相続・手続き 2026-09-10

特別受益と寄与分 ― 「兄だけ家を建ててもらった」「私だけ介護した」を遺産分割でどう扱うか

遺産分割で最も揉めるのが、生前にもらった分(特別受益)と、尽くした分(寄与分)です。持ち戻しの計算、婚姻20年以上の配偶者への自宅贈与の例外(2019年改正)、寄与分が認められる範囲の狭さ、相続人でない長男の妻が請求できる特別寄与料(2019年新設)と期限。数字の例と一緒に整理します。

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この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → [分け方を決める] → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

遺産分割の話し合いで、長女が一枚の紙を出しました。母を介護した十年間の記録です。デイサービスの送迎、通院の付き添い、夜中の対応。日付と時間が、ノート三冊分。「これは、考慮されますよね」。兄は「兄は家を建てるときに母から600万円もらっている」と、長女が言うのを待っていました。二人とも、正しい。そして、二人とも、思っているほどは認められない。この記事は、ノート三冊と600万円が、それぞれいくらになったかの話です。

「兄は家を建てるときに親から500万円もらった。それなのに遺産は半分ずつなのか」「十年間、私だけが親を介護した。それは考慮されないのか」。遺産分割の相談で、この二つが出ない家はほとんどありません。法律はどちらにも仕組みを用意していますが、家族が思うほど広くは認められません。順に整理します。

一つ目が「特別受益」です。相続人の一部が、亡くなった人から遺贈を受けていたり、生前に結婚・養子縁組のための贈与や、生計の資本としての贈与(家を建てる資金、開業資金、まとまった生活費など)を受けていたりした場合、その分を遺産に足し戻して(持ち戻して)各人の相続分を計算します。数字で見ると、遺産3,000万円、相続人は子二人、長男が生前に500万円の住宅資金をもらっていた場合。持ち戻した3,500万円を二人で分けて1,750万円ずつ、長男はすでに500万円受け取っているので、遺産からは1,250万円、次男は1,750万円です。

例 ― 遺産3,000万円、子2人、長男に生前贈与500万円(特別受益)
持ち戻し後の総額遺産 3,000万円 / 贈与 500万円
各自の相続分(1/2ずつ)長男 1,750万円 / 次男 1,750万円
遺産から実際に受け取る額長男 1,250万円 / (贈与済み 500) / 次男 1,750万円

ただし、何が特別受益に当たるかは争いになります。学費、結婚式の費用、少額の仕送りは、その家の生活水準から見て通常の扶養の範囲なら特別受益になりません。「生計の資本」と言えるまとまった贈与か、通常の援助か、が境目です。また、亡くなった人が「持ち戻さなくていい」という意思を示していれば(持ち戻し免除の意思表示、遺言でも生前の言動でも)、持ち戻しません。

2019年7月の改正で、一つ大きな例外ができました。婚姻期間20年以上の夫婦の一方が、他方に居住用の不動産を贈与または遺贈した場合、持ち戻し免除の意思があったものと推定されます。長年連れ添った妻に自宅を生前贈与しても、相続のときにその分を妻の取り分から差し引かれない、ということです。配偶者居住権と同じ時期に作られた、配偶者の生活を守るための規定です。

二つ目が「寄与分」です。相続人が、亡くなった人の事業を無償で手伝った、財産の維持や増加に特別に貢献した、療養看護をした、といった場合に、その貢献分を遺産から先に取り、残りを分ける仕組みです。ここで期待と現実の差が出ます。寄与分が認められるのは「特別の寄与」で、親子として通常期待される程度の世話や同居は含まれません。仕事を辞めて数年間つきっきりで介護し、それによって施設費用が浮いた、といった場合に、その費用相当額の一部が寄与分として認められる、というのが実務の相場感です。「私だけが介護した」という気持ちに対して、認められる額は小さいことが多い。相談でいちばん伝えにくい点です。

