相続・手続き 2026-10-10
相続人でない人に財産を残す「遺贈」 ― 包括と特定の違い、相続税の2割加算、登記の税金は5倍、遺言執行者を決めておく理由
相続人でない人(亡き夫の甥、世話をしてくれた知人、内縁の相手)は、遺言がなければ一円も受け取れません。遺言で渡すのが遺贈で、割合で渡す包括遺贈と、物を決めて渡す特定遺贈があります。受け取る側は相続税が2割増し、不動産なら登録免許税が相続の5倍、相続人以外への特定遺贈には不動産取得税もかかります。登記と預金の解約には相続人全員の協力か遺言執行者が要るので、遺言で執行者を決めておく。遺産6,000万円の家で、妹と亡き夫の甥に分けたときの相続税を電卓で出し、税理士に相談する前に当たりをつける順番を書きます。
この記事の位置: [亡くなる前にできること] → 亡くなってすぐ(3か月まで) → 相続人と財産を確定する → 分け方を決める → 名義を変える・税金(10か月〜3年) → 相続した財産をどうするか → 状況別(当てはまる方だけ)
「夫の甥に、預金を残したいんです」。80代の女性でした。子はなく、夫は十年前に亡くなり、相続人は妹が一人。夫の甥は相続人ではありませんが、この十年、通院の送り迎えと家の修理を引き受けてきた人です。「遺言に書けば渡せますか。妹は怒りますか。甥に迷惑はかかりませんか」。三つの質問に、順番に答えた記事です。2026年10月には、99歳で亡くなった女性が1億円近い預金を夫側の甥に遺贈した、という話も報じられていました。同じ形の相談は、珍しくありません。
相続人でない人は、遺言がなければ、どれだけ世話をしても一円も受け取れません。遺言で財産を渡すことを「遺贈」、受け取る人を「受遺者」といいます。民法964条は、遺言者は「包括又は特定の名義で」財産の全部または一部を処分できる、と書いています。この「包括」と「特定」が、受け取る側の負担を大きく変えます。
包括遺贈は、「遺産の3分の1を甥に」のように割合で渡す形です。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を持つ(990条)ので、借金があればその割合で引き継ぎ、ほかの相続人との遺産分割協議にも加わります。要らないときは、相続放棄と同じように家庭裁判所に申し出る必要があります。特定遺贈は、「○○銀行の預金を甥に」「この土地を甥に」のように物を決めて渡す形です。受遺者はその物だけを受け取り、借金は引き継ぎません。要らなければ、遺言執行者か相続人に「放棄する」と伝えればよく、期限はありません(986条)。相続人でない人に残すなら、受け取る側の負担が軽い特定遺贈のほうが向いています。
| 包括遺贈 | 特定遺贈 | |
|---|---|---|
| 書き方 | 「遺産の3分の1を甥に」(割合) | 「○○銀行の預金を甥に」(物を決める) |
| 借金 | 割合で引き継ぐ | 引き継がない |
| 遺産分割協議 | 加わる | 加わらない |
| 要らないとき | 家庭裁判所に申し出る(相続放棄と同じ扱い) | 執行者か相続人に伝える。期限なし |
| 不動産取得税 | かからない | 相続人以外が受け取るとかかる |
妹は怒るか、は法律の問題としては「遺留分があるか」です。遺留分は、遺言でも奪えない最低限の取り分で、配偶者・子・親にあります。兄弟姉妹にはありません(1042条)。この家の相続人は妹なので、妹が遺留分を請求することはできません。もし相続人に子や配偶者がいる家で相続人でない人に遺贈をすると、受遺者は遺留分侵害額の請求を受け、受贈者より先に負担します(1046条・1047条)。遺留分の仕組みは、遺留分の基本の記事に書きました。
甥に迷惑はかかるか、は税金の問題です。三つあります。一つ目は相続税。基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人の数で、受遺者は人数に入りません。受遺者が財産を受け取れば、相続人でなくても相続税の申告の対象になります。二つ目は2割加算。配偶者と一親等の血族(親・子。代襲相続人になった孫を含む)以外の人は、相続税額が2割増しになります(国税庁 No.4157)。甥は加算の対象です。実は妹も、兄弟姉妹は一親等ではないので、加算の対象です。三つ目は、不動産を遺贈する場合の登記と取得の税金で、後で書きます。
相続税を電卓で出します。架空の家で、遺産は預金4,000万円と自宅2,000万円(相続税の評価額)、合計6,000万円。遺言は、夫の甥に預金のうち3,000万円を特定遺贈、妹に自宅と残りの預金1,000万円。法定相続人は妹一人なので、基礎控除は3,000万円+600万円×1人=3,600万円。課税される遺産は6,000万円-3,600万円=2,400万円。これを法定相続分(妹が全部)で分けたとして税率を当てると、2,400万円×15パーセント-50万円=310万円。この310万円を、実際に受け取った割合で分けます。甥は6,000万円のうち3,000万円で50パーセント、155万円。妹も50パーセントで155万円。二人とも2割加算なので、155万円×1.2=186万円ずつ、合計372万円。甥は預金で受け取るので、そこから納められます。不動産だけを遺贈すると、納税の現金がない、という問題が起きます。
