土地・不動産 2026-10-23
賃貸の退去で敷金はいくら返るか ― 普通に暮らした汚れは貸主の負担、壁紙は6年で1円、精算書の明細を一行ずつ確かめる
4年住んだワンルームを出たら、敷金12万円のうち返ってくるのは8,500円、という精算書が届きました。壁紙の全面張替え、床の補修、鍵の交換。民法621条と622条の2、国交省の原状回復ガイドラインに照らすと、借主の負担は壁紙一面分の3分の1とクリーニング特約の分で、返る額は8万3,667円になりました。通常損耗と借主の傷の分け方、経過年数の計算、特約が有効になる条件、立会いと写真、話がつかないときの相談先を書きます。
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「敷金12万円のうち、返ってくるのは8,500円だそうです。こんなものでしょうか」。20代の男性が、管理会社から届いた退去精算書を持って相談に来ました。家賃6万円のワンルームに4年住み、引っ越したばかり。精算書には、壁紙の全面張替え4万円、ハウスクリーニング3万3,000円、フローリングの補修2万2,000円、鍵の交換1万6,500円、合わせて11万1,500円とありました(金額はすべて税込)。
まず決まりを確かめます。民法621条は、借りた人は部屋を元に戻す義務(原状回復)を負うが、普通に住んでいて生じた汚れや傷み(通常損耗)と、年月がたって自然に古びた分(経年変化)は除く、と書いています。2020年4月の改正で、それまで裁判例と国のガイドラインで示されていた考え方が、条文になりました。敷金については民法622条の2が、部屋を明け渡したら、未払いの家賃などを引いた残りを返す、と決めています。
では、何が通常損耗か。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(2011年8月の再改訂版)が、例を挙げて分けています。家具を置いた床のへこみ、冷蔵庫の裏の壁の黒ずみ(電気ヤケ)、日焼けによる壁紙の変色、画びょうの小さな穴は、普通に暮らせばできるもので、貸主の負担です。たばこのヤニ、物をぶつけて開けた穴、掃除をしなかったための汚れは、借主の負担になりえます。鍵の交換は、借主が鍵をなくしたり壊したりしていなければ、次の人を迎えるための費用として貸主の負担です。
借主の傷でも、全額を払うわけではありません。壁紙は、時間とともに価値が下がるものとして扱い、ガイドラインでは6年で価値が1円になると考えます。新品の壁紙の部屋に4年住んだなら、残っている価値は6年のうち2年分、つまり3分の1です。借主が払うのは張替え費用の3分の1になります。また、張り替える範囲は傷のある面の分までで、部屋全部の張替えを借主の負担にはしない、とされています。
借主の負担割合:入居時 100%、1年 83%、2年 67%、3年 50%、4年 33%、5年 17%、6年 0%
国土交通省のガイドライン(2011年8月再改訂版)の、6年で残存価値1円とする考え方を直線で示したもの。6年の時点は1円で、図では0%と表示しています。わざと汚した・落書きをしたなどの場合は、年数を過ぎても費用を負担することがあります。
ハウスクリーニングは、普通に掃除して出ていけば本来は貸主の負担です。ただし契約に「退去時のクリーニング費用は借主の負担」という特約があり、①負担する中身と金額が書かれている、②本来は貸主の負担の分まで借主が持つことが説明されている、③金額が妥当、という条件を満たせば、特約は有効と考えられています。
男性の部屋に当てはめます。壁紙は、ベッドを動かしたときにぶつけた穴が一面(10平方メートル)にあり、これは借主の傷です。精算書の単価は1平方メートル1,000円なので、一面の張替えは1万円、4年住んだので3分の1の3,333円(1円未満は切り捨て)が男性の負担です。ほかの三面は日焼けの変色だけで、貸主の負担。クリーニングは、契約書に「3万3,000円(税込)を借主の負担とする」と書かれ、契約のときに説明を受けていたので、男性の負担です。フローリングの補修は冷蔵庫と机の脚のへこみで通常損耗、鍵の交換は鍵をなくしていないので、どちらも貸主の負担でした。
精算はこうなりました。男性の負担は3,333円と3万3,000円で3万6,333円。敷金12万円から引いて、返る額は8万3,667円です。最初の精算書より7万5,167円多く返ってきました。男性は管理会社に、ガイドラインの該当箇所と、入居時と退去時の写真を添えて、明細の説明を求める手紙を送り、2週間後に修正された精算書が届きました。ガイドラインは、貸主には敷金から引く費用を説明する責任があり、借主は明細を求められる、としています。
