結果として積み上がった年金・退職金・住まいを、老後の生活のためにどう分けるかが中心です。財産分与の基本の記事で書いた原則(2分の1)は同じですが、金額の桁が違うので、計算を丁寧にする必要があります。
年金分割の効果が、最も大きく出るのが熟年離婚です。年金分割の記事で書いたとおり、婚姻期間中の厚生年金の記録を分けますが、婚姻期間が30年あれば、分割される記録もその分大きくなります。専業主婦(主夫)の期間が長い場合、離婚後に受け取る年金額への影響は、若い世代の離婚よりずっと大きくなります。ただし、年金分割で増えるのは「将来の年金」で、離婚時にまとまったお金が動くわけではありません。分割を受ける側が実際に年金を受け取れるのは、自分が年金の受給開始年齢に達してからです。60代前半で離婚した場合、年金の受給開始まで数年のブランクがあり、その間の生活費を別に考える必要があります。
退職金の扱いも、熟年離婚で特に重要です。すでに受け取っている退職金は、婚姻期間中に積み立てられた部分が、財産分与の対象になります(退職から離婚までの間に使ってしまった場合、対象財産として残っていないことも起こり得るので、退職金の受け取り時期と離婚のタイミングは無関係ではありません)。まだ受け取っていない退職金(将来退職金)は、勤務先の退職金制度が確立していて、近い将来の受給が見込める場合に、婚姻期間に対応する部分を財産分与の対象とする実務が一般的です。定年まで年数がある場合は、対象にならない、または割合を下げて考えることがあります。将来退職金の分与は、実際に退職金が支払われた時点で支払うと合意しておくか、離婚時点での試算額で清算するか、二つの方法があります。
住まいの扱いも、熟年離婚では若い世代と少し違います。住宅ローンが完済済み、または残りわずか、という家が多く、財産分与の対象としての価値が大きい一方、売却して分けると、どちらも新しい住まいを一から探すことになります。不動産の名義の記事で書いた選択肢(売却、一方が住み続ける)に加えて、熟年離婚では「どちらも住み替えず、家だけ売って現金を分け、それぞれ小さな住まいに移る」という選択が現実的になることが多いです。
生命保険と医療保険も見直しの対象です。配偶者を受取人にしていた生命保険は、離婚後は受取人を子や自分自身に変更します。婚姻中に加入した医療保険や個人年金保険の解約返戻金も、財産分与の対象になります。
熟年離婚後の生活設計として、実務でよく助言することを書きます。一つ、年金分割の情報通知書を早めに取り、分割後に受け取れる年金額の見込みを具体的な数字で持つ(分割後の見込額が示されるのは、50歳以上の人や障害年金を受けている人などが請求した場合です)。二つ、退職金と年金の受給開始年齢までの生活費(婚姻費用、または貯蓄の取り崩し)を計画する。三つ、住まいを決める前に、財産分与の全体(預貯金、退職金、住まい、保険)を一覧にしてから、住まいだけを先に決めない。四つ、相続との関係も考える。離婚・再婚のある家の相続の記事で書いたとおり、離婚すれば元配偶者は相続人でなくなるので、遺言や生命保険の受取人を見直す必要があります。
| 項目 | 確認すること |
|---|---|
| 年金分割 | 情報通知書で分割後の年金見込額を確認。受給開始までのブランクに注意 |
| 退職金(受取済み) | 婚姻期間に対応する部分が対象。使ってしまった分は対象財産として残らない |
| 退職金(将来) | 支給の確実性と婚姻期間対応分。支払時精算か離婚時試算かを決める |
| 住まい | 売却して分ける/一方が住み続ける/どちらも住み替える、を財産全体を見てから決める |
| 生命保険 | 受取人の変更、解約返戻金の財産分与への算入 |
| 相続対策 | 離婚後は元配偶者が相続人でなくなる。遺言・受取人の見直し |
現場の数字です。まず年金分割。年金事務所で「年金分割のための情報通知書」を取ってもらいました。夫の厚生年金の記録のうち、婚姻期間35年分を按分割合0.5で分けると、女性の年金は月6万円から、概算で月10万円前後になる見込みでした(金額は記録によって変わるので、通知書の試算が根拠です)。増えるのは4万円ですが、35年分の記録が動くので、この額になります。ただし、女性はすでに63歳で、自分の年金の受給は65歳から。分割の効果が出るのも65歳からで、離婚から二年間、月6万円のままです。
次に退職金。夫が三年前に受け取った2,000万円のうち、婚姻期間(勤続38年のうち35年)に対応する部分は約1,840万円。その2分の1、920万円が財産分与の対象。ただし、夫はこの三年で退職金の一部を使っていて、残っていたのは1,400万円。使った分をどう扱うかは争いになる点で、この夫婦は、残っている1,400万円と預貯金600万円を合わせた2,000万円を半分ずつ、という形で協議しました。女性が受け取るのは1,000万円。家は査定3,000万円で、売って半分ずつ、1,500万円ずつ。女性の手元には合わせて2,500万円が入る計算です。
生活設計は、こう組みました。65歳までの二年間は、年金6万円と、2,500万円の取り崩し。65歳からは年金10万円と、残りの取り崩し。家は売り、女性は駅に近い賃貸(家賃6万円)に移る。この計画を紙にして、女性は「これなら生きていける」と言いました。離婚の話し合いは、財産の一覧をこの紙の形で夫に示すところから始め、四か月で協議離婚がまとまり、年金分割の合意と財産分与は公正証書にしました。
熟年離婚は、離婚後の人生が長く続く分、老後の資金計画そのものです。感情の整理と並行して、年金・退職金・住まいの数字を、早い段階で一覧にすることを勧めています。
最初の日の「生活できますか」への答えは、年金分割で月10万円、財産分与で2,500万円、家賃6万円の部屋、という三つの数字でした。感情の話は、この数字が出てからのほうが、落ち着いてできました。この記事の最後に「早い段階で一覧に」と書いたのは、熟年離婚の相談が、離婚の相談であると同時に、老後の資金計画の相談だからです。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-02
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。