土地・不動産 2026-10-20
大家から家賃の値上げを求められたら ― 合意するまでは今の家賃でいい理由、受け取りを断られたときの供託、話し合い・調停・引っ越しの比べ方
物価や金利の上昇で、賃貸住宅の家賃の値上げを求められる人が増えています。ふつうの賃貸借契約(普通借家契約)では、値上げは大家が一方的に決めるものではなく、借地借家法32条の増額請求のあと、話し合い・調停・裁判で決まります。決まるまでに払う額、大家が受け取らないときの供託、更新を断られる心配、相場の調べ方、そして2年間の負担の比べ方を、月9万円から10万円への値上げを求められた男性の数字で書きます。
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「来月から家賃を1万円上げます、という手紙が来ました」。40代の会社員の男性が持ってきたのは、大家の名前で届いた一枚の通知でした。駅から歩いて10分ほどの2LDKの賃貸マンションに8年住んでいて、家賃は月9万円。通知には「近隣の相場と固定資産税の上昇のため、来月分から10万円とします。ご了承ください」とだけ書かれていました。契約の更新は来年の春です。払わないと追い出されるのか、という相談でした。
10月には、金利や物価の上昇で家賃の値上げが広がっている、という記事がネットで配信されていました。期間の決まったふつうの賃貸借契約(普通借家契約)で住んでいる人が値上げを求められたとき、まず知っておきたいのは、値上げは大家が一方的に決められるものではない、ということです。
決まりは借地借家法32条にあります。家賃が、税金などの負担の増減、土地や建物の価格の上がり下がりなどの経済事情の変化、近所の同じような建物の家賃との比較で「不相当」になったとき、大家も借りる人も、これから先の家賃を上げる・下げるよう求めることができます。ただし、求めることができるだけで、相手が同意しなければ、その額に決まるわけではありません。決まるのは、話し合いで合意したときか、調停や裁判で決まったときです。契約書に「一定の期間は家賃を上げない」という特約があれば、その期間は特約が優先します。
合意しないあいだ、いくら払えばよいか。32条2項は、値上げを正しいとする裁判が確定するまでは、借りる人が「相当と認める額」を払えば足りる、としています。ふつうは、今までの家賃です。この男性なら、9万円を払い続ければ、通常は家賃の不払いにはなりません(借りる人が自分の判断で家賃を下げて払うのは別の話です)。そのかわり、裁判で値上げが認められたら、足りなかった分に年1割の利息を付けて払います。
大家が「10万円でなければ受け取らない」と言って、9万円の受け取りを断ることもあります。そのときに使うのが供託です。家賃を払う場所を受け持つ法務局(供託所)に9万円を預けると、払ったのと同じ効果が生じます。毎月、支払日までに供託を続けることで、「家賃を払っていない」と言われるのを防げます。振込で払っている場合でも、口座を閉じられたり、振り込んだ額を返されたりしたら、供託に切り替えます。
話し合いでまとまらないとき、大家がいきなり裁判を起こすことはできません。家賃の増減の争いは、まず簡易裁判所に調停を申し立てる決まりです(調停前置、民事調停法24条の2)。調停では、調停委員が双方の言い分と資料を聞き、近所の家賃の水準や税金の増え方を手がかりに、間の額を探ります。そこでもまとまらなければ裁判になり、不動産鑑定士の鑑定で額が決まることもあります。
大家が値上げを求める通知を出す。借りる人と話し合い、合意すれば新しい家賃に決まる。まとまらなければ簡易裁判所の調停、それでもまとまらなければ裁判。決まるまでの間、借りる人は相当と認める額(ふつうは今の家賃9万円)を払えばよく、大家が受け取らなければ法務局に供託する。裁判で値上げが確定したら、不足分に年1割の利息を付けて払う。
借地借家法32条・民事調停法24条の2(2026年10月時点)。増額しない期間の特約があれば、その期間は値上げを求められません。
値上げを断ったら、次の更新で追い出されるのではないか、と心配する人もいます。普通借家契約で大家が更新を断るには「正当事由」が要り(借地借家法28条)、値上げに応じないことだけでは、ふつう正当事由になりません。反対に、定期借家契約(期間が来たら更新せずに終わる契約)で、家賃の改定の決まりを特約で定めているときは、32条ではなくその特約に従います(38条)。自分の契約がどちらなのかは、契約書の表題と、契約前に受け取った書面で確かめます。
