相続・手続き 2026-10-13
親から借りていたお金は、相続でどうなるか ― 「貸した」か「あげた」かで、きょうだいの取り分が倍違う
亡くなった親が子の一人にお金を貸していたら、その「返してもらう権利」も遺産です。借りていた本人の分は消え、ほかのきょうだいの分は、本人がきょうだいに返す形になります。ところが、返す約束がはっきりしなければ「贈与」と見られ、特別受益として計算が変わります。借用書、通帳に残る返済、利息の約束のどれがあるかが分かれ目です。預金300万円、残りの借金600万円、三人きょうだいの例で、二つの計算を並べます。
この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → [分け方を決める] → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
「兄は、父が元気なころに父からお金を借りていました。借用書もあります。父が亡くなったいま、兄はそのお金を返すんですか。それとも、なかったことになるんですか」。三人きょうだいの末の妹さんからの相談でした。遺産は父の預金300万円だけで、住まいは借家です。兄は「親子の間のことだし、もらったようなものだ」と言い、姉は「貸したお金なら遺産に入るはず」と言う。きょうだいの意見が二つに割れていました。私は行政書士として、遺産分割協議書を作る前の整理をよく手伝います。この記事は、その整理の順番です。
まず、亡くなった人が誰かにお金を貸していたら、その「返してもらう権利」(貸金債権)も遺産になります。相手が他人でも、相続人の一人でも同じです。そして、お金を払ってもらう権利のように分けられる権利は、亡くなった時点で法定相続分に応じて相続人に自動的に分かれる、というのが最高裁の判例の考え方です(預貯金は2016年の最高裁の決定で扱いが変わり、遺産分割で分けるものになりました。ここで書くのは、預金ではない「貸したお金」の話です)。
借りていた兄の立場で考えます。兄の残りの借金が600万円なら、「返してもらう権利」は三人に200万円ずつ分かれます。兄が受け継いだ200万円分は、自分が自分に返すことになるので消えます(権利と義務が同じ人のものになると消える「混同」。民法520条)。残る400万円は、姉と妹に200万円ずつ返すお金として、兄に残ります。「親が亡くなったから借金もなくなる」わけではありません。
上の段で、父が兄に720万円を貸し、兄は120万円を返した。借用書があり、残りは600万円。下の段では、父が亡くなり、600万円の返してもらう権利が三人に200万円ずつ分かれる。兄が受け継いだ200万円は、自分が自分に返すことになるので混同で消え、姉と妹の200万円ずつは兄が返す。
兄が相続放棄をした場合は、話がさらに変わります。相続放棄をすると、初めから相続人ではなかったことになるので、兄は遺産を何も受け継ぎません。そのかわり「混同」も起きないので、600万円の返してもらう権利は、姉と妹に300万円ずつ分かれます。兄は、姉と妹に600万円全部を返すことになります。借金を消すつもりで相続放棄をすると、かえって返す額が増えるわけです(相続放棄そのものの手続きは、相続放棄の記事に書きました)。
ただ、実際の話し合いでは、この貸金も預金と一緒に、遺産分割協議でまとめて分けることができます。相続人全員が合意すれば、「兄が貸金債権600万円を取得する(つまり兄の借金は消える)。その代わり、兄は預金を受け取らず、足りない分は姉と妹にお金で払う」という形にできます。別々に精算するより、遺産の全体を見渡して分けるほうが話が早いことが多いです。
ここからが分かれ目です。そのお金は本当に「貸した」のか、それとも「あげた」のか。親子の間では、借用書がなく、返してもいないお金がよくあります。返す約束がなかったと見られれば贈与で、家を建てる資金や事業の元手のような「生計の資本」としての贈与なら、特別受益になります(民法903条)。特別受益になると、贈与した額を遺産に足し戻して各人の取り分を計算し、もらっていた人はその分を差し引かれます。
貸したのか、あげたのかを見分ける材料として、相談の場でいつも同じことを聞きます。一つ、借用書や、「返す」と書いたメールや手紙があるか。二つ、親の通帳に、返済の振込が記録されているか(一度でもあれば、貸し借りだった強い材料になります)。三つ、利息や返済の期日を決めていたか。四つ、親のメモやエンディングノートに「貸している」と書いてあるか。この家では、兄は11年前に父から720万円を借り、兄の署名入りの借用書がありました。父の通帳には、最初の2年間、兄から月5万円の振込が記録されていました。合計120万円で、残りは600万円です。
