相続・手続き 2026-09-09

死後事務委任・任意後見・家族信託 ― 「亡くなったあと」「判断できなくなったあと」を誰に託すか

一人暮らし、頼れる子がいない、判断力が落ちる前に備えたい。そのための契約が三つあります。死後の葬儀や手続きを頼む「死後事務委任契約」、判断能力が落ちたときの後見人を先に決める「任意後見契約」、財産の管理を家族に託す「家族信託」。何をカバーするか、いつ効くか、費用の目安、遺言との組み合わせを整理します。

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この記事の位置: [亡くなる前にできること] → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

78歳の女性が、一人で来ました。夫は五年前に亡くなり、子はいません。兄弟は二人いますが、どちらも80代で、遠方。「私が認知症になったら、誰が施設を探すんでしょう。私が死んだら、誰が葬式を出すんでしょう。私の家は、誰のものになるんでしょう」。三つの質問に、三つの契約と一つの遺言で答えました。この記事は、その四枚の公正証書を、四か月で作った話です。

相続の相談は、亡くなったあとの話が中心ですが、その手前に二つの空白があります。一つは、判断能力が落ちてから亡くなるまでの期間。もう一つは、亡くなった直後、相続人が動き出すまでの期間。この二つの空白を、誰にどう託すか。そのための契約が三つあります。順に整理します。

一つ目は「死後事務委任契約」です。亡くなったあとの葬儀、火葬、納骨、役所への届出、病院や施設の精算、家財の処分、公共料金や携帯の解約といった事務を、生前に誰かに委任しておく契約です。相続人がいない、いても遠方で頼めない、あるいは相続人以外の人(内縁の配偶者、友人)に頼みたい場合に使います。遺言に葬儀の希望を書いても法的効力がないのに対し、この契約は受任者に実行の権限と義務を与えます。費用は、契約書を公正証書で作る費用(数万円)と、受任者への報酬(専門職なら数十万円が目安)、実費(葬儀費用など)の預託です。

二つ目は「任意後見契約」です。成年後見の記事で書いた法定後見は、判断能力が落ちてから家庭裁判所が後見人を選びますが、任意後見は、本人が元気なうちに、判断能力が落ちたときの後見人と、任せる範囲を自分で決めておく契約です。公正証書で作り、実際に判断能力が落ちたら家庭裁判所に任意後見監督人を選んでもらって効力が始まります。自分で後見人を選べること、任せる範囲を決められることが、法定後見との最大の違いです。監督人には報酬(月1〜3万円程度が目安)がかかります。

三つ目は「家族信託」です。自分の財産(自宅、預貯金、アパートなど)の管理と処分を、信頼できる家族に「受託者」として託す契約です。本人が判断能力を失っても、受託者が信託契約の範囲で財産を管理・処分できるので、たとえば親が認知症になってから実家を売って施設費用に充てる、といったことが、後見の手続きなしにできます。後見は本人の財産を守ることが目的で、積極的な運用や売却に慎重ですが、信託は契約で決めた目的(本人の生活費、施設費用)のためなら柔軟に動けます。その代わり、設計に専門家(司法書士・弁護士・行政書士など)が要り、契約書の作成、不動産の信託登記、専用口座の開設で、費用は数十万円から百万円前後になることが多いです。

三つの使い分けを、場面で書きます。判断能力が落ちたあとの「生活と財産の管理」が心配なら、任意後見か家族信託。財産が自宅と預貯金程度なら任意後見で足り、アパートや事業用の財産があって管理や売却の判断が必要なら家族信託が向きます。亡くなった直後の「手続き」が心配で、頼める相続人がいないなら、死後事務委任。そして、亡くなったあとの「財産の配分」は、どの契約でもなく遺言です。

