離婚・家族 2026-09-14
養育費が払われないとき ― 履行勧告から差押えまで、回収手段の順番と改正で増えた道
養育費の不払いは、離婚後の相談で最も多い問題です。手元に何があるか(公正証書か、調停調書か、口約束か)で使える手段が変わります。履行勧告・履行命令、強制執行(給与・預貯金の差押え)、財産開示手続、第三者からの情報取得手続、そして2026年4月施行の改正で加わった法定養育費と先取特権。回収手段を、弱いものから強いものへ順番に整理します。
この記事の位置: 別居前・離婚を考え始めたら → 離婚の中身を決める → 書面にする・届を出す → [離婚が成立したら] → 離婚後の生活 → 状況別(当てはまる方だけ)
養育費が止まって九か月、と女性は言いました。月5万円、子二人。離婚のとき、協議書は作った。ただ、公正証書ではなく、二人で署名した私文書。元夫は転職して、勤務先が分からない。「差押えは、できますよね」。今の書類では、できません。この記事は、その私文書から、給与の差押えまでの、七か月の話です。
養育費と算定表の記事で、金額の決め方を書きました。この記事は、決めた養育費が払われなくなったときの話です。相談の場で最初に確認するのは、金額ではなく「何を持っているか」です。公正証書(強制執行認諾文言つき)か、調停調書・審判書・判決か、私文書の離婚協議書か、口約束か。手元の書類で、使える手段がまったく変わります。
一番弱い状態が、口約束と私文書の協議書です。この場合、いきなり差押えはできません。まず、家庭裁判所に養育費請求の調停を申し立て、調停調書か審判で「債務名義」(強制執行の根拠になる公的な文書)を作る必要があります。相手が調停に来なければ審判に移り、裁判所が金額を決めます。ここまでで数か月かかります。「離婚のときに公正証書を作っておけば」と後悔する場面の大半が、この段階です。
調停調書・審判書・判決を持っている場合は、まず家庭裁判所の「履行勧告」が使えます。裁判所が相手に「払いなさい」と勧告する手続きで、申し立ては無料、電話でもできます。強制力はありませんが、裁判所からの連絡で払い始める人は一定数います。次が「履行命令」で、正当な理由なく従わないと過料(10万円以下)の対象になります。この二つは、公正証書しか持っていない人は使えません(裁判所の手続きで決まった養育費が対象です)。
強制執行は、公正証書(執行認諾文言つき)でも調停調書でも使えます。対象は、相手の給与と預貯金が中心です。給与の差押えは、養育費については手取りの2分の1まで認められます(通常の借金の差押えは4分の1までなので、養育費は優遇されています)。一度申し立てれば、将来の分(まだ支払期が来ていない養育費)についても、給与からの継続的な差押えができます。預貯金は、差押え時点の残高だけが対象なので、給与の差押えの方が回収は安定します。
問題は、相手の勤務先や口座が分からない場合です。ここが2020年4月の民事執行法改正で大きく変わりました。「第三者からの情報取得手続」で、裁判所を通じて、市町村や年金機構から勤務先の情報を、金融機関から預貯金口座の情報を、登記所から不動産の情報を取得できるようになりました。また「財産開示手続」(相手を裁判所に呼び、財産を申告させる手続き)は、出頭しない・虚偽を述べた場合の罰則が刑事罰(6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)に強化され、無視しにくくなっています。
そして2026年4月施行の民法改正で、二つの道が加わりました。一つは「法定養育費」で、離婚時に養育費の取り決めをしなかった場合でも、法律で定める一定額を請求できる制度です(取り決めがないから請求できない、という状態がなくなりました)。もう一つは、養育費の債権に「先取特権」が与えられたことです。これは、公正証書や調停調書がなくても、養育費について相手の財産を差し押さえる申立てができる道を開くもので、口約束だった人にとって大きな変化です。ただし、施行後の運用(申立てに必要な書類、金額の証明の方法)は裁判所の実務で固まっていく段階なので、申し立てる前に家庭裁判所か弁護士に確認してください。
順に書きます。まず、債務名義がない。私文書の協議書では強制執行はできず、履行勧告も使えない(裁判所の手続きで決まった養育費ではないので)。家庭裁判所に養育費請求の調停を申し立て、私文書の協議書を「合意の証拠」として添付。元夫は第一回期日に出てこず、第二回にも来ず、調停は不成立で審判へ。審判で、算定表に基づき、月5万円(協議書と同額)が決まり、審判書が債務名義になりました。申立てから審判の確定まで四か月半。
| 手元にあるもの | 履行勧告・命令 | 強制執行 | まずすること |
|---|---|---|---|
| 口約束・私文書の協議書 | 使えない | できない | 調停で債務名義を作る(改正後は先取特権の道も確認) |
| 公正証書(執行認諾文言つき) | 使えない | できる | 給与・預貯金の差押えを申し立てる |
| 調停調書・審判書・判決 | 使える | できる | 履行勧告→履行命令→強制執行 |
| 相手の勤務先・口座が不明 | ― | ― | 第三者からの情報取得手続、財産開示手続 |
次に、勤務先を探す。元夫は転職して、女性は勤務先を知らない。2020年改正の「第三者からの情報取得手続」で、裁判所を通じて市町村と年金機構に照会し、元夫の現在の勤務先が判明。申立てから情報の取得まで約五週間。並行して、金融機関への照会で、元夫の口座も一つ判明したが、残高は約8万円。給与の差押えのほうが、回収は安定する。
最後に、給与の差押え。審判書と勤務先の情報で、地方裁判所に債権差押命令を申し立て。養育費なので手取りの2分の1まで、そして、将来の分についても継続的に差押え。元夫の手取りは月約24万円で、未払い分(審判の月から遡れる分と、それ以降)と、以後の月5万円が、勤務先から直接、女性の口座に振り込まれる形になりました。申立てから差押命令の送達まで三週間。止まってから七か月で、養育費は再開し、以後は勤務先から直接なので、元夫の意思で止めることはできません。ただし、審判前の九か月分、45万円は、審判で「請求時から」とされたため、大半が回収できませんでした。
順番にまとめます。書類が弱ければ、まず調停で債務名義を作る(または改正後の先取特権の道を確認する)。調停調書があれば履行勧告、履行命令。それでも払わなければ強制執行。勤務先や口座が分からなければ第三者からの情報取得手続と財産開示手続。時効は、各回の支払期から5年(定期給付債権)なので、放置して古い分から消えていく前に動くこと。相談先は、家庭裁判所の家事手続案内、法テラス(収入要件を満たせば弁護士費用の立替えあり)、自治体の養育費相談窓口(ひとり親家庭の支援制度の記事で書いた窓口)です。行政書士は公正証書の作成までで、強制執行の申立ての代理はできません。
私文書の協議書は、七か月と、調停・審判・情報取得・差押えの四つの手続きで、給与からの直接振込に変わりました。「離婚のときに公正証書を作っておけば」と後悔する場面の大半がこの段階だ、と本文に書きました。公正証書があれば、勤務先の情報取得と差押えの二つで済み、二か月でした。45万円と五か月が、公正証書の作成費用(この家なら約3万円)との差です。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。