二つの計算を、数字で並べます。預金300万円、兄の残りの借金600万円、相続人は三人で、法定相続分は3分の1ずつです。貸したお金として扱うと、遺産は預金300万円と貸金600万円で合計900万円、一人あたり300万円です。兄が貸金600万円を取得すると、自分の取り分を300万円超えるので、兄は姉と妹に150万円ずつ払います(代償金)。預金300万円は、姉と妹が150万円ずつ受け取ります。姉と妹は、それぞれ合計300万円です。あげたお金(特別受益)として扱うと、預金300万円に贈与の600万円を足し戻した900万円で計算し、一人あたり300万円です。兄は300万円から600万円を引くとマイナスですが、もらいすぎた分を返す必要はありません(民法903条2項)。兄の取り分はゼロになり、預金300万円を姉と妹が150万円ずつ受け取ります。同じ600万円でも、姉と妹が受け取る額は300万円と150万円で、倍違います。
| 貸したお金として扱う | あげたお金(特別受益)として扱う | |
|---|---|---|
| 計算のもとになる額 | 預金300万円+貸金600万円=900万円 | 預金300万円+贈与600万円=900万円 |
| 一人あたりの取り分 | 300万円 | 300万円 |
| 兄 | 貸金600万円を取得し、代償金300万円を払う(差し引き300万円) | 取り分ゼロ(600万円は生前に受け取り済み。超えた分は返さない) |
| 姉 | 預金150万円+代償金150万円=300万円 | 預金150万円 |
| 妹 | 預金150万円+代償金150万円=300万円 | 預金150万円 |
| 三人の合計 | 300万円+300万円+300万円=900万円 | 600万円+150万円+150万円=900万円 |
貸したお金として扱う場合、兄は300万円を自分のお金から出すことになります。一度に払えなければ、分割払いにします。そのときは、遺産分割協議書に、回数、毎月の額、振込先、払えなかったときにどうするかまで書きます。「兄が債権を取得し、代償金を支払う」とだけ書くと、あとでまた揉めます。
時効にも触れておきます。お金を返してもらう権利は、長く放っておくと時効で消えることがあります(2020年4月以降の貸し借りなら、返してもらえると知った時から5年、返してもらえる時から10年が基本です。民法166条)。ただ、借りた人が返済したり、借金があると認めたりすると、時効はそこから数え直しになります。古い貸し借りほど、通帳の記録が大事になります。この家では、借用書と返済の記録から、時効は問題になりませんでした。
この家の場合です。借用書と通帳の振込があったので、私は「貸したお金として扱うのが自然です」という整理を三人に伝え、兄も最後は納得しました。三人は、兄が貸金債権600万円を取得し、預金300万円を姉と妹が150万円ずつ受け取り、兄が姉と妹にそれぞれ代償金150万円を、月5万円の30回払いで払う、という遺産分割協議書に署名しました。月5万円は、兄が父に返していたのと同じ額です。
話し合いでまとまらなければ、家庭裁判所の遺産分割調停で決めることになります。調停では、借用書や通帳の記録を出して、貸したお金か、あげたお金かを主張します。相続税がかかるほどの遺産なら、貸金債権も相続財産として申告に入るので、税理士に相談してください。
親子の間のお金は、書類が残っていないことのほうが多いものです。この記事の図は、同じ600万円が「貸した」か「あげた」かで、きょうだいの受け取りがどう変わるかを並べたものです。親が元気なうちなら、借用書と返済の記録を残しておくこと。それが、きょうだいが揉めないためのいちばんの材料になります。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-13
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-13 確認)。
- e-Gov法令検索「民法」 ― 427条(分割債権)、520条(混同。債権と債務が同じ人に帰属すると債権は消える)、903条(特別受益。2項は、贈与の額が相続分以上なら相続分を受けられないこと)、166条(債権の消滅時効)
- 裁判所「遺産分割調停」 ― 相続人の間で話し合いがつかないときの調停の申立てと、不成立のときに審判へ移ること