相続・手続き 2026-09-09
相続欠格と廃除 ― 「あの子には相続させたくない」は、どこまで法律でできるか
遺言で「長男には何も渡さない」と書いても、遺留分は残ります。相続権そのものを失わせる仕組みは二つだけ。法律上当然に相続人でなくなる「相続欠格」と、家庭裁判所に申し立てて認めてもらう「廃除」です。それぞれの要件、廃除が認められる例と認められない例、手続き、取り消し、代襲相続との関係を整理します。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → [相続人と財産を確定する] → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
「長男には一円も渡さない。そういう遺言を書いてください」。82歳の男性が、そう言って来ました。理由を聞くと、長男とは十年以上会っていない、電話をしても出ない、最後に会ったとき「早く死ね」と言われた。妻は五年前に亡くなり、家のことは全部次男夫婦が見ている。「あいつは相続人じゃない。そうできるでしょう」。できるかどうかを、まず制度で確かめました。答えは、この形ではできない、でした。
「あの子には一円も渡したくない」。相続の相談で、こう言われることは珍しくありません。気持ちは分かりますが、法律でできることは限られています。遺言で「渡さない」と書いても、遺留分の記事で書いたとおり、子には遺留分が残ります。相続権そのものを失わせるには、相続欠格か廃除、この二つしかありません。
相続欠格は、法律で定められた行為をした相続人が、手続きなしに当然に相続権を失う制度です。民法891条に五つの事由があり、故意に被相続人や先順位・同順位の相続人を死亡させた(または死亡させようとして刑に処せられた)、被相続人が殺害されたことを知りながら告発しなかった、詐欺や強迫で遺言をさせたり撤回させたり妨げたりした、遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した、というものです。相続の場面で実際に問題になるのは、最後の遺言書の偽造・破棄・隠匿です。自分に不利な遺言を見つけて捨てた、書き換えた、という行為は、その人の相続権を失わせます。
廃除は、被相続人の意思で、家庭裁判所に申し立てて相続権を失わせる制度です。対象は遺留分を持つ推定相続人(配偶者、子、直系尊属)で、兄弟姉妹は遺留分がないので廃除の対象ではありません(遺言で渡さないと書けば足ります)。事由は、被相続人に対する虐待、重大な侮辱、その他の著しい非行です。生前に本人が申し立てる方法と、遺言で廃除の意思を示して遺言執行者が申し立てる方法があります。
| 相続欠格 | 廃除 | |
|---|---|---|
| 誰の意思 | 法律上当然(本人の意思は不要) | 被相続人の意思(生前の申立て、または遺言) |
| 事由 | 殺害、殺害の不告発、遺言への詐欺・強迫、遺言書の偽造・破棄・隠匿 | 虐待、重大な侮辱、その他の著しい非行 |
| 対象 | すべての相続人 | 遺留分を持つ推定相続人(兄弟姉妹は対象外) |
| 手続き | 不要(争えば裁判で確認) | 家庭裁判所の審判 |
| 取り消し | できない(被相続人が許しても法律上は争いあり) | 被相続人がいつでも申し立てられる |
| 代襲相続 | その人の子が代襲する | その人の子が代襲する |
ここで期待と現実の差があります。廃除は簡単には認められません。「長年連絡を取らない」「親の面倒を見ない」「親と喧嘩をした」程度では、著しい非行とは判断されないのが実務です。認められた例は、継続的な暴力、重い侮辱を繰り返した、親の財産を使い込んだ、多額の借金を親に払わせ続けた、といった、親子関係を破壊するレベルのものです。家庭裁判所は、廃除が相続権を完全に奪う重い効果を持つことから、慎重に判断します。申立ての多くは認められないか、審判の前に取り下げられます。
手続きは、被相続人(本人)が生前に家庭裁判所に申し立てるか、遺言に「〇〇を廃除する」と書いて遺言執行者に申し立ててもらいます。遺言による廃除では、遺言執行者の指定が事実上必須です。認められると、その旨が戸籍に記載されます。被相続人は、いつでも廃除の取り消しを家庭裁判所に申し立てられます。
廃除の申立ての中身も書いておきます。本人が生きているうちなら、本人の住所地の家庭裁判所に、推定相続人の廃除の審判を申し立てます。費用は収入印紙800円と連絡用の郵便切手です。申立書には、いつ、何があったかを具体的に書き、裏付けの資料を付けます。相談で見てきた資料は、暴力を受けたときの診断書、警察や役所に相談した記録、勝手に引き出された通帳の写し、本人が代わりに払った借金の領収書、といったものです。廃除は話し合いで決める調停ではなく、裁判官が審判で判断します。家庭裁判所は、廃除を求められた子の言い分を審問の期日で直接聞くことになっていて、廃除が認められた場合も、廃除された側は不服を申し立てられます(即時抗告)。審判が確定したら、申し立てた人が確定の日から10日以内に市区町村へ届け出て、戸籍に記載されます。取り消しは、生前の申立てのほか、遺言でもできます。
