土地・不動産 2026-09-09
隣地との越境と時効取得 ― 塀・屋根・枝がはみ出しているとき、20年経つと何が変わるか
隣の塀がこちらの土地に数センチ入っている。屋根の軒が越えている。木の枝が伸びてきた。境界をめぐる相談で最も多い「越境」について、覚書で処理する実務、建て替え時に是正する約束、2023年改正で変わった枝の切除ルール、そして20年(10年)の占有で所有権が移る時効取得の仕組みと、それを防ぐ方法を整理します。
この記事の位置: まず読む:値段と書類の読み方 → 買う前に確認すること → 建てられるか・どれだけ建つか → [境界・隣地・道] → 災害と地盤 → 持っている間:税金と登記 → 売るとき → 貸す・借りる・特殊な権利
相続した実家の境界を測ったら、隣のブロック塀が、こちらの土地に12センチ入っていました。長さは15メートル。面積にすると1.8平米。相談者は「壊してもらえますか」と言いました。壊すよう求める権利はあります。ただ、その塀は築40年で、隣の家は代替わりして、今の所有者は塀が越境していることを知りませんでした。私が聞いたのは「この土地を、どうしたいですか」でした。答えは「売りたい」。それなら、塀を壊すより先にやることがあります。
境界の相談で最も多いのが「越境」です。隣の塀がこちらの土地に十センチ入っている。こちらの屋根の軒が隣に出ている。隣の木の枝がこちらの庭に伸びている。境界確定の記事で書いた測量をすると、こうしたずれが必ずと言っていいほど見つかります。ここでは、見つかったときにどう処理するか、放置すると何が起きるかを書きます。
まず、越境は「すぐに壊せ」とは言えないことが多いです。塀や建物の一部が越境している場合、撤去を求める権利はありますが、費用と隣人関係を考えると、実務では「越境の覚書」を交わして処理するのが標準です。覚書には、越境している物と位置、それが境界の合意ではないこと、越境物を建て替え・改築するときに是正すること、越境している間は無償で使用を認めること、覚書の内容を土地の譲受人にも引き継ぐこと、を書きます。この覚書があれば、売買のときに買主へ説明でき、将来の建て替えのタイミングで自然に解消されます。
木の枝と根は、法律で扱いが違います。根が越境してきたら、自分で切ることができます。枝は、これまでは所有者に切ってもらうよう求めるしかありませんでしたが、2023年4月の民法改正で、所有者に切除を催告しても相当期間内に切らない場合、所有者が分からない場合、急迫の事情がある場合には、自分で切れるようになりました。放置された空き家の庭木が隣に伸びる問題への対応です。
| 越境しているもの | できること | 実務の処理 |
|---|---|---|
| 塀・擁壁・建物の一部 | 撤去を求められるが、費用と関係を考えて覚書が標準 | 越境の覚書(建て替え時に是正、譲受人に引き継ぐ) |
| 木の枝 | 催告しても切らない・所有者不明・急迫なら自分で切れる | まず所有者に切除を依頼 |
| 木の根 | 自分で切れる | ― |
| 屋根の軒・雨樋 | 撤去を求められる | 覚書(改築時に是正) |
放置すると起きるのが、時効取得です。他人の土地を、自分の土地だと思って(所有の意思をもって)、平穏かつ公然と20年間占有し続けると、その土地の所有権を時効で取得できます。占有を始めたときに自分の土地だと信じ、そう信じたことに過失がなければ、10年に短縮されます。越境した塀の内側を数十年使い続けた結果、その部分の所有権が隣人に移った、という事例は実際にあります。
時効取得の期間
- 占有開始 所有の意思をもって、平穏・公然に占有(越境した塀の内側を自分の土地として使い始める)
- 10年 善意・無過失なら時効取得が可能(自分の土地だと信じ、信じたことに過失がない場合)
- 20年 善意・悪意を問わず時効取得が可能(援用と登記(多くは裁判)が必要)
ただし、時効取得は自動的に登記が変わるわけではなく、占有者が時効を主張(援用)し、多くの場合は裁判で認めてもらい、判決をもとに登記を移します。争いの中で「自分の土地だと思っていた」かどうか、いつから占有していたかが問題になり、簡単に認められる制度ではありません。それでも、境界を長年放置した土地では現実に起きうる、と知っておいてください。
時効取得を防ぐ方法は、越境を「認識している」ことを形にしておくことです。越境の覚書は、そのための道具でもあります。覚書に「越境部分の所有権は〇〇にあり、△△は使用を認められているにすぎない」と書いておけば、占有者が「自分の土地だと思っていた」と主張することはできなくなります。境界標を設置し、境界確認書を交わすことも同じ効果があります。
現場の判断です。売る前提なら、越境は「解消する」か「書面にする」かのどちらかで、買主に説明できる状態にすることが目的です。塀を壊して建て直す費用は、隣の負担で30万円ほど。隣は「知らなかった」と困惑し、応じてくれる気配はありましたが、こじれると売却の時期が遅れます。相談者と話し、覚書で処理することにしました。内容は、境界の位置(測量図を添付)、塀が12センチ越境していることの確認、越境部分の所有権は相談者側にあること、隣が塀を建て替えるときに境界内に収めること、それまでの使用は無償で認めること、この覚書は土地を売った相手にも引き継ぐこと。隣は署名し、相談者は売買のとき、買主にこの覚書を渡しました。買主は「書面があるなら」と、そのまま買いました。
時効の話も、この件で出ました。40年間、隣は塀の内側を自分の土地として使ってきました。「自分の土地だと思って、平穏に、公然と20年」という時効取得の要件に、形の上では当たります。ただ、隣は塀が越境していることを今まで知らず、相談者の側からも今回初めて指摘した。そして覚書で「越境部分の所有権は相談者側」と隣が認めたことで、隣が今後「自分の土地だと思っていた」と時効取得を主張するのは難しくなりました。覚書は隣人関係の書類であると同時に、時効の主張を封じる働きをもつ書類でもあります(その理屈は、占有の性質が変わると見るか、時効の更新と見るかで説明が分かれます)。
枝の例も一つ。別の相談で、隣の空き家の柿の木の枝が、相談者の駐車場に張り出して、車に実が落ちる件です。所有者は遠方に住む相続人で、手紙で切除を求めても返事がない。2023年4月の改正で、催告して相当期間内に切らない場合は自分で切れるようになったので、内容証明で催告し、二か月待って返事がないことを記録したうえで、業者に頼んで切りました。費用約3万円は、法律上は隣に請求できますが、この相談者は「切れただけでいい」と請求しませんでした。
相続した土地で越境を見つけたら、順番は三つ。測量で越境の位置と幅を確定する。隣地の所有者と覚書を交わす(相続で所有者が代わったこの機会が、話をしやすいタイミングです)。将来の建て替え時の是正を約束に入れる。境界の問題は、放っておいて良くなることがなく、世代が変わるほど話がしにくくなります。相続登記と同じ時期に、境界と越境も片づけておくことを勧めています。
最初の日、相談者は「壊してもらえますか」と聞きました。答えは「できるけれど、しない」でした。塀を壊すより、覚書一枚のほうが、売却も隣人関係も時効の心配も、全部片づいたからです。この記事に「相続登記と同じ時期に境界と越境も」と書いたのは、名義が変わるこの機会が、隣に「初めて指摘する」ことを言いやすい、一番自然なタイミングだからです。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-02
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。