相続・手続き 2026-10-11

亡くなる前後に預金が引き出されていたら ― 取引履歴の取り方、民法906条の2、遺産分割で扱えるお金と扱えないお金

親の通帳を見たら、亡くなる前の一年と亡くなった翌日に、まとまったお金が引き出されていた。まずは金融機関から取引履歴を取ります。相続人の一人でも請求できます。亡くなった後の引き出しは、民法906条の2で、引き出した人の同意がなくても遺産に戻して分けられます。亡くなる前の引き出しは、親のために使ったのか、贈与か、無断で使ったのかで扱いが三つに分かれます。相続人二人、預金1,250万円の家の例で、取り分を金額で計算します。

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この記事の位置: 亡くなる前にできること → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → [分け方を決める] → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)

「母が亡くなって通帳を見たら、亡くなる前の一年で約600万円、亡くなった翌日にも50万円が引き出されていました。母と同居していた兄がやったんだと思います。取り戻せますか」。50代の次男の相談でした。父はすでに亡く、相続人は長男と次男の二人。亡くなった日の母の預金は1,250万円、いまの残高は1,200万円です。この記事は、引き出されたお金を「亡くなる前」と「亡くなった後」に分けて、それぞれどう扱うかを書いたものです。私は行政書士として、争いになる前の資料集めと、話がまとまったあとの遺産分割協議書づくりを手伝っています。

最初にするのは、事実を集めることです。通帳の記帳だけでは、いつ、どこで、どうやって引き出されたかまでは分かりません。金融機関に「取引履歴(取引明細)」を請求します。相続人の一人でも、ほかの相続人の同意なしに請求できます(最高裁2009年1月22日判決)。必要なのは、亡くなったことが分かる戸籍、自分が相続人だと分かる戸籍、本人確認書類などで、手数料と遡れる年数は金融機関ごとに違います。窓口での払い戻しなら、払戻請求書の写しで筆跡を確かめられることがあります。ATMなら、日時と場所が分かります。

取引履歴を受け取ったら、見るところは三つです。一つ目は日付で、入院した日、施設に入った日、亡くなった日と並べます。二つ目は引き出し方で、窓口、ATM、振込のどれか。振込なら、振込先の名前が出ます。三つ目は金額のまとまり方で、毎月同じ額なら生活費や施設の費用の可能性が高く、一度に大きな額なら、何に使ったかを聞く必要があります。この三つで表を作ると、話し合いの席で「いつ、いくら」を指さしながら話せます。

亡くなった「後」の引き出しは、扱いがはっきりしています。2019年7月に始まった民法906条の2で、遺産分割の前に遺産が処分されても、相続人全員の同意があれば、その財産が遺産分割の時にまだあるものとして分けられます(1項)。そして、引き出した相続人本人の同意は要りません(2項)。つまり、兄が「同意しない」と言っても、次男の同意だけで、50万円を遺産に戻して計算できます。兄が引き出した50万円は、「兄がもう受け取った分」として差し引かれます。葬儀費用など、相続人みんなのために使ったと領収書で示せるなら、その分は別に精算します。仮払い制度で正式に払い戻したお金も、遺産分割で「先に受け取った分」として整理されます(909条の2。仮払いの仕組みは預貯金の記事に書きました)。

亡くなる「前」の引き出しは、三つに分かれます。一つ目は、母のために使ったお金。生活費、医療費、施設の費用です。これは問題になりません。二つ目は、母が兄にあげたお金(贈与)。生前の大きな贈与は「特別受益」として、遺産分割で兄の取り分から差し引いて考えられます(903条)。三つ目は、母の知らないうちに兄が自分のために使ったお金。これは、母が兄に対して持っていた「返してほしい」という権利になり、それを相続人が相続分に応じて引き継ぎます。この三つ目は、厳密には遺産分割の対象ではありません。相続人全員が合意すれば遺産分割調停や協議の中で一緒に整理できますが、兄が使い込みを認めなければ、地方裁判所での訴訟になります。

引き出されたお金の分け方 ― 亡くなる前は三つ、亡くなった後は906条の2
引き出されたお金の分け方 ― 亡くなる前は三つ、亡くなった後は906条の2亡くなった日を境に、引き出されたお金を分ける。亡くなる前の引き出し600万円は、母のために使った420万円(問題にならない)、母から兄への贈与100万円(特別受益として兄の取り分から差し引く)、説明のつかない80万円(母の返還請求権を相続分で引き継ぐ。全員が合意しなければ遺産分割では扱えず訴訟)の三つに分かれる。亡くなった後の引き出し50万円は、民法906条の2により、引き出した本人の同意がなくても遺産に戻して分けられる。 亡くなった日亡くなった日 亡くなる前の引き出し 600万円亡くなる前の引き出し 600万円 母のため母のため ¥ 420万円 問題にならない問題にならない 贈与贈与 ¥ 100万円 特別受益特別受益 説明なし説明なし ¥ 80万円 返還請求返還請求 (合意か訴訟)(合意か訴訟) 亡くなった後 50万円亡くなった後 50万円 ¥ 50万円 906条の2906条の2 遺産に戻して分ける遺産に戻して分ける 引き出した本人の同意は不要引き出した本人の同意は不要 資料: 領収書・取引履歴・誰が通帳を管理していたか資料: 領収書・取引履歴・誰が通帳を管理していたか