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 遺産の合計 | 預金4,000万円+自宅2,000万円 | 6,000万円 |
| 基礎控除 | 3,000万円+600万円×1人(受遺者は数えない) | 3,600万円 |
| 課税される遺産 | 6,000万円-3,600万円 | 2,400万円 |
| 相続税の総額 | 2,400万円×15パーセント-50万円 | 310万円 |
| 甥(預金3,000万円=50パーセント) | 155万円×1.2(2割加算) | 186万円 |
| 妹(自宅と預金1,000万円=50パーセント) | 155万円×1.2(兄弟姉妹も加算) | 186万円 |
| 二人の合計 | 372万円 |
不動産を遺贈する場合の税金を書きます。登録免許税は、相続と相続人への遺贈が評価額の1,000分の4、相続人以外への遺贈は「その他の原因」として1,000分の20です(国税庁 No.7191)。評価額2,000万円の家なら、妹が受け取れば8万円、甥が受け取れば40万円。5倍です。不動産取得税は、相続と包括遺贈、相続人への遺贈には課されません(地方税法73条の7)。相続人以外への特定遺贈には課されます。標準税率は4パーセントで、土地と住宅には期限つきの軽減税率があります。この家で甥に自宅を渡すなら、登録免許税40万円に不動産取得税が加わり、妹に渡すなら登録免許税8万円で不動産取得税はかからない。だからこの家では、甥には預金、妹には自宅、という分け方にしました。
手続きの話です。相続人以外への遺贈で不動産の名義を移す登記は、受遺者と相続人全員(または遺言執行者)が一緒に申請します。相続人への遺贈は2023年4月から受遺者一人で申請できるようになりましたが(不動産登記法63条3項)、相続人以外への遺贈はそのままです。つまり、妹が協力しなければ、甥は登記ができません。預金の解約も同じで、銀行は相続人全員の署名か、遺言執行者の署名を求めます。これを解く鍵が遺言執行者です。遺言で執行者を決めておけば、遺贈の履行は執行者だけが行い(1012条2項)、相続人の協力なしに登記と解約を進められます。執行者は受遺者本人でもかまいません。遺言執行者の記事に、指定の書き方を書きました。
遺言者が、相続人である妹に自宅を、相続人でない夫の甥に預金を遺贈した場合。どちらも相続税は2割加算。不動産を受け取るとき、妹なら登録免許税は1,000分の4で不動産取得税なし、甥なら1,000分の20で不動産取得税あり。甥への登記や預金の解約は相続人の協力か遺言執行者が要るので、遺言で執行者を決めておく。兄弟姉妹に遺留分はないので、妹から遺留分の請求はない。
遺言の形は、公正証書遺言が無難です。検認が要らず、執行者の指定を書き、預金は「○○銀行○○支店の普通預金 口座番号○○」と口座で特定します(残高は書きません。亡くなるときの残高が渡ります)。そして付言事項に、なぜ甥に残すのかを書きます。妹に向けた説明です。法的な効力はありませんが、争いを減らすのは、この一段落であることが多い。付言事項の記事に書きました。
この女性の場合。公正証書遺言で、夫の甥に預金3,000万円を特定遺贈、残りの預金と自宅を妹に、遺言執行者は甥、付言に「十年の送り迎えへの礼」と書きました。公証人の手数料は受け取る人ごとの財産の額で決まり、3,000万円が二人で23,000円×2、遺言全体が1億円以下なので遺言加算11,000円、合わせて57,000円に証書の枚数分が加わって6万円前後でした(2026年10月時点、公証人手数料令の表による)。妹には生前に、遺言の内容を本人の口から話しました。「甥さんなら納得する」という返事だったそうです。
遺贈は、遺言に「渡す」と書くだけでは終わりません。受け取る人の相続税が2割増え、不動産なら登記の税金が5倍になり、手続きには相続人の協力か遺言執行者が要る。だから遺言を書くときは、「誰に何を」のあとに、「受け取った人が一人で動けるか」「現金で税金を払えるか」を考えます。この記事の図は、相続人と受遺者で、何がどう変わるかを一枚にしたものです。相続税の額は税理士に、登記は司法書士に確かめるとして、その前に電卓で当たりをつけてください。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-10
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-10 確認)。
- e-Gov法令検索「民法」 ― 964条(包括遺贈と特定遺贈)、986条(特定遺贈の放棄はいつでもできる)、990条(包括受遺者は相続人と同一の権利義務)、1012条(遺言執行者がいれば遺贈の履行は執行者のみが行う)、1042条(兄弟姉妹に遺留分はない)、1046条・1047条(遺留分侵害額の請求と受遺者の負担)
- 国税庁 タックスアンサー No.4157「相続税額の2割加算」 ― 配偶者と一親等の血族(代襲相続人の孫を含む)以外の人が財産を取得した場合、その人の相続税額に2割を加算する
- 国税庁 タックスアンサー No.7191「登録免許税の税額表」 ― 土地の所有権移転登記の税率。相続(相続人への遺贈を含む)は1,000分の4、その他の原因は1,000分の20。相続人以外への遺贈は「相続」の区分に入らない