相続・手続き 2026-10-17

相続人が全員、相続放棄した空き家はどうなるか ― 空家法の略式代執行、清算人の申立て、放棄した人に残る保存義務

相続人が全員、相続放棄をした空き家には、家庭裁判所が清算人を選ぶまで、管理する人がいません。倒れそうになれば、市町村が公告をしたうえで自ら直す空家法の「略式代執行」になり、費用を払う人もいない。放棄した人に残る「現に占有」していた場合の保存義務、2023年12月から市町村長もできるようになった清算人の申立て、叔父の家の鍵を預かっていた姪の実際の数字で、順番を整理します。

目次を見る →

この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → [状況別(当てはまる方だけ)]

「放棄したのに、まだ私に関係があるんですか」。60代の女性が机に置いたのは、町役場からの封書でした。中身は、空き家の管理についてのお願いの文書で、物件は去年亡くなった叔父の家です。叔父は独身で子がなく、両親も先に亡くなっていたので、相続人は叔父のきょうだいと、亡くなったきょうだいの子である甥や姪の6人でした。叔父にはカードローンと入院費の借金があり、6人は全員、家庭裁判所で相続放棄をしています。女性は叔父の家の近くに住んでいて、生前から鍵を預かっていました。

2026年10月には、岡山県の町が、法定相続人の全員が相続放棄した空き家について、倒れるおそれのある門を公費で取り壊した(略式代執行)と報じられました。相続人が全員放棄すると、家はどうなるのか。放棄した人に、何が残るのか。この記事では、その順番を整理します。

まず、全員が放棄した家の持ち主です。相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったことになります(民法939条)。全員が放棄すると「相続人のあることが明らかでない」状態になり、遺産は「相続財産法人」という、持ち主の代わりの入れ物になります(951条)。ただ、この入れ物には、家庭裁判所が「相続財産清算人」を選ぶまで、管理する人がいません。清算人を選んでもらう申立てができるのは、借金の貸主のような利害関係人か検察官で(952条)、2023年12月からは、空き家の管理のために特に必要があるとき、市町村長も申し立てられるようになりました(空家法14条1項)。

次に、放棄した人に残るものです。民法940条は、放棄した人がその時に遺産を「現に占有している」ときは、相続人や清算人に引き渡すまで、自分の物と同じくらいの注意で保存しなければならない、と定めています。2023年4月の改正で、この義務は「現に占有している」人に絞られました。遠くに住んで一度も家に関わっていない甥は、ふつう占有していないので、この義務はありません。分かれ目になるのが、女性のように鍵を預かって、ときどき窓を開けに行っていた人です。どこからが「現に占有」かは事情で決まり、一律の線はありません(2026年10月時点)。

市町村の側の手順は、空家法22条に書かれています。倒れそうな家や、ごみ・草木で周りに害が出ている家を「特定空家等」とし、持ち主に助言・指導、勧告、命令と段階を踏み、それでも直らなければ、行政代執行で市町村が代わりに直します。ところが、全員が放棄した家には、命令を出す相手がいません。そこで、過失なく相手が分からないときは、期限を決めて公告したうえで、市町村が自ら措置できる、というのが22条10項で、これが「略式代執行」と呼ばれるものです。災害などで命令を出す余裕がないときの「緊急代執行」も、2023年12月の改正で加わりました(11項)。市町村がする措置は、取り壊し(除却)だけではありません。条文には修繕や立木の伐採も並んでいて、岡山の町の例のように、危ない門や塀だけを壊し、家はそのまま残す、ということもあります。

相続人が全員放棄した家は、二つの道のどちらかで動き出す
相続人が全員放棄した家は、二つの道のどちらかで動き出す相続人が全員放棄すると、家は持ち主のいない相続財産法人になる。一つ目の道は、利害関係人・検察官・市町村長の申立てで家庭裁判所が清算人を選ぶ道で、鍵を清算人に渡すと放棄した人の保存義務が終わる。二つ目の道は、家が危険な状態になったとき、市町村が公告をしたうえで自ら措置する空家法の略式代執行で、費用は清算人が選ばれれば遺産から回収し、足りなければ公費になる。相続人が全員放棄相続人が全員放棄 持ち主のいない家持ち主のいない家 相続財産法人(民法951条)相続財産法人(民法951条) 清算人の申立て清算人の申立て 危険な状態に危険な状態に 家庭裁判所が清算人を選ぶ家庭裁判所が清算人を選ぶ 申立て:利害関係人・検察官・市町村長申立て:利害関係人・検察官・市町村長 空家法の略式代執行(22条10項)空家法の略式代執行(22条10項) 相手が分からない → 公告 → 市町村が措置相手が分からない → 公告 → 市町村が措置 鍵を清算人へ → 保存義務が終わる鍵を清算人へ → 保存義務が終わる 費用は遺産から回収、足りなければ公費費用は遺産から回収、足りなければ公費

