土地・不動産 2026-10-10
隣の土地に入って工事できるか ― 2023年改正の隣地使用権、水道管を隣地に通すライフライン設備設置権、越境した枝を自分で切れる三つの場合
相続した実家を解体したいが、隣家との隙間が50センチで、足場を隣地に置かないと壁が壊せない。2023年4月に施行された改正民法で、こうした場面の決まりが変わりました。塀や建物の工事・境界の測量・枝の切取りのためなら、隣地の承諾がなくても「通知して使える」ようになり(209条)、水道やガスの管を他人の土地に通す権利が条文になり(213条の2)、越境した枝は催告しても切らない・所有者不明・急迫の三つの場合に自分で切れるようになりました(233条)。承諾は要らない、通知は要る、損害は償う。この三つの順番と、架空の給水工事の費用の内訳を書きます。
この記事の位置: まず読む:値段と書類の読み方 → 買う前に確認すること → 建てられるか・どれだけ建つか → [境界・隣地・道] → 災害と地盤 → 持っている間:税金と登記 → 売るとき → 貸す・借りる・特殊な権利
相続した実家を解体して土地を売る、という相談でした。50代の男性。問題は隣家との隙間で、境界から建物の壁まで50センチしかない。解体業者に「隣の敷地に足場を立てさせてもらえないと、壁が壊せません」と言われ、隣に話しに行くと、代替わりして付き合いのない息子さんから「勝手に入らないでほしい」と断られた。「隣が嫌だと言ったら、解体はできないんですか」。答えは、2023年4月1日を境に変わっています。
その日に施行された改正民法で、209条が書き換わりました。それまでの条文は、隣地の「使用を請求することができる」でした。隣が断れば、裁判で承諾に代わる判決をもらうしかなかった。今の条文は、「次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる」です。目的は三つ。一つ、境界やその付近での塀・建物などの工作物の築造・収去・修繕。二つ、境界標の調査や境界の測量。三つ、233条3項による枝の切取り。解体は「収去」なので、一つ目に入ります。承諾を求める権利から、使う権利に変わった、ということです。
自分の土地の建物を解体するために、境界から隣地側に60センチまで足場を置く。隣地の承諾は要らないが、日時・場所・方法をあらかじめ通知し、損害が最も少ない方法を選び、損害が出たら償金を払う。隣の住家の中には居住者の承諾なしに入れない。
ただし、使い方に条件があります。使う日時・場所・方法は、隣地の所有者と、隣地を実際に使っている人(借りて住んでいる人など)にとって損害が最も少ないものを選ぶ(2項)。あらかじめ、目的・日時・場所・方法を隣地の所有者と使用者に通知する(3項)。事前に通知するのが難しいときは、使い始めたあと遅滞なく通知すればよい。隣の「住家」には、住んでいる人の承諾がなければ立ち入れない(1項ただし書)。庭に足場を置くのはよいが、家の中に入るのはだめ、ということです。そして隣に損害が出たら、償金を払う(4項)。まとめると、承諾は要らない、通知は要る、損害は償う。通知は口頭でもよいのですが、日付の残る手紙かメールで、工程表と、どこまで使うかを描いた図を添えます。
条文が「使用することができる」になっても、通知した日に隣の人が体を張って止めたら、押し通してよいわけではありません。力で解決することは法律が禁じています(自力救済の禁止)。その場合は、裁判所に妨害をやめさせる手続きを取ることになり、弁護士の領域です。だからこそ、最初の通知を丁寧にします。私が見てきた範囲では、工程表と養生の図を添えて、「法律でこう決まっていて、損害があれば償います」と書面で伝えると、大半はそこで通ります。隣の人が嫌がっているのは、たいてい「何をされるか分からない」ことだからです。
もう一つの改正が213条の2です。電気・ガス・水道などの「継続的給付」を受けるために、他人の土地に設備を置くか、他人の設備を使わなければならないときは、必要な範囲でそれができる、という条文です。奥の土地で、前の道路に水道の本管がなく、隣の土地の下に給水管を通さないと水が来ない、という場面です。条件は209条と同じ考え方で、損害が最も少ない場所と方法を選び(2項)、目的・場所・方法をあらかじめ通知し(3項)、工事のために隣地に入るときは209条のルールが準用されます(4項)。設備を置いた土地の損害には償金を払い、これは一年ごとの支払いでもよい(5項)。他人の既にある管を使うときは、使い始めで生じた損害の償金と(6項)、その管の設置・修繕・維持の費用を利益の割合で負担します(7項)。
給水工事の費用の例を、架空で一枚書きます。隣地の下を15メートル通して給水管を引く。給水管の布設が1メートルあたり25,000円で、25,000円×15メートル=375,000円。道路の掘削と舗装の復旧が150,000円。設計と水道局への申請が75,000円。小計600,000円、消費税(10パーセント)60,000円、合計660,000円(税込)。隣地に払う償金は、条文に額の決まりがなく、話し合いです。管が通る部分の面積と、地上の使い方(庭か、駐車場か)で決めます。管を私道の下に通すときの掘削の承諾は、別の話になるので、私道の記事に書きました。