さらに、寄与分は相続人にしか認められませんでした。長男の妻が義父を十年介護しても、妻は相続人ではないので、寄与分の主張ができない。この不公平を埋めるために、2019年7月に「特別寄与料」の制度ができました。相続人でない親族(六親等内の血族と三親等内の姻族)が、無償で療養看護などの労務を提供し、それによって財産の維持や増加に特別の寄与をした場合、相続人に対して金銭を請求できます。ただし期限が短く、相続の開始と相続人を知ったときから6か月以内、相続開始から1年以内です。話し合いでまとまらなければ家庭裁判所に申し立てます。

寄与分と特別寄与料(2019年7月改正後)
寄与分特別寄与料
誰が相続人相続人でない親族(長男の妻など)
何に対して事業の手伝い、財産の維持・増加、療養看護など特別の寄与無償の療養看護などの労務提供による特別の寄与
どう受け取る遺産分割で遺産から先に取る相続人に金銭を請求
期限遺産分割の中で相続開始と相続人を知って6か月以内、かつ相続開始から1年以内
決まらないとき家庭裁判所の調停・審判家庭裁判所

特別受益と寄与分は、どちらも遺産分割協議の中で相続人が合意すれば自由に決められます。揉めたときは家庭裁判所の調停で、資料(贈与の記録、介護の記録、支出の領収書)に基づいて判断されます。記録がなければ主張は通りません。生前贈与は通帳と贈与契約書、介護は日記や施設・医療費の記録。「そのときが来たら主張する」つもりなら、記録は今から残しておいてください。

数字を書きます。遺産は自宅(評価額2,200万円)と預金1,400万円で合計3,600万円、相続人は長男と長女。まず、特別受益。長男が28年前に家を建てたときの600万円は、通帳と当時の贈与税の申告書が残っていて、生計の資本としての贈与。持ち戻して4,200万円を二人で分け、2,100万円ずつ、長男は600万円をすでに受け取っているので、遺産からは1,500万円、長女は2,100万円。ここまでは、記録があったので、争いになりませんでした。

次に、寄与分。長女の十年は、母と同居し、仕事を続けながらの介護で、要介護3の期間が四年。この四年について、施設に入れていれば月20万円、四年で960万円がかかったところを、長女の介護で浮いた、と主張。ただ、寄与分は「親子として通常期待される程度」を超える部分だけで、同居して仕事を続けながらの介護は、その全部が特別の寄与とは認められにくい。調停になった場合の相場感として、施設費用相当額の三割から五割、この家では300〜480万円、と長女に伝えました。長女は「十年で300万円ですか」と言いました。相談で一番伝えにくい点、と本文に書いたのは、この一言です。

協議の結果です。長男は、長女の介護を認め、寄与分として400万円で合意しました。遺産3,600万円から400万円を先に長女が取り、残り3,200万円に600万円を持ち戻して3,800万円、1,900万円ずつ、長男は1,300万円、長女は1,900万円+400万円で2,300万円。自宅は長女が取得し、長男には預金1,300万円。ノート三冊は、調停に行かずに400万円になりました。記録がなければ、長男は「介護は当然」と言えたし、長女は「600万円」の証拠を出せなかった。

最後に、揉めさせない側の話です。親が生前に、特定の子への贈与について「持ち戻しをしない」と遺言に書く、あるいは介護してくれた子に多く残す遺言を書く。それだけで、この記事に書いた争いの多くは起きません。遺留分の記事で書いた最低限の取り分は残りますが、それを踏まえて配分を決めた遺言があれば、特別受益も寄与分も、事後の争いではなく事前の設計の話になります。

ノート三冊は400万円、600万円の通帳は持ち戻しの600万円。二人とも、思っていたより少なく、思っていたより多く、受け取りました。「記録がなければ主張は通らない」と本文に書きました。この家は、両方に記録があったから、調停に行かずに終わりました。母が遺言で「長女に多く」と一行書いていれば、ノートも通帳も、出す必要はありませんでした。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

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