相続人が全員放棄すると、家は持ち主のいない相続財産法人になる。一つ目の道は、利害関係人・検察官・市町村長の申立てで家庭裁判所が清算人を選ぶ道で、鍵を清算人に渡すと放棄した人の保存義務が終わる。二つ目の道は、家が危険な状態になったとき、市町村が公告をしたうえで自ら措置する空家法の略式代執行で、費用は清算人が選ばれれば遺産から回収し、足りなければ公費になる。

保存義務が残るのは、放棄の時に家を「現に占有」していた人だけです(民法940条、2023年4月の改正後。2026年10月時点)。

お金の話です。略式代執行の費用は、条文の上では本来の持ち主(命令の相手)の負担で、取り立てには行政代執行法の決まりが使われます(22条12項)。けれども、全員が放棄していると払うべき人がいない。清算人が選ばれれば、市町村は遺産の中から回収を図ることになりますが、遺産が少なければ回収できず、公費のままになります。放棄した人は相続人でなくなっているので、費用の請求先にはならないのが原則です。ただ、放棄のあとも鍵を持って出入りしている人は、空家法の「管理者」と見られるおそれもあるので、市町村からの文書には黙っていないほうがよい、というのが私の考えです。

この家では、数字はこうでした。叔父の遺産は、預金が80万円、土地の固定資産税評価額が220万円、建物が15万円で、合わせて315万円。借金はカードローンと入院費で260万円。数字だけ見ると遺産のほうが55万円多いのですが、土地は幅2メートルの道にしか接しておらず、建て替えができない土地で、売れる見込みが薄い。そのうえ、築50年の木造の家を壊す見積りが税込150万円でした。解体まで入れると、差し引きマイナス95万円です。6人が放棄を選んだのは、この表を見たからでした。

叔父の家の遺産と負担(この家の例)
項目金額
預金80万円
土地(固定資産税評価額)220万円
建物(固定資産税評価額)15万円
遺産の合計315万円
借金(カードローン・入院費)260万円
家を壊す見積り(税込)150万円
負担の合計410万円
差し引きマイナス95万円

女性がしたことを順に書きます。一つ目、役場への返事に、相続放棄申述受理通知書の写しを付け、自分は相続人ではないこと、ただし鍵を預かっていることを書きました。二つ目、鍵の扱いを担当者と相談しました。渡す相手の清算人がまだいないので、鍵は女性が持ったまま、家の中には入らず、外から月に一度見回ることにして、その内容を書面で伝えました。三つ目、清算人の申立てです。借金の貸主は申し立てない様子だったので、町が空家法14条に基づいて家庭裁判所に申し立てる方向になりました。清算人が選ばれた日、女性は鍵を渡し、940条の保存義務はそこで終わりました。

放棄を考えている人に伝えたいのは、放棄は、借金と一緒に家からも離れる手続きだ、ということです。離れたあと、清算人が選ばれるまで、家は誰も手を付けられない状態になります。相続した土地を国に引き取ってもらう相続土地国庫帰属制度も、相続人が使う制度なので、放棄した人は使えません。放棄の手続きをするのと同じ時期に、役場への連絡、近所へのあいさつ、鍵の扱いを決めておく。手続きそのものは相続放棄の記事に、清算人の選び方と費用は、相続人がいないときの記事に書いています。

よく聞かれることを二つ書きます。一つは固定資産税です。固定資産税はその年の1月1日の持ち主にかかる税なので、放棄した人に納税通知書が届いたら、受理通知書の写しを付けて、放棄したことを市町村の税の窓口に伝えます。亡くなった人の固定資産税の記事も参考にしてください。もう一つは、放棄したあとに家の中の物を持ち出してよいか、です。形見を少し持ち帰るくらいなら、と考える人は多いのですが、放棄のあとに遺産を隠したり使ったりすると、放棄が認められなくなるおそれがあります(民法921条3号)。値打ちのありそうな物には手を付けず、迷う物は清算人が選ばれてから相談するほうが安全です。

「放棄したら、それで終わりだと思っていました」。鍵を渡した帰りに、女性はそう言いました。放棄で終わるのは、借金と、相続人としての立場です。家そのものは、誰かが次に引き継ぐまで、そこに建っています。その間の数か月を誰がどう見るかを、放棄と同じ時期に決めておくことが、近所と自分を守る順番です。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-17

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

参考(公式)

この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-17 確認)。

あわせてどうぞ

解説記事一覧