相続・手続き 2026-10-25

遺産分けの「交渉」は誰に頼めるか ― 弁護士法72条。行政書士にできるのは、全員が合意したあとの書面まで

2026年10月、交通事故の当事者に代わって保険会社と示談交渉をし、報酬を得たとして弁護士法違反に問われた行政書士に、検察側が懲役2年を求刑したと報じられました。相続でも同じ線があります。相続人全員が分け方に合意していれば、遺産分割協議書を作るのは行政書士の仕事です。一人でも反対していて、その人と条件を詰めるなら、それは交渉で、報酬をもらって代わりにできるのは弁護士だけです(弁護士法72条)。境目がぼやける三つの場面と、実家と預金2,400万円を三人で分けた例で書きます。

目次を見る →

この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → [分け方を決める] → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

2026年10月、交通事故の当事者の依頼で保険会社と示談交渉などをして報酬を得たとして、弁護士法違反の罪に問われた行政書士に、検察側が懲役2年を求刑した、という報道がありました。同じ月、相続の相談で、60代の男性からこう頼まれました。「弟が実家の分け方に納得しないんです。先生が間に入って、弟と話をつけてもらえませんか」。私は行政書士ですが、この依頼は受けられません。報道の事件と同じ、弁護士法72条の話だからです。

72条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、争いのある法律の問題(条文の言葉では「法律事件」)について、代理・和解などの法律事務を仕事として取り扱うことを禁じています。違反すると、2年以下の拘禁刑(刑務所に入る刑)または300万円以下の罰金です(77条、2026年10月時点)。ポイントは三つ。お金をもらうこと、繰り返し仕事として行うこと、そして相手との間に争いがある(またはその恐れがある)ことです。

条文の最後には「ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない」というただし書きがあります。たとえば司法書士のうち認定を受けた人は、簡易裁判所で扱う140万円以下の民事の争いなら代理ができます。行政書士にも、許可や届出に関わる役所への不服申立ての代理ができる「特定行政書士」という枠があります。ただ、どちらも範囲が決まっていて、相続人どうしの遺産の分け方の交渉は入りません。

相続に当てはめると、線はこう引けます。相続人全員が分け方に合意していて、その内容を書面にする。これは行政書士の仕事です。遺産分割協議書は「権利義務に関する書類」で、行政書士法1条の3に書かれた業務に入ります。一方、相続人の一人が反対していて、その人を説得したり、条件を出し合ったりする。これは交渉で、報酬をもらって誰かの代わりにできるのは弁護士だけです。

実際の相談では、この線がぼやける場面が三つあります。一つ目は、協議書の案を郵送して、署名と実印での押印をお願いするとき。合意した内容を確かめてもらい、書き方や必要な書類を案内するのは、書類を作る仕事の一部です。二つ目は、その案が戻らず、「この分け方には納得できない」と返事が来たとき。ここで止まります。反対の理由を聞いて別の案を持って行くのは、もう交渉です。三つ目は、制度の説明です。「法定相続分(法律が決めた取り分の目安)なら一人いくらになります」と全員に同じ説明をするのは構いません。けれど、特定の相続人の側に立って、有利な条件を引き出すことはできません。

線を引くのは「全員が合意しているか」
線を引くのは「全員が合意しているか」遺産分割の相談を、全員が合意している場合と、一人が反対している場合に分けた図。全員が合意していれば、合意内容を遺産分割協議書にするのは行政書士の仕事。一人でも反対して条件を詰めるなら交渉になり、報酬を得て代わりにできるのは弁護士だけ(弁護士法72条)。 遺産の分け方 全員が合意全員が合意 一人が反対一人が反対 協議書を作る=行政書士協議書を作る=行政書士 交渉・調停の代理=弁護士交渉・調停の代理=弁護士 弁護士法72条弁護士法72条

遺産分割の相談を、全員が合意している場合と、一人が反対している場合に分けた図。全員が合意していれば、合意内容を遺産分割協議書にするのは行政書士の仕事。一人でも反対して条件を詰めるなら交渉になり、報酬を得て代わりにできるのは弁護士だけ(弁護士法72条)。

