相続・手続き 2026-10-09

相続税の配偶者の税額軽減 ― 1億6,000万円まで無税。それでも申告は要り、分け方で二次相続の税額が変わる

亡くなった人の配偶者が受け取った遺産は、1億6,000万円か法定相続分のどちらか多い額まで相続税がかかりません。ただし申告書を出すことが条件で、申告期限までに分割が終わっていない財産には原則使えません。そして「全部配偶者に」でゼロにすると、配偶者が亡くなったときの二次相続で税額が増えます。遺産1億2,000万円の家で、二つの分け方の一次と二次の合計を電卓で出し、税理士に相談する前に当たりをつける方法を書きます。

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この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → [名義を変える・税金(10か月〜3年)] → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

夫を亡くした妻と長男が、通帳と証券会社の報告書を持って来ました。遺産はおよそ1億2,000万円。「全部母が相続すれば、相続税はゼロだと聞きました。それでいいですよね」。ゼロになるのは本当です。ただ、申告書は出さなければならず、そして「全部母」を選ぶと、母が亡くなったときの相続税が増えます。この記事は、ゼロの条件と、ゼロの先にある数字の話です。

配偶者の税額軽減は、亡くなった人の配偶者が実際に受け取った遺産のうち、1億6,000万円か、配偶者の法定相続分のどちらか多い額までは、相続税がかからない制度です(相続税法19条の2)。配偶者は、相続人の範囲の記事で書いたとおり常に相続人で、亡くなった人と一緒に財産を築いてきたこと、同じ世代なので次の相続が近いことから、この大きな軽減があります。対象は法律上の婚姻関係にある配偶者だけで、内縁の相手は対象外です。

条件が三つあります。一つ、相続税の申告書を出すこと。軽減を使った結果が税額ゼロでも、申告書に軽減の明細を書いて出さなければ使えません。基礎控除の記事で書いた「ゼロでも申告は要る」の代表がこの制度です。二つ、申告期限(亡くなったことを知った日の翌日から10か月)までに遺産分割が終わっていること。分割が終わっていない財産には原則として使えません。間に合わないときは、申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添えて、いったん軽減なしで申告と納税をし、3年以内に分割できたら更正の請求で払い過ぎた分を戻してもらいます。三つ、隠していた財産には使えないこと。税務調査で見つかった預金には、配偶者が受け取っていても軽減は効きません。

配偶者の税額軽減の三つの条件
条件中身外れたら
申告書を出す税額がゼロでも、軽減の明細を書いた申告書を期限内に出す軽減は使えず、基礎控除を超えた分に課税
申告期限までに分割が終わっている遺言か遺産分割協議で、配偶者の取得分が決まっている「3年以内の分割見込書」を添えて申告し、分割後に更正の請求
隠していない財産申告に載せた財産だけが対象税務調査で見つかった財産は、配偶者が受け取っても軽減なし

計算の順番を押さえます。相続税は、まず遺産全体から基礎控除を引き、その残りを法定相続分で分けたと仮定して税率をかけ、全員分を足して「相続税の総額」を出します。次に、その総額を実際に受け取った割合で各人に配り、配偶者の分から税額軽減を引きます。つまり、配偶者が多く受け取るほど、配偶者に配られる税額が増え、その分が軽減でゼロになる。総額そのものは分け方で変わりません。変わるのは、総額のうち誰が払うか、です。

もう一つ、よくある誤解です。「1億6,000万円まで」は、遺産全体ではなく、配偶者が受け取った分についての枠です。遺産が3億円あっても、配偶者の取得が1億6,000万円以下ならその分は無税で、超えた分にだけ配偶者の税がかかります。また、法定相続分のほうが大きい家(遺産が3億2,000万円を超え、配偶者の法定相続分2分の1が1億6,000万円を超える場合)は、法定相続分までが枠になります。

この家で計算します。相続人は妻、長男、長女の三人。遺産は、自宅の土地が小規模宅地等の特例で8割減額したあとで1,200万円、建物800万円、預金7,000万円、上場株式3,000万円、合計1億2,000万円。基礎控除は3,000万円+600万円×3人で4,800万円。課税される遺産は1億2,000万円-4,800万円=7,200万円。これを法定相続分で分けると、妻が2分の1の3,600万円、長男と長女が4分の1ずつの1,800万円。税率表(2026年10月時点)で、3,600万円は税率20パーセント・控除200万円で520万円、1,800万円は税率15パーセント・控除50万円で220万円ずつ。相続税の総額は520万円+220万円+220万円=960万円です。

