相続・手続き 2026-09-09
生前贈与と相続時精算課税 ― 年110万円の非課税、7年の持ち戻し、2024年から変わった選び方
「毎年110万円ずつ子に渡せば相続税が減る」は、2024年の改正で半分だけ正しくなりました。暦年贈与の持ち戻し期間が3年から7年へ延び、一方で相続時精算課税に年110万円の基礎控除が加わった。二つの制度の仕組み、どちらを選ぶかの考え方、住宅資金の特例、贈与で気をつける実務上の点を整理します。
この記事の位置: [亡くなる前にできること] → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
78歳の男性が、「孫三人に、毎年110万円ずつ渡している」と言いました。もう五年続けている。「これで相続税が減りますよね」。減ります。ただ、彼が思っていた理由とは、少し違う理由で減っていました。そして、そのやり方には一つ、危ない点がありました。孫名義の通帳を、彼が全部持っていたのです。この記事は、その通帳の話から始めます。
相続の相談で「生前に贈与しておけば、相続税が減りますか」と聞かれます。答えは「減る場合もあるが、2024年からは設計次第」です。贈与税には二つの課税方式があり、どちらを選ぶかで結果が変わります。順に整理します。
一つ目は「暦年課税」です。一人が一年間に受け取る贈与の合計から110万円を引き、残りに税率を掛けます。110万円以下なら贈与税はゼロで、申告も不要。この110万円の枠を毎年使って財産を移すのが、昔から使われてきた方法です。ただし、贈与した人が亡くなると、亡くなる前の一定期間内の贈与は相続財産に足し戻して相続税を計算します(持ち戻し)。この期間が、2024年1月1日以降の贈与から、3年から7年へ段階的に延びました。2031年以降の相続で完全に7年になります。延びた4年分については合計100万円までは足し戻さない、という緩和があります。亡くなる直前に慌てて贈与しても効かなくなった、ということです。
持ち戻し期間の延長
- 2023年まで 亡くなる前3年分を足し戻し
- 2024年1月1日 改正後の贈与から7年へ段階的に延長(延長4年分は合計100万円まで除外)
- 2031年1月1日以降 完全に7年
二つ目は「相続時精算課税」です。60歳以上の父母・祖父母から、18歳以上の子・孫への贈与について選べる方式で、合計2,500万円までの贈与に贈与税がかからず、超えた分は一律20パーセントの税率。その代わり、贈与した財産は相続のときに全部足し戻して相続税を計算します(贈与時の価額で)。「税金を相続まで先送りする」制度と考えると分かりやすいです。一度この方式を選ぶと、その贈与者からの贈与については暦年課税に戻れません。
この相続時精算課税に、2024年から年110万円の基礎控除が加わりました。年110万円以下の贈与は申告不要で、しかも相続時に足し戻しません。つまり、暦年課税の110万円は7年分が持ち戻されるのに対し、精算課税の110万円は持ち戻されない。毎年少しずつ渡す目的なら、2024年以降は精算課税を選んだほうが有利になる場面が増えました。ただし、精算課税は最初の年に選択の届出が要り(110万円を超える年は申告も)、その後も110万円を超えた年は申告が要る、という手間があります。
| 暦年課税 | 相続時精算課税 | |
|---|---|---|
| 非課税の枠 | 受贈者一人あたり年110万円 | 年110万円の基礎控除+累計2,500万円の特別控除 |
| 超えた分の税率 | 10〜55%の累進 | 一律20% |
| 相続時の足し戻し | 亡くなる前7年分(段階的に。延長4年分は計100万円まで除外) | 特別控除で贈与した分は全額(年110万円以下の分は除外) |
| 対象 | 誰から誰へでも | 60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫 |
| 選択 | ― | 届出が必要。選ぶと戻れない |