反対の返事が来た時点で、行政書士は交渉に入れません。制度の一般的な説明は、全員に同じ内容であれば構いません。

司法書士はどうか、とも聞かれます。司法書士は相続登記(家の名義を変える手続き)の申請を代わりにできる専門家です。ただ、遺産分割の話し合いがまとまらないときの調停は家庭裁判所の手続きで、代理人として話し合いに入れるのは弁護士です。行政書士と司法書士の違いは、別の記事にまとめています。

罰せられるのは、資格なしで交渉を引き受けた側です。でも、頼んだ側にも困ることが起きます。資格のない人が間に入ってまとめた合意は、あとで「無理に押し切られた」と争われやすい。報酬の額で揉めることもあります。何より、相手が「弁護士でもない人を立ててきた」と態度を硬くし、話がこじれます。「交渉もやります」と言う人がいたら、弁護士かどうかを先に確かめてください。弁護士なら、所属する弁護士会と登録番号を答えられます。

では、お金をもらわなければいいのか。72条が禁じているのは「報酬を得る目的」で「業として」行うことなので、親戚の叔父が善意で兄弟の間に入り、話をまとめる、というのは対象になりません。相続の話し合いでは、こうした身内の仲介で収まることも多いのです。ただ、仲介した人が「お礼」を当然のように受け取る、不動産の売却を自分が仲介する前提で間に入る、となると話は変わってきます。善意の仲介か、仕事としての交渉か。見分ける目安は、お金の流れです。

この家の数字を書きます。亡くなったのは母で、遺産は実家(評価1,800万円)と預金600万円、合わせて2,400万円。相続人は相談者の兄と、弟、妹の三人です。法定相続分は三分の一ずつで、一人800万円。兄の最初の案は「実家は自分が継ぎ、預金は弟と妹で300万円ずつ」でした。兄1,800万円、弟300万円、妹300万円。弟が反対したのは、この差です。

法定相続分どおりに分けるには、実家を取る兄が、弟と妹に「代償金」(家をもらう代わりに払うお金)を500万円ずつ払う必要があります。そうすると兄は1,800万円から1,000万円を引いて800万円、弟と妹は300万円に500万円を足して800万円ずつ。ただ、兄の手元に1,000万円はありませんでした。ここから先は、いくらなら払えるか、何年で払うかの交渉です。

兄は弁護士に依頼し、弁護士が弟と話し合いました。三か月後にまとまった内容は、弟に代償金400万円、妹に200万円(妹は「実家を残してくれるなら」と少なめで納得)。兄は1,800万円から600万円を引いて1,200万円、弟は300万円と400万円で700万円、妹は300万円と200万円で500万円。三人の合計は2,400万円で、遺産の総額と一致します。

この家の分け方(遺産2,400万円・相続人3人)
兄(実家を継ぐ)弟妹合計
兄の最初の案1,800万円300万円300万円2,400万円
法定相続分どおり(代償金500万円ずつ)800万円800万円800万円2,400万円
交渉でまとまった案(代償金 弟400万円・妹200万円)1,200万円700万円500万円2,400万円

代償金を一度に払えないときは、分割で払う約束にすることもできます。その場合は、協議書に「いつ、いくらずつ、どの口座に払うか」と、払わなかったときにどうするかまで書いておきます。書き方があいまいだと、数年後に支払いが止まったとき、もう一度話し合いからやり直すことになります。この家の兄は、弟への400万円を一度に、妹への200万円を2年に分けて払う形にしました。

私が担当したのは、交渉の前と後です。前は、財産の一覧と、実家の評価の資料(固定資産評価証明書と路線価)、相続関係説明図(家族のつながりを示す図)を揃えること。数字が揃っていたので、弁護士との相談は一回目から具体的に進みました。後は、まとまった内容で遺産分割協議書を作り、相続登記を兄が本人で申請するための書類の準備を案内しました(登記の申請を代わりに行うのは司法書士の業務です)。

分け方で揉めているとき、最初に考えてほしいのは「誰に何を頼むか」の順番です。数字を揃えるのは行政書士や自分で。条件を詰めるのは弁護士か、家庭裁判所の調停(申立ての費用は、亡くなった人一人につき収入印紙1,200円分)。合意したら、書面と登記。交渉の部分だけは、資格のある人に任せてください。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-25

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

参考(公式)

この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-25 確認)。

あわせてどうぞ

解説記事一覧