亡くなった日を境に、引き出されたお金を分ける。亡くなる前の引き出し600万円は、母のために使った420万円(問題にならない)、母から兄への贈与100万円(特別受益として兄の取り分から差し引く)、説明のつかない80万円(母の返還請求権を相続分で引き継ぐ。全員が合意しなければ遺産分割では扱えず訴訟)の三つに分かれる。亡くなった後の引き出し50万円は、民法906条の2により、引き出した本人の同意がなくても遺産に戻して分けられる。

分かれ目は、資料です。施設や病院の領収書と、引き出した日付・金額が合うか。母の通帳とカードを誰が管理していたか。母が当時、自分でお金の判断ができる状態だったか(介護保険の認定の資料、主治医の意見書)。大きな額が、母の入院中や、判断が難しくなった時期に集中していないか。こうした資料を並べると、多くの場合、「説明がつくお金」と「説明がつかないお金」に分かれていきます。

同居して親の世話をしていた側から見ると、話は違って見えます。通帳を預かって、買い物や病院の支払いを毎日していた人ほど、一枚一枚の領収書を残していないものです。「疑われるくらいなら、最初から言ってほしかった」という声も、何度も聞きました。親のお金を預かっているなら、領収書を封筒に月ごとにまとめ、簡単な出納のメモを残しておく。それが、亡くなった後に自分を守る一番の資料になります。介護で親の財産の維持に特別な貢献をした場合には、寄与分を主張できることもあります(特別受益と寄与分の記事に書きました)。

期限にも気をつけてください。使い込みの返還を求める権利には時効があり、何年も前の分ほど難しくなります。また、2023年4月からは、亡くなってから10年を過ぎた遺産分割では、原則として特別受益や寄与分を主張できなくなりました(904条の3。10年以内に家庭裁判所に遺産分割を申し立てていれば別です)。「落ち着いてから」と何年も放っておくと、主張できること自体が減っていきます。

この家の場合です。次男が二つの銀行から取引履歴を取り、兄にも話を聞きました。亡くなる前の600万円は、施設と病院の支払いに使ったもの420万円(領収書あり)、母が兄の車の買い替えに援助したもの100万円(兄も認めました)、兄が説明できなかったもの80万円、に分かれました。420万円+100万円+80万円で600万円です。亡くなった翌日の50万円は、兄が自分の口座に移していたものでした。

計算です。亡くなった日の預金1,250万円(翌日の50万円は906条の2で遺産に戻すので、この額で数えます)に、特別受益の100万円を足した1,350万円を、二人で半分ずつ、675万円が基準です。兄は、そこから特別受益100万円と、もう受け取った50万円を差し引いて525万円。次男は675万円。525万円+675万円で、いまの残高1,200万円と一致します。説明のつかない80万円については、兄が返すことを認めたので、次男の相続分2分の1にあたる40万円を、兄が残高から次男に渡す形で協議書に書きました。最終的に、残高1,200万円のうち兄485万円、次男715万円。485万円+715万円で1,200万円です。調停には行かずに済みました。

この家の計算(相続人は長男・次男の二人、法定相続分は各2分の1)
項目長男次男合計
計算の土台(1,250万円+特別受益100万円=1,350万円)の半分675万円675万円1,350万円
特別受益(車の援助)を差し引く−100万円−100万円
亡くなった翌日に受け取った分を差し引く−50万円−50万円
残高から受け取る額525万円675万円1,200万円
説明のつかない80万円のうち次男の相続分(2分の1)−40万円+40万円0円
最終的に残高から受け取る額485万円715万円1,200万円

引き出されたお金は、感情で話すと終わりません。取引履歴で事実をそろえ、亡くなった後のお金は906条の2で戻し、亡くなる前のお金は三つに分ける。この記事の図は、その分け方を一枚にしたものです。争いが深くなり、相手が認めない場合の交渉や訴訟は弁護士の仕事になります。その前に、まず取引履歴を取ってください。話し合いは、そこから始まります。

執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-11

この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。

参考(公式)

この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-11 確認)。

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