三つの契約と遺言の役割分担(2026年9月時点)
いつ効くか何をカバーするか費用の目安
任意後見契約判断能力が落ち、家裁が監督人を選んでから生活・療養・財産管理の代理(契約で決めた範囲)公正証書 数万円+監督人報酬 月1〜3万円程度
家族信託契約時から(判断能力の低下に左右されない)託した財産の管理・処分(契約で決めた目的)設計・登記など数十万〜百万円前後
死後事務委任契約死亡後葬儀・納骨・届出・精算・解約・家財処分公正証書 数万円+受任者報酬+実費の預託
遺言死亡後財産の配分、執行者、認知、廃除自筆+保管制度 3,900円〜、公正証書 数万円〜

実務でよく組む形は、「任意後見契約+死後事務委任契約+遺言」の三点セットです。判断能力が落ちたら任意後見、亡くなったら死後事務委任で葬儀と片づけ、財産は遺言で配分。一人暮らしで子がいない人の備えとして、この形を公正証書でまとめて作ります。家族信託は、これに代えて、あるいは加えて、管理する財産が大きい場合に検討します。

一人暮らしの人の備えの一例(任意後見+死後事務委任+遺言)

  1. 元気なうち 三つを公正証書で作る(判断能力があるうちにしか結べない)
  2. 判断能力の低下 任意後見が始まる(家裁が任意後見監督人を選任)
  3. 死亡 死後事務委任で葬儀・片づけ・解約(受任者が実行)
  4. 死亡後 遺言で財産を配分(遺言執行者が実行)

注意点を一つ。これらの契約はすべて、本人に判断能力があるうちにしか結べません。「そろそろ考えよう」と思ったときが、結べる最後の時期に近いことがあります。成年後見の記事で書いた「もっと早く言ってくれれば」は、ここでも同じです。

四か月の中身を書きます。一つ目、任意後見契約。女性が判断能力を失ったときの後見人として、姪(兄の娘、50代、車で一時間の距離)を指定。任せる範囲は、預貯金の管理、施設の契約、医療の同意に関する手配、自宅の売却(施設費用に充てる場合)。公正証書で作り、費用は公証人手数料約1万7,000円と、私の文案作成の報酬。効力が始まるのは、姪が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てたときで、それまでは何も起きません。

二つ目、死後事務委任契約。受任者は同じ姪。内容は、葬儀(家族葬、予算80万円まで)、納骨(夫と同じ墓)、役所の届出、施設と病院の精算、自宅の家財の処分、携帯と公共料金の解約。実費の預託として、女性が150万円を私の事務所の預り金口座ではなく、姪との間で信託的に管理する専用口座に入れました。姪への報酬は、契約で30万円と決めました。三つ目、遺言。自宅(評価額1,600万円)と預金約2,400万円のうち、自宅と預金1,400万円を姪に、預金1,000万円を兄弟二人に500万円ずつ。遺言執行者は姪。姪は相続人ではないので遺贈で、兄弟には遺留分がないので、この配分で請求は来ません。

家族信託は、検討して、使いませんでした。財産が自宅と預金で、アパートや事業用の資産はない。任意後見で自宅の売却まで任せる範囲に入れれば、施設費用のための売却は監督人の下で進められる。信託の設計と信託登記で50〜80万円かかることを考えると、この家では任意後見で足りる、という判断です。四枚の公正証書(任意後見、死後事務委任、遺言、そして任意後見と一緒に作る見守り契約)の費用は、公証人手数料と私の報酬を合わせて約28万円でした。

費用は決して安くありませんが、法定後見が始まって専門職後見人の報酬が本人の死亡まで続く場合や、相続人不在で相続財産清算人の手続きになる場合と比べれば、生前に設計しておくほうが本人の意思も反映され、家族の負担も小さい。相談の場では、そう説明しています。

「誰が施設を探すのか、誰が葬式を出すのか、家は誰のものになるのか」。三つの質問への答えは、全部「姪」で、それを四枚の公正証書に書きました。女性は今も自宅で暮らしていて、四枚は、公証役場と姪の手元にあります。「これらの契約はすべて、本人に判断能力があるうちにしか結べません」と本文に書きました。78歳で来た女性は、間に合いました。83歳で来ていたら、間に合わなかったかもしれません。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

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