話し合いの材料になるのは、近所の相場です。男性は、不動産の募集サイトで、同じ駅、同じくらいの広さ、築年数の近い2LDKを10件書き出しました。募集中の家賃は9万2,000円から10万5,000円で、真ん中あたりは9万6,000円。募集の家賃は、まだ決まっていない希望の額で、実際に決まる額はこれより低いこともあります。8年住み続けている部屋は、壁紙や設備も新しく募集される部屋より古いので、その分も差し引いて考えます。
男性は、大家に手紙で返事を出しました。来月からも9万円を払うこと、値上げの理由の資料を見せてほしいこと、更新のときに話し合いたいこと。大家からは、固定資産税が年2万円ほど上がった資料と、管理会社の相場の見立てが届きました。2回のやり取りで、来年春の更新から9万4,000円、更新料は今までどおり、という形でまとまりました。
2年間でいくら違うかを並べます。言われたとおり10万円にすると、1万円×24か月で24万円の負担増。話し合いの9万4,000円なら、4,000円×24か月で9万6,000円。引っ越す道も比べました。近くの9万2,000円の部屋に移ると、家賃は2,000円×24か月で4万8,000円増えるうえに、引っ越し代12万円、礼金9万2,000円、仲介手数料10万1,200円(家賃1か月分に消費税を足した額)がかかり、合わせて36万1,200円。表にすると、話し合いが一番軽くなりました。
| 項目 | 10万円を受け入れる | 話し合いで9万4,000円 | 9万2,000円の部屋へ引っ越す |
|---|---|---|---|
| 家賃の増え方(24か月) | 24万円 | 9万6,000円 | 4万8,000円 |
| 引っ越し代 | ― | ― | 12万円 |
| 礼金 | ― | ― | 9万2,000円 |
| 仲介手数料 | ― | ― | 10万1,200円 |
| 2年間の負担増の合計 | 24万円 | 9万6,000円 | 36万1,200円 |
もし調停と裁判に進み、1年後に9万6,000円と決まっていたら、と男性は聞きました。足りなかった分は月6,000円×12か月で7万2,000円、それに年1割の利息(月ごとに支払日から数えます)が約3,900円付きます。そのほかに、時間と手間がかかります。争うかどうかは、この額と手間を比べて決めることになります。
気をつけたいのは、通知を受け取ったあと、黙って新しい額を払い始めることです。一度でも10万円を振り込むと、値上げに合意したと受け取られることがあります。納得していないなら、今の額を払い続けながら、手紙やメールで「合意していない」ことを伝えておきます。口頭のやり取りだけだと、あとで言った・言わないになります。
反対の場面もあります。周りの家賃が下がったり、建物が古くなって設備が見劣りしたりしたときは、借りる人のほうから減額を求めることもできます(32条)。その場合も、話し合い、調停、裁判の順番は同じで、決まるまでは大家が相当と思う額を請求できます。値上げの話し合いの中で、エアコンの交換や壁紙の張り替えなど、部屋の手入れを条件にする交渉も、実際にはよく行われています。
「上げます、と書いてあったので、決まったことだと思っていました」。男性はそう言いました。通知は、大家の希望の表明です。今の家賃を払い続け、理由と相場を聞き、更新のときに話し合う。断られたら供託、まとまらなければ調停。順番を知っていれば、慌てて引っ越しを決めずに済みます。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-20
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-20 確認)。
- e-Gov法令検索「借地借家法」 ― 32条(借賃増減請求。協議が調わないあいだは相当と認める額を払えば足り、裁判で増額が確定したら不足額に年1割の利息を付けて払う。増額しない特約があればそれに従う)、28条(更新拒絶の正当事由)、38条(定期建物賃貸借で借賃の改定の特約があれば32条は適用しない)
- e-Gov法令検索「民事調停法」 ― 24条の2(建物の借賃の増減の請求は、訴えの前にまず調停を申し立てる)
- 法務省「供託」 ― 家主が家賃を受け取らないときに供託すると、支払ったのと同じ効果が生じる弁済供託