探偵・調査 2026-10-17
匿名の書き込みの相手を知りたい ― 発信者情報開示命令は裁判所の手続き、探偵が調べられない理由
口コミサイトやSNSの匿名の書き込みで傷つけられたとき、「探偵なら誰が書いたか分かるはず」と考える人は少なくありません。けれども、書いた人の情報を持つ運営会社や携帯電話会社は、通信の秘密で探偵には答えません。正面の道は、情報流通プラットフォーム対処法の発信者情報開示命令です。開示の条件、二段階を一つにした手続き、記録が消える前に残す証拠、削除という別の道を、美容室の口コミに悩んだ人の実際の見積りで書きます。
この記事の位置: 依頼する前に知っておくこと → 所在を調べる → [証拠を集める]
「探偵さんなら、誰が書いたか突き止められますよね」。40代の女性は、美容室を一人で営んでいます。地図サイトの口コミに、半年で3件、似た書き込みがありました。「カラーで頭皮がただれた」「客の悪口を言っている」。どれも身に覚えがなく、予約が週に3件ほど減った、と言います。私は2002年から探偵業を営んでいて、今年で24年目になりますが、この相談には毎回同じ答えをしています。「書いた人を知る道は、探偵ではなく、裁判所の手続きの中にあります」。
理由は、書いた人の情報を持っているのが、サイトの運営会社と、書いた人が使った携帯電話会社やプロバイダ(インターネットにつなぐ会社)だからです。この情報は通信の秘密で守られていて、探偵が問い合わせても答えは返ってきません。探偵業法の記事に書いたとおり、探偵の調査は聞込み・尾行・張込みといった方法で行うもので、届出をしても、ほかの法律で禁じられたことができるようになるわけではありません。運営会社の社員から聞き出すような方法は、論外です。
正面の道は、情報流通プラットフォーム対処法です。2025年4月に、旧プロバイダ責任制限法から名前が変わりました。書き込みで権利を侵害されたとする人は、運営会社などに、書いた人の情報(発信者情報)の開示を求められます(5条)。条件は二つで、書き込みで権利が侵害されたことが明らかなこと、そして損害賠償の請求のためなど、開示を受ける正当な理由があることです。「悪口を書かれて不快だ」だけでは足りず、事実と違うことを書かれて社会的な評価が下がった(名誉毀損)、といった権利の侵害が要ります。「接客が冷たかった」のような感想や評価は、書く側の表現の自由もあるので、権利の侵害が明らかとまでは言いにくいことが多いです。
運営会社が自分から開示することは多くないので、実際には裁判所に「発信者情報開示命令」を申し立てます(8条)。2022年10月に始まった手続きで、要は、二段階を一つの流れで進められることです。一段目、裁判所が運営会社に、書き込みに使われた通信の記録(IPアドレスなど)から分かる携帯電話会社やプロバイダの名前を、申し立てた人に知らせるよう命じる(提供命令、15条)。二段目、その携帯電話会社などにも申立てを広げ、契約者の氏名と住所の開示を求める。手続きの途中で記録が消されないよう、消去禁止命令(16条)もあります。
書いた人が投稿すると、サイトの運営会社にはIPアドレスと投稿日時が、携帯電話会社やプロバイダには契約者の氏名と住所が残る。申し立てた人は裁判所に申し立て、裁判所は一段目に運営会社へ提供命令を出して携帯電話会社などの名前を知らせさせ、二段目に携帯電話会社などへ開示命令を出して氏名と住所を開示させる。探偵が問い合わせても、通信の秘密があるので答えは返ってこない。
通信の記録は時間がたつと消えることがあります。書き込みに気づいたら、URLと日時が写るように保存します(2026年10月時点)。
急ぐ理由があります。携帯電話会社などの通信の記録は、いつまでも残っているわけではありません。書き込みから時間がたつと記録が消えて、二段目で止まることがあります。だから、気づいたらすぐに証拠を残します。書き込みのURL、投稿日時、投稿者の表示名、書き込みの全文。スマートフォンのスクリーンショットは、URLと日時が一緒に写るようにし、パソコンならページを印刷してPDFにも保存します。同じ人が書いたと思う書き込みがいくつもあれば、一覧表にまとめます。
書いた人を知る前に、まず消すという道もあります。地図サイトや大きなSNSには、口コミや投稿の削除を求める窓口があり、2025年4月からは、大規模なプラットフォーム事業者に、削除の申出に対応する体制を整えることなどが義務になりました。どう求めればいいか分からないときは、総務省の委託事業の「違法・有害情報相談センター」で助言を受けられます。削除はお金をかけずに求められますが、書いた人は分からないままです。
