学び・資格 2026-09-08
海事代理士とは ― 船の登記・登録と船員の手続きを扱う国家資格(受験者向け・依頼者向け)
海事代理士は、船舶の登記・登録、船舶検査、船員の手帳や海技免状など、海に関する行政手続きを本人に代わって行う国家資格です。何ができるのか、行政書士・司法書士との住み分け、試験の仕組み(筆記18科目と口述)、登録から開業まで。受験を考える人と、依頼先を探す人の両方に向けて整理します。
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漁船を相続した、という相談が来ました。父が使っていた19トンの漁船で、都道府県に漁船登録され、検査証書があり、父は海技免状を持っていた。相談者は「船の相続って、誰に頼めばいいんですか。司法書士さんに聞いたら、登記はできるが登録は分からないと言われました」。登録は都道府県、検査は小型船舶検査機構、免状は運輸局、そして漁協。船の大きさと種類で窓口が変わり、その全部を一人で扱える資格が、海事代理士です。この記事は、その漁船の話から始めます。
海事代理士は、海事代理士法に基づく国家資格で、船舶や船員に関する行政手続きを、本人に代わって国土交通省(地方運輸局・運輸支局)や法務局に対して行う専門職です。「海の行政書士・司法書士」と説明されることが多く、実際、業務の範囲は両者の海事版にあたります。
扱う手続きは大きく三つに分かれます。一つ目は船舶に関するもの。船舶の登記(法務局)と登録(運輸局)、船舶検査の申請、船舶国籍証書の手続き、小型船舶の登録など。二つ目は船員に関するもの。船員手帳の交付申請、海技免状や小型船舶操縦免許の申請・更新、船員の雇入れ・雇止めの届出など。三つ目は海運事業に関するもの。海上運送事業や港湾運送事業の許認可、内航海運の届出などです。船を持つ人、船で働く人、船で商売をする人の手続きが対象と考えれば、ほぼ外れません。
行政書士・司法書士との関係は、法律で線が引かれています。船舶の登記は登記なので司法書士も扱えますが、海事代理士はこれに加えて運輸局への登録・検査・免許といった一連の手続きを一括して扱えます。行政書士は官公署への書類提出が業務ですが、海事代理士法で海事代理士の業務とされている手続きは、行政書士の資格だけでは扱えません。漁船やプレジャーボートを買った人が、登記から登録、検査、免許まで一人の専門家に頼めるのが海事代理士の強みです。
| 手続き | 海事代理士 | 司法書士 | 行政書士 |
|---|---|---|---|
| 船舶の登記(法務局) | ○ | ○ | × |
| 船舶の登録・船舶国籍証書(運輸局) | ○ | × | × |
| 船舶検査の申請 | ○ | × | × |
| 船員手帳・海技免状・小型船舶操縦免許 | ○ | × | × |
| 海上運送事業などの許認可 | ○ | × | × |
| 船舶の相続に伴う遺産分割協議書 | × | ○(登記に付随) | ○ |
試験は国土交通省が年に一回実施します。筆記試験は例年秋(9月下旬ごろ)、合格者を対象にした口述試験が冬(12月ごろ)です。筆記の科目は18。憲法、民法、商法(海商)、国土交通省設置法といった一般法令に、船舶法、船舶安全法、船舶職員及び小型船舶操縦者法、船員法、海上運送法、港則法、海上交通安全法、海洋汚染等防止法などの海事法令が並びます。一科目あたりの出題は少なく、範囲が広い。過去問ループの記事で書いたとおり、この試験の難しさは知識の量より「科目の切り替え」と「似た用語の混同」にあります。受験資格の制限はなく、誰でも受けられます。
勉強法については、過去問を「正誤」だけでなく「確信度」と一緒に記録する方法を、別の記事で詳しく書きました。要点だけ言えば、自信を持って間違えた問題を最優先で潰すこと、根拠条文をe-Gov法令検索で確認しながら自分で解説を書くこと、この二つです。過去問は国土交通省が公開しています。
合格後は、地方運輸局に登録して初めて海事代理士を名乗れます。開業する人もいれば、行政書士や司法書士が業務の幅を広げるために取る場合も多く、私自身がこの試験の準備を始めたのも後者の理由です。海事代理士単独の需要は港のある地域に偏りますが、行政書士・司法書士と組み合わせると、漁業者や船舶所有者の相続・許認可・登記を一続きで扱える、他にない立ち位置になります。
順に書きます。漁船は総トン数19トンで、20トン未満なので法務局の船舶登記の対象外。登録は、漁船なので漁船法に基づく都道府県の漁船登録、検査は小型船舶検査機構。まず、これを確認するところからでした。同じ「船」でも、20トン以上なら法務局の登記と運輸局の登録の両方、20トン未満の小型船舶は小型船舶の登録だけ、漁船は漁船法の登録、と窓口が分かれる。この相談は、司法書士が「登録は分からない」と言った時点で、正しい窓口に当たっていなかった。
手続きは、漁船の所有者変更の登録(都道府県)、船舶検査証書の所有者変更(小型船舶検査機構)、父の海技免状の返納(運輸局)、そして漁業権に関わる漁協への届出。書類は、戸籍一式または法定相続情報一覧図、遺産分割協議書(漁船を長男が取得)、印鑑証明書、船舶検査証書の原本。海事代理士として四つの窓口を回り、二週間で終わりました。報酬は約6万円。相談者が自分で回っていたら、窓口ごとに「ここではない」と言われる回数が、私の経験では最低三回です。
逆の例も一つ。プレジャーボートを買った人が、「登録と検査と免許を、別々の事務所に頼んだら、合計で12万円かかった」と言っていました。海事代理士に頼めば、一括で扱える。この「一括」が、行政書士と司法書士の海事版であることの、実務での意味です。行政書士の資格だけでは、海事代理士法の業務は扱えない。私が海事代理士を取った理由は、この漁船の相談を、隣接分野として受けられるようにするためでした。
依頼する側に向けて一つ。船舶の登記や登録は、放置すると売却や相続で必ず止まります。船舶にも相続があり、登記・登録の名義変更が要ります。船を相続した、船を買った、免許の更新を忘れた。そのときに探すべき専門家が海事代理士です。各地方運輸局が登録者の名簿を公開しているので、地域で探せます。
「誰に頼めばいいのか」の答えは、四つの窓口を一人で回れる資格、でした。漁船は長男の名義になり、今も同じ港から出ています。「船を相続した、船を買った、免許の更新を忘れた。そのときに探すべき専門家が海事代理士」と本文の最後に書きました。探す人が少ないのは、資格が少ないからではなく、この資格の名前を知っている人が少ないからです。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-09-16
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。