土地・不動産 2026-10-18
相続した築40年の実家を売る前に ― 建物状況調査(インスペクション)で分かること、費用6万6,000円、床下で見つかったもの
中古の家を売るとき、不動産会社は媒介契約の段階で「建物状況調査(インスペクション)」をする人を紹介するかどうかを書面に書きます。講習を修了した建築士が、基礎や土台、外壁や屋根を、壊さずに目で見て測る調査です。調べる範囲と限界、重要事項説明と契約書での扱い、調べずに売ったときの契約不適合責任との関係を、母の家を売る姉弟の実際の数字(調査6万6,000円、床下のシロアリ跡の修理44万円)で整理します。
この記事の位置: まず読む:値段と書類の読み方 → 買う前に確認すること → 建てられるか・どれだけ建つか → 境界・隣地・道 → 災害と地盤 → 持っている間:税金と登記 → [売るとき] → 貸す・借りる・特殊な権利
「床下なんて、母が生きていたころから誰も見ていません」。50代の姉と弟が持ってきたのは、不動産会社の媒介契約書の下書きでした。母が一人で住んでいた木造2階建ての家で、建てたのは1985年、築41年になります。二人とも別に家を持っているので、売ることに決めました。下書きの中に「建物状況調査を実施する者のあっせん 有・無」という欄があり、どちらに丸をつければよいのか、という相談でした。
10月には、相続した古い実家で暮らし始めた人が、床下の傷みに気づいて慌てた、という体験談がネットのニュースで配信されていました。住む人でも売る人でも、古い家の床下や屋根裏は、問題が起きるまで誰も見ていないことがほとんどです。この記事では、売る前に家の状態を調べる「建物状況調査」の中身と、お金の比べ方を書きます。
建物状況調査は、宅地建物取引業法(宅建業法)で決まっている調査で、一般にはインスペクションとも呼ばれます。調べるのは、国の講習を修了した建築士(既存住宅状況調査技術者)です。対象は大きく二つで、一つは基礎・土台・柱・はりなど、家の重さや地震を支える部分(構造耐力上主要な部分)、もう一つは屋根・外壁・窓まわりなど、雨水が入るのを防ぐ部分です。ひび割れ、傾き、雨漏りの跡、腐れやシロアリの被害の跡を、原則として壊さずに、目で見て、計って調べます。
限界もはっきりしています。壁の中や、家具で隠れた所、床下の点検口から入れない所は調べられません。国土交通省の標準媒介契約約款にも、調査は不具合(瑕疵)の有無を判定するものではない、と書かれています。調査の結果は「今、見える範囲でこういう状態だった」という記録で、家の保証書ではありません。
木造2階建ての家の断面。屋根・外壁・窓まわりは雨水の浸入を防ぐ部分、基礎・土台・柱・はりは構造耐力上主要な部分で、どちらも建築士が目で見て計って調べる。床下と屋根裏は点検口から入れる範囲を調べる。壁の中や家具の裏は調べられない。この家では浴室の下の土台にシロアリの被害の跡が見つかった。
調べるのは講習を修了した建築士で、原則として壊さずに目で見て計ります。不具合が無いことを保証する調査ではありません(2026年10月時点)。
売る手続きの中では、三か所に出てきます。一つ目は媒介契約書で、不動産会社は、調査をする人を紹介(あっせん)するかどうかを書きます(宅建業法34条の2)。二つ目は重要事項説明で、買う人に、調査をしたかどうかと、結果の概要を説明します。説明の対象になるのは、調査から1年以内のもの(鉄筋コンクリート造などのマンションは2年以内)です(35条1項6号の2、施行規則16条の2の2。2026年10月時点)。三つ目は売買契約書で、家の状態について売る人と買う人の双方が確認したことを書きます(37条1項2号の2)。重要事項説明の読み方は、別の記事に書いています。
調べるかどうかは、売る人の自由です。それでも私が勧めることが多いのは、契約不適合責任との関係があるからです。売った家が契約の内容と違っていたとき、買った人は修理や代金の減額などを求められます。個人が売るときは、この責任を負わないと契約で決めることもできますが、売る人が知っていて言わなかった不具合については、その特約は効きません(民法572条)。調べれば、知ったことは書面で伝えることになります。そのかわり、買う人も納得したうえで値段が決まるので、引渡しのあとにもめる芽が減ります。
この家の調査は、姉が依頼して、費用は税込6万6,000円でした(床下と屋根裏に入る調査を含む)。調査は半日で、1週間後に写真つきの報告書が届きました。外壁には細いひび割れがいくつかありましたが、報告書の評価は経年相応。問題は床下で、浴室の下の土台の一部に、シロアリの被害の跡と、水がしみて腐った所が見つかりました。今もシロアリがいるかどうかは、この調査だけでは分かりません。