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 給水管の布設 | 25,000円×15メートル | 375,000円 |
| 道路の掘削と舗装の復旧 | 一式 | 150,000円 |
| 設計と水道局への申請 | 一式 | 75,000円 |
| 小計 | 600,000円 | |
| 消費税(10パーセント) | 60,000円 | |
| 合計(税込) | 660,000円 | |
| 隣地への償金 | 条文に額の決まりなし。話し合い(年ごとの支払いも可) | ― |
枝と根の話も、同じ改正で変わりました(233条)。根が境界を越えてきたときは、昔から自分で切れます(4項)。枝は原則として、木の所有者に「切ってください」と求める形で(1項)、勝手に切れませんでした。2023年からは、三つの場合に自分で切れます(3項)。一つ、所有者に切るよう催告したのに、相当の期間内に切らないとき。二つ、所有者が分からない、または所在が分からないとき。三つ、急迫の事情があるとき(台風で折れそう、など)。「相当の期間」は条文に日数がありません。催告の手紙に期限(たとえば二週間後の日付)を書き、その写しを残しておきます。切るために隣地に入るのは、209条の一つ目に書いた目的に入ります。
| 場面 | 条文 | 隣の承諾 | 通知 | お金 |
|---|---|---|---|---|
| 塀・建物の工事、境界の測量、枝の切取りで隣地に入る | 209条 | 要らない(住家の中は居住者の承諾が要る) | あらかじめ目的・日時・場所・方法 | 損害があれば償金 |
| 電気・ガス・水道の管を他人の土地に通す、他人の管を使う | 213条の2 | 要らない | あらかじめ目的・場所・方法 | 土地の損害に償金(年払い可)。他人の管は費用を利益の割合で負担 |
| 越境した枝を自分で切る | 233条3項 | 催告して相当期間切らない/所有者不明/急迫 のいずれか | 催告(期限を書いた手紙) | ―(根は昔から切れる) |
隣が空き家で、誰のものか分からない場合もあります。まず法務局で登記事項証明書を取り、所有者の住所に通知を送ります。届かなくても、209条3項は「あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく」通知すればよいとしていますし、枝は所有者の所在が分からなければ切れます。登記の読み方は、登記事項証明書の読み方の記事に書きました。
境界の測量でも、同じ条文を使います。土地を売る前の確定測量では、測量士や土地家屋調査士が隣地に入って境界標を探し、器械を据えます。これは209条の二つ目の目的「境界標の調査又は境界に関する測量」で、隣の承諾は要らず、通知で足ります。ただ、確定測量で本当に欲しいのは「隣地に入ること」ではなく、隣の人が境界の位置に納得して立会いの書面に署名することです。入る権利があっても、署名してもらう権利はありません。測量の日程を伝える手紙に、立会いのお願いを一緒に書くのが、実務の形です。確定測量と現況測量の記事に、立会いと費用の内訳を書きました。
この家の場合。解体業者の工程表と、隣地側の養生(防音シートと足場)の配置図を添えて、日付入りの手紙を隣に届けました。工事は10日間、足場は境界から隣地側に60センチまで、庭木には養生をし、芝が傷んだら復旧の費用を負担する、損害が出たら償金を払う、と書き、民法209条の条文の写しを付けました。息子さんは「法律でそうなっているなら」と了承し、立会いの日も決まりました。工事中に植木鉢を一つ割って、3,000円を払いました。それで全部です。
承諾は要らない、通知は要る、損害は償う。隣の土地に入る権利は2023年に強くなりましたが、だからこそ使い方は昔より丁寧にする必要があります。「法律で入れる」と言うより、「何日に、どこまで、どうやって入り、壊したら直す」を先に紙で渡す。この記事の図は、解体の足場、給水管、枝の三つの場面で、どこまでが自分の権利かを一枚にしたものです。隣に話しに行く前に、この図と工程表を持って行ってください。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-10
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-10 確認)。
- e-Gov法令検索「民法」 ― 209条(隣地の使用。三つの目的、損害が最も少ない方法、事前の通知、住家は居住者の承諾、償金)、213条の2(電気・ガス・水道などの継続的給付を受けるための設備の設置権・使用権。通知、償金、費用の負担)、233条(越境した枝を自分で切れる三つの場合と、根)