どちらを選ぶかの考え方です。相続がまだ遠く(10年以上先と見込める)、贈与額が年110万円を超えない範囲で長く続けるなら、どちらでも大きな差はなく、手間の少ない暦年課税でも構いません。相続が近い可能性がある、あるいは値上がりしそうな財産(事業用の株式、開発が予定される土地)を今の価額で渡してしまいたいなら、精算課税が向いています。逆に、値下がりしそうな財産を精算課税で渡すと、高い価額で足し戻されて損をします。
住宅を買う子への資金援助には、別の特例があります。「住宅取得等資金の贈与の非課税」で、一定の条件を満たす住宅なら、省エネ等の住宅で1,000万円、それ以外で500万円までが非課税です(2026年12月31日までの贈与、2026年9月時点)。暦年課税の110万円や精算課税と併用できます。期限付きの特例は延長や条件の変更が繰り返されているので、使う年の最新情報を確認してください。
贈与で実務上気をつけることを三つ。一つ、贈与は「あげた・もらった」の合意があって成立します。親が子の名義の口座に勝手に入金し、通帳も印鑑も親が管理している、いわゆる名義預金は、贈与と認められず相続財産に含められます。子に口座を管理させ、贈与契約書を残してください。二つ、不動産を贈与すると、登録免許税(評価額の2パーセント、相続の5倍)と不動産取得税がかかります。不動産は相続で渡すほうが安いことが多く、贈与するなら精算課税の枠内で税額を計算してから。三つ、贈与は遺留分の計算に入ります。相続人への贈与は10年分が遺留分算定の基礎に足し戻されるので、特定の子に集中して贈与すると、遺留分の請求の種になります。
現場の整理です。まず、良い点から。孫は、子が生きている限り相続人ではありません。暦年課税の「亡くなる前7年分の贈与を足し戻す」ルールは、相続で財産をもらう人への贈与にだけ効きます。相続人でない孫への贈与は、7年以内でも足し戻されません(孫が遺言で財産をもらう場合や、生命保険の受取人になる場合は別です)。つまり、子に110万円ずつ渡すより、孫に渡すほうが、持ち戻しの点では有利でした。五年で三人に合計1,650万円、これは彼の財産から外に出た額です。
次に、危ない点。通帳を彼が持ち、印鑑も彼が管理し、孫は口座の存在すら知らない。これは「名義預金」です。名義は孫でも、実質は彼の財産として、相続のときに相続財産に戻されます。贈与は「あげた・もらった」の合意で成立するので、もらった側が知らない贈与は、贈与ではありません。1,650万円が、五年かけて外に出したつもりで、一円も出ていなかったことになります。その日のうちに、三つ直しました。通帳と印鑑を孫(未成年の孫は親権者である子)に渡す。過去五年分について、毎年の贈与契約書を、日付を遡らずに「これまでの贈与を確認する」形の書面にして、双方が署名する。今後は、毎年、贈与契約書を作って渡す。
もう一つ、選択肢の話もしました。2024年から、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除ができ、この110万円は相続時に足し戻されません。孫への贈与は元々足し戻しがないので、暦年課税のままでよい、という判断でした。一方、彼は長男(相続人)にも毎年110万円渡していて、こちらは7年分が足し戻されます。長男への贈与は精算課税に切り替え、110万円の基礎控除を使う形にすれば、足し戻しがなくなります。ただし、精算課税は一度選ぶと戻れず、最初の年に届出が要る。税理士に試算を頼み、長男分だけ精算課税に切り替えました。
贈与税と相続税の申告は税理士の業務です。この記事は、どの制度があり、何が変わったかを知ったうえで税理士に相談するための整理で、金額のシミュレーションは税理士に出してもらってください。
「減りますよね」と聞いた男性は、減る仕組みを半分誤解し、減らない落とし穴に半分はまっていました。贈与で気をつけることを本文に三つ書きましたが、実務で一番多いのは、一つ目の「もらった側が知らない贈与」です。通帳を渡す。それだけで、五年分の贈与が本物になります。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-02
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。