遺言で廃除する場合は、もう一段難しくなります。家庭裁判所に申し立てるのは遺言執行者で、本人が亡くなったあと、本人のいない場で廃除の事情を示すことになります。遺言に「長男を廃除する」と一行書いただけでは、何があったのかを裁判官に示す材料がありません。理由を遺言に具体的に書き、裏付けの資料を残しておく必要があります。審判が確定するまでの間は相続の手続きが止まりやすく、必要があれば家庭裁判所が遺産の管理について処分を命じることもあります。遺言による廃除の相談を受けたときは、遺言の文案と一緒に、日付入りの出来事の記録と資料の置き場所を一枚にまとめてもらい、遺言執行者に渡せる形にしました。
欠格と廃除に共通する重要な点があります。相続権を失うのはその人だけで、その人の子は代襲相続します。長男を廃除しても、長男の子(孫)が長男に代わって相続人になります。「長男の家系に渡さない」ことは、この制度ではできません。孫にも渡したくない場合は、孫の遺留分を踏まえて遺言で配分を決める、という遺言の設計に戻ります。
父の相続人は長男と次男。長男を廃除すると長男は相続権を失うが、長男の子(孫)が長男に代わって相続人になる(代襲相続)。孫にも渡したくないなら、廃除ではなく、遺留分を踏まえた遺言の配分で考える。
相続欠格でも同じで、欠格者の子が代襲相続します。
欠格には、廃除と違う実務上の困りごとがあります。欠格は手続きなしに当然に効力が生じるので、戸籍には何も書かれません。相続登記や預金の解約では、戸籍の上では相続人に見える人を外すことになるため、欠格に当たる本人が、欠格事由があることを認めて署名し実印を押した書面(相続欠格証明書と呼ばれます)に印鑑証明書を付けるか、本人が認めないなら、相続権がないことを確かめる裁判の確定判決を用意することになります。遺言書を捨てた本人が素直にその書面を書くとは限りません。欠格は「法律上当然」といっても、実際の手続きで効かせるには手間がかかります。
実務での助言はこうです。廃除の要件に届くような事情(暴力、使い込み)があれば、記録を残して生前に申し立てる。届かない事情なら、廃除ではなく、遺言で遺留分相当を残したうえで他の相続人に多く配分する。遺留分は法定相続分の半分ですから、「渡さない」はできなくても「半分に減らす」はできます。感情と制度の間を、この線で埋めるのが現実的です。
現場の整理です。男性の希望を制度に当てはめると、廃除です。廃除の事由は、虐待、重大な侮辱、著しい非行。「早く死ね」は侮辱ですが、一度の暴言で「重大な侮辱」と認められた例は少なく、十年の音信不通は「非行」とは判断されにくい。長男が父の財産を使い込んだ、繰り返し暴力を振るった、といった記録があるかを聞きましたが、ありませんでした。この事情で家庭裁判所に廃除を申し立てても、認められる見込みは低く、却下されれば、長男に「父が自分を廃除しようとした」ことが伝わるだけで終わります。
そこで、遺言の設計に切り替えました。相続人は長男と次男の二人。遺留分は、法定相続分(各2分の1)の半分で、長男は遺産の4分の1です。遺産は自宅(評価1,600万円)と預貯金1,200万円の合計2,800万円。長男の遺留分は700万円。「全部次男に」と書いても、長男が遺留分侵害額請求をすれば700万円は払うことになり、それを次男が現金で用意することになります。それなら最初から、長男に700万円相当の預貯金を、残り全部を次男に、と書いておく。長男が請求する余地がなくなり、次男は家を取れます。男性は「700万円もやるのか」と言いましたが、「渡さない」はできず、「半分に減らす」はできる、という説明で納得しました。
もう一つ、付言事項を書きました。遺言の末尾に、法的効力はないが気持ちを書ける欄です。「長男には遺留分に相当する分を残す。次男夫婦には長年世話になった。二人とも、争わないでほしい」。男性は最初「あいつに何も言うことはない」と言いましたが、書き上がった文を読んで、そのまま残しました。
相続欠格と廃除は、家族の関係が壊れた場面の制度です。相談の場では、制度の説明の前に、なぜそう思うに至ったかを聞きます。多くの場合、答えは「渡さないこと」ではなく「他の子との差をつけること」で、それは遺言の配分で実現できます。
最初の日の「一円も渡さない」は、書いてみると「次男に多く渡したい」と「長男に自分の気持ちを知らせたい」の二つでした。廃除はそのどちらも実現しません。遺言の配分と付言は、両方を実現します。相続欠格と廃除の記事の最後に「多くの場合、答えは渡さないことではなく差をつけること」と書いたのは、この男性のような相談が、一件ではないからです。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-04
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-04 確認)。
- e-Gov法令検索「民法」 ― 相続欠格(891条)、廃除の請求(892条)、遺言による廃除(893条)、取消し(894条)、審判確定前の遺産の管理(895条)
- e-Gov法令検索「家事事件手続法」 ― 廃除の審判の管轄、廃除を求められた推定相続人の陳述の聴取、即時抗告(188条)
- e-Gov法令検索「戸籍法」 ― 廃除の裁判が確定したときの届出(97条・63条)