分け方その一、妻が全部相続する。総額960万円は全部妻に配られ、妻の取得額1億2,000万円は1億6,000万円以下なので、軽減で全額ゼロ。子の税額もゼロ。この相続で払う相続税は0円です。分け方その二、法定相続分どおりに分ける。妻が6,000万円、長男と長女が3,000万円ずつ。総額960万円を取得割合で配ると、妻が480万円、子が240万円ずつ。妻の480万円は軽減でゼロ、子の分は残るので、この相続で払う相続税は480万円です。ここだけ見れば、その一が480万円得です。

次に、妻が亡くなったときの相続(二次相続)を同じ条件で計算します。妻自身の財産を2,000万円とし、相続人は長男と長女の二人。基礎控除は3,000万円+600万円×2人=4,200万円。その一なら、妻の遺産は2,000万円+1億2,000万円=1億4,000万円。課税される遺産は9,800万円、二人で4,900万円ずつ、税率20パーセント・控除200万円で780万円ずつ、総額1,560万円。配偶者がいないので軽減はなく、全額が子の負担です。その二なら、妻の遺産は2,000万円+6,000万円=8,000万円。課税される遺産は3,800万円、二人で1,900万円ずつ、税率15パーセント・控除50万円で235万円ずつ、総額470万円。

二回の相続を足します。その一は0円+1,560万円=1,560万円。その二は480万円+470万円=950万円。差は610万円で、「全部母」のほうが多く払います。理由は単純で、一次相続で妻に寄せた財産は、二次相続で軽減のない状態でもう一度課税されるからです。もちろんこれは、妻の財産が減らない、税率表が変わらない、二次相続でも小規模宅地等の特例を使わない、という単純にした計算で、妻の生活費や介護の費用で財産が減れば差は縮みます。それでも、「一次でゼロ」と「二回の合計」は別の数字だ、ということは、この家の例で見えると思います。

この家の例 ― 遺産1億2,000万円(妻・長男・長女)、妻の固有財産2,000万円
分け方一次相続で払う税二次相続で払う税二回の合計
その一:妻が全部相続0円(960万円が全額軽減)1,560万円(遺産1億4,000万円)1,560万円
その二:法定相続分どおり480万円(子が240万円ずつ)470万円(遺産8,000万円)950万円
差610万円
二回の相続で払う相続税の合計 ― この家の例
二回の相続で払う相続税の合計 ― この家の例妻が全部相続1,560万円法定相続分どおり950万円

妻が全部相続 1,560万円、法定相続分どおり 950万円

妻が全部相続は一次0+二次1,560万円、法定相続分どおりは一次480+二次470万円。妻の財産が減らない・税率表が変わらない・二次相続で小規模宅地等の特例を使わない、という単純にした計算。

どこまでが自分で当たりをつける範囲か。相続税の申告書を作って出すのは税理士の仕事で、行政書士の私がやるのは、この記事の計算のように「二つの分け方で、二回分の合計がどのくらい違うか」の桁を出して、相談の材料にするところまでです。長男は「母に全部、は親孝行のつもりだった」と言いました。親孝行の形を変える必要はなく、母の生活費に困らない預金は母に、値上がりしそうな株式と将来売る自宅は子に、と分けるだけで、二回の合計は変わります。何をどう分けるかの考え方は、二次相続の記事に続きます。

この家は、預金のうち4,000万円と自宅(土地と建物で2,000万円)を妻、残りの預金3,000万円と株式3,000万円を長男と長女で分ける形にし、税理士に申告を依頼しました。妻の取得は6,000万円で、結果として法定相続分どおりです。一次相続で子が払う税額は残りますが、二回の合計はその一より小さくなる見込みです。この記事の棒グラフは、「全部母」と「法定相続分どおり」の、一次と二次を足した数字です。申告期限の10か月は短く、分け方は申告書を出す前にしか選べません。「全部母でゼロ」と聞いたら、その先の数字を一度出してから決めてください。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-09

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

参考(公式)

この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-09 確認)。

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