二人は、駆除業者と大工さんに見積を頼みました。防蟻処理(シロアリの駆除と予防の薬剤処理)が税込16万5,000円、土台の部分的な補修が税込27万5,000円、合わせて44万円です。そのうえで、三つの道を比べました。表の金額は、売値から調査と修理の費用を引いた、手元に残る額です(仲介手数料や税金は、どの道でもほぼ同じようにかかるので除いています)。
一つ目は、直してから、報告書と修理の記録を付けて売る道。査定額の1,480万円で売れれば、調査6万6,000円と修理44万円を引いて1,429万4,000円です。二つ目は、直さずに報告書を見せて、値引きで調整する道。不動産会社の見立てでは60万円ほどの値引きになりそうで、1,420万円から調査代を引いて1,413万4,000円。三つ目は、調べずに売る道で、表の上では1,480万円が残りますが、引渡しのあとに床下の傷みが見つかれば、修理や減額を求められるおそれが残ります。
| 項目 | 直して売る | 直さず値引き | 調べずに売る |
|---|---|---|---|
| 売値 | 1,480万円 | 1,420万円 | 1,480万円 |
| 調査(床下・屋根裏を含む) | マイナス6万6,000円 | マイナス6万6,000円 | ― |
| 防蟻処理 | マイナス16万5,000円 | ― | ― |
| 土台の部分補修 | マイナス27万5,000円 | ― | ― |
| 手元に残る額 | 1,429万4,000円 | 1,413万4,000円 | 1,480万円(引渡し後に修理や減額を求められるおそれ) |
二人は一つ目を選びました。母の家が、知らないまま誰かの悩みの種になるのは嫌だ、というのが理由でした。報告書と、防蟻処理の保証書、補修の写真をそろえて売り出し、2か月で買い手が見つかりました。買い手は若い夫婦で、重要事項説明のとき、報告書を1ページずつ確かめていたそうです。
相続した家を売るとき、ほかにも確かめることがあります。この家は1985年の建築なので、亡くなった人が一人で住んでいた家の「空き家の3,000万円特別控除」は、1981年5月31日以前の建築という条件に当たらず、使えませんでした。売ったときの税金は、相続税を払った家なら取得費加算の特例の記事を、そうでなければ不動産を売ったときの税金の記事を見てください。家を残すか、貸すか、売るかで迷っている段階なら、その比べ方の記事もあります。
頼むときの段取りも書いておきます。調査は、売り出す前、できれば媒介契約を結んですぐに入れると、結果を最初から買う人に見せられ、重要事項説明の「1年以内」にも収まります。空き家になっている家は、電気と水道を止めていることが多いのですが、照明がつかないと屋根裏や床下が暗くて見にくく、水回りの漏れも確かめられません。調査の日だけでも使えるようにしておきます。床下の点検口が、押入れの床や台所の床下収納の下にあることも多いので、荷物をどけておくと調査が短く済みます。調査には立ち会いが要らない業者もありますが、姉は半日立ち会って、建築士から写真を見せてもらいながら説明を聞きました。報告書だけでは分かりにくい「どのくらい急ぐ傷みか」は、その場で聞くのがいちばん早い、というのが姉の感想です。買う人が中古住宅の瑕疵保険に入りたいときは、保険の検査が別に要ることもあるので、不動産会社に先に聞いておきます。
「床下を見てもらって、かえって気が楽になりました」。引渡しの日、姉はそう言いました。古い家には、どこかに傷みがあるのがふつうです。分からないまま売るより、分かったうえで、直すか、値段で調整するかを選ぶ。調査の6万6,000円は、その選択肢を手に入れるための費用です。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-18
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-18 確認)。
- 国土交通省「既存住宅流通について(建物状況調査(インスペクション)活用に向けて)」 ― 2018年4月施行の制度と2024年4月の見直し、標準媒介契約約款の改正(あっせん「無」の理由欄、調査は瑕疵の有無を判定するものではないこと)、共同住宅等の2年
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」 ― 34条の2第1項4号(媒介契約書に建物状況調査をする者のあっせんの有無)、35条1項6号の2(重要事項説明で調査の実施の有無と結果の概要)、37条1項2号の2(契約書面に当事者双方が確認した事項)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法施行規則」 ― 15条の7(構造耐力上主要な部分等)、15条の8(調査をする者は講習を修了した建築士)、16条の2の2(重要事項説明の対象は実施後1年以内、鉄筋コンクリート造等の共同住宅等は2年以内)