| 項目 | 最初の精算書 | ガイドラインに照らした額 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 壁紙 | 4万円(全面40㎡) | 3,333円 | 傷のある一面10㎡×1,000円=1万円の3分の1(4年住んだ) |
| ハウスクリーニング | 3万3,000円 | 3万3,000円 | 金額を明記した特約があり、説明も受けていた |
| フローリング補修 | 2万2,000円 | 0円 | 家具のへこみは通常損耗 |
| 鍵の交換 | 1万6,500円 | 0円 | 鍵をなくしていない |
| 借主の負担の合計 | 11万1,500円 | 3万6,333円 | |
| 敷金から返る額(12万円−合計) | 8,500円 | 8万3,667円 | 差は7万5,167円 |
話し合いで決まらないときは、消費者ホットライン188で近くの消費生活センターにつなぐか、簡易裁判所の少額訴訟(60万円以下のお金の請求を、原則1回の期日で審理する手続き)を考えます。手続きの前に、写真と契約書、精算書、やり取りの記録をそろえておきます。
立会いの場面にも気をつけます。退去の日、管理会社の担当者と部屋を回り、傷を一つずつ確かめます。その場で費用の負担を確認する書面に署名を求められることがありますが、金額が空欄の書面や、納得していない書面には署名しないでおきます。「持ち帰って確認します」と言えば足ります。男性はこのとき署名しておらず、それがあとの話し合いを楽にしました。
写真の撮り方も書いておきます。部屋の四隅から全体を一枚ずつ、壁の四面、床、天井、水回り。傷や汚れは、ペンや定規を横に置いて大きさが分かるように撮ります。スマートフォンの写真には撮影日が残るので、日付の入った記録になります。男性は入居の日の写真を撮っていませんでしたが、退去の前日に撮った写真で、三面の壁には日焼けの変色しかなく、穴が無いことを示せました。
敷金を取らない契約や、退去のときに決まった額を差し引く特約(敷引き、償却)のある契約もあります。こうした特約も、契約書に金額が書かれ、説明を受けていれば、有効とされることが多いものです。ただ、額が高すぎると争いになります。契約の前に、特約の金額を家賃の何か月分かに直して、ほかの部屋と比べておくと判断しやすくなります。
精算書の読み方も書いておきます。各行に「どの傷の、何平方メートル分の、単価いくらか」が書いてあるかを見ます。この男性の最初の精算書は「クロス張替え 一式 4万円」の一行でした。明細を求めると、全面40平方メートル×単価1,000円と分かり、そこで初めて、傷の無い三面まで借主の負担にしていたことが見えました。「一式」とある行は、面積と単価を出してもらうと、どこまでを借主の負担にしているかが分かります。ガイドラインには精算明細書のひな形も付いているので、それに沿って書いてほしいと頼むと、話が具体的になります。
私は宅建士として、賃貸の契約の前に重要事項を説明する側にもいます。退去のもめごとは、入るときに決まっています。入居の日に、部屋の傷を日付入りで写真に撮る。契約書の特約の欄を、金額まで読む。退去の立会いでは、その場で精算の書面に署名を急がない。この三つで、出ていくときに話がずれにくくなります。入居の日の写真は、退去の精算が終わるまで消さずに残しておきます。スマートフォンを買い替えるときも、写真だけは移しておきます。
敷金は、貸主に預けたお金です。普通に暮らした分は貸主の負担、自分の傷は年数を引いた分だけ。精算書を一行ずつ、この二つの物差しで読み直すと、払うべき額が見えてきます。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-23
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-23 確認)。
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」 ― 2011年8月の再改訂版。通常の損耗・経年変化は貸主の負担、壁紙(クロス)は6年で残存価値1円とする経過年数の考え方、張替えは毀損した面の単位
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の再改訂について(概要) ― 残存価値割合を10%から1円へ変更。クリーニング特約が有効になる条件(負担の範囲・金額の明記と説明、費用の妥当性)。借主は原状回復費用の明細を求めて説明を求められる
- e-Gov法令検索「民法」 ― 621条(借主の原状回復義務。通常の使用による損耗と経年変化は除く)、622条の2(敷金は、明け渡しを受けたときに未払いの債務を引いた残りを返す)