この女性の場合のお金です。弁護士の法律相談は30分5,500円(税込)。見積りは、開示命令で書いた人の氏名と住所が分かるところまでで、着手金と報酬を合わせて税込44万円、そのあとの損害賠償の請求は別、というものでした。ほかに裁判所に納める手数料と郵便代がかかります。減った予約は週に3件、1回の平均の代金は8,000円なので、月に4週と数えると、売上は月に約9万6,000円減っていた計算です(3件×8,000円×4週)。開示まで進むと、5か月分ほどの減収と同じ額を、先に払うことになります。
| 道 | 費用 | 分かること・変わること |
|---|---|---|
| 削除を求めるだけ | 0円 | 書き込みが消えることがある。書いた人は分からない |
| 弁護士への法律相談 | 5,500円(30分) | 開示が認められそうか、どの書き込みが対象になるか |
| 開示命令で氏名・住所まで | 44万円+裁判所の手数料・郵便代 | 書いた人の氏名と住所 |
| 比べる数字:減った売上 | 月に約9万6,000円 | 3件×8,000円×4週 |
女性が選んだのは、まず証拠を残し、弁護士に相談することでした。弁護士の見立ては、「頭皮がただれた」は具体的な事実を書いたもので、事実と違うなら権利の侵害と認められる見込みがある、残りの2件は感想の範囲と見られるかもしれない、というものでした。女性は3件の削除を求め、2件は消え、1件は「ガイドラインに違反しない」として残りました。残ったのは、ちょうど「頭皮がただれた」の1件です。女性は今、この1件について開示命令を申し立てるかを考えています。書いた人が分かって損害賠償を求めても、44万円がそのまま戻るとは限らないからです。
探偵が役に立てる場面もあります。開示で分かった住所に本人が今も住んでいるかを確かめる所在調査や、話し合いや訴えのために事実を確かめる調査です。どれも、開示という法律の手続きのあとに来る仕事です。反対に、「心当たりの人」を尾行して書き込みの時刻に何をしていたかを調べても、その人が書いたという証拠にはなりません。不倫相手の名前と住所を知る記事でも書いたとおり、人を特定するところは、法律の手続きに任せるのが近道です。
刑事の道もあります。名誉毀損罪や侮辱罪は、被害を受けた人の告訴がなければ起訴できない罪(親告罪)で、警察に相談して告訴状を出すことになります。告訴には、犯人を知った日から6か月以内という期限があります(刑事訴訟法235条)。ただ、警察がどこまで動くかは事案によるので、開示命令と並べて、弁護士に順番を相談するのが現実的です。
やってはいけないことも書いておきます。書いた人を自分で探そうとして、心当たりの人のSNSに問い詰める書き込みをすると、今度は自分が名誉毀損を問われるおそれがあります。店の口コミなら、店の側から返信できるサイトもあるので、返信するときは「該当するご来店の記録が見当たりませんでした」のように、事実だけを短く書き、相手を推測で名指ししないことです。
「探偵に頼めば早いと思っていました」と女性は言いました。早く見えて、実は届かない道があります。匿名の書き込みについては、証拠を残す、消すか開示を求めるかを決める、そのあとに人を探す、という順番です。最初の一歩は、今日のうちにスクリーンショットを撮ることです。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-17
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。
参考(公式)
この記事の制度と数字は、次の一次情報で確かめられます(2026-10-17 確認)。
- e-Gov法令検索「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」 ― 5条(発信者情報の開示請求の条件)、8条(発信者情報開示命令)、15条(提供命令)、16条(消去禁止命令)
- 総務省「インターネット上の違法・有害情報に対する対応(情報流通プラットフォーム対処法)」 ― 2025年4月1日に旧プロバイダ責任制限法から改称・改正。大規模プラットフォーム事業者の削除対応の義務
- 違法・有害情報相談センター ― 総務省の委託事業。削除の求め方や投稿者の特定の方法について助言する窓口