離婚・家族 2026-09-12
不貞の慰謝料 ― 相場、証拠になるもの・ならないもの、時効、相手方への請求
配偶者の不貞(肉体関係を伴う不倫)は、離婚原因であり、慰謝料の対象です。相場は、離婚に至る場合で100〜300万円、離婚しない場合はそれより低い帯。証拠として通用するのは、肉体関係を推認させるもの(ホテルの出入りの写真、明確なやり取り、本人の自認書)で、食事や親しげな言葉だけでは足りません。配偶者だけでなく不貞相手にも請求できること、時効(知ってから3年)、求償、そして書面にするときの注意を整理します。
この記事の位置: 別居前・離婚を考え始めたら → [離婚の中身を決める] → 書面にする・届を出す → 離婚が成立したら → 離婚後の生活 → 状況別(当てはまる方だけ)
「証拠はあります」。そう言って、40代の女性が分厚いファイルを机に置きました。夫のスマートフォンから写した、相手の女性とのやり取りの画面。半年分で三百枚以上。「会いたい」「昨日は楽しかった」。読み終えて、私が最初に言ったのは「このファイルで、慰謝料は取れないかもしれません」でした。彼女は怒りませんでした。ただ、「じゃあ何なら証拠になるんですか」と聞きました。この記事は、その問いへの答えです。
離婚の相談で、感情が最も動くのが不貞です。相談の場では、感情の話を聞いたあと、制度の話に切り替えます。何が不貞に当たり、いくらが相場で、何が証拠になり、誰に請求できるか。この記事は、その制度の話だけを書きます。
法律上の「不貞行為」は、配偶者以外の人と自由な意思で肉体関係を持つことです。食事に行く、手をつなぐ、親しいメッセージを送る、だけでは、不貞行為には当たりません(婚姻関係を壊す行為として、別の形で問題になることはあります)。不貞行為は、民法の裁判上の離婚原因の一つで、同時に、婚姻関係を壊した不法行為として慰謝料の対象になります。
相場を書きます。裁判や調停での実務の目安として、不貞が原因で離婚に至る場合は100〜300万円、不貞があったが離婚しない(婚姻を続ける)場合は数十万〜100万円程度の帯です。額を左右するのは、婚姻期間の長さ、不貞の期間と回数、子の有無、不貞の結果(別居、離婚、相手の妊娠)、不貞をした側の態度と収入。協議で決める額は、この帯を土台に、相手が払える額との間で決まります。「1,000万円請求する」ことはできますが、認められる額とは別です。
証拠について書きます。慰謝料を請求し、相手が否定した場合、肉体関係があったことを請求する側が証明する必要があります。証拠として通用するのは、ラブホテルや相手の自宅への出入りが分かる写真や動画(探偵の調査報告書が典型)、肉体関係を明確に示すメッセージのやり取り、本人が不貞を認めた書面や録音、妊娠や性病の医療記録など。通用しにくいのは、食事やデートの写真だけ、「好き」といった言葉だけのメッセージ、伝聞。配偶者のスマートフォンを無断で見た記録は、証拠としては使われることがありますが、方法によっては別の問題(不正アクセスなど)を生むので、弁護士に相談してからにしてください。探偵の調査費用は、数十万円から100万円を超えることもあり、慰謝料の額と比べて決めます。
| なるもの(肉体関係を推認させる) | なりにくいもの |
|---|---|
| ホテル・相手宅への出入りの写真・動画(調査報告書) | 食事・デートの写真だけ |
| 肉体関係を明確に示すメッセージ | 「好き」などの言葉だけ |
| 本人が不貞を認めた書面・録音 | 伝聞、第三者の噂 |
| 妊娠・性病の医療記録 | 無断で入手した記録(方法によっては別の問題) |
請求できる相手は、二人です。不貞をした配偶者と、その相手(不貞相手)。二人は共同で不法行為をしたことになり、それぞれに全額を請求できます(合計で二倍もらえるわけではなく、どちらかから受け取れば、その分は他方に請求できません)。不貞相手に請求する場合、相手が「結婚していると知らなかった」と言えば、知らなかったことに落ち度がなければ責任を負わないので、既婚と知っていたことの証明が要ります。また、不貞相手が全額を払った場合、不貞相手は配偶者に対して負担の一部を求める(求償)ことができ、離婚しないで婚姻を続ける場合、その求償が家計に戻ってくる形になるので、不貞相手に請求するときは「求償しない」約束を合意書に入れるのが実務です。
時効があります。不貞と、その相手が誰かを知ったときから3年で、慰謝料の請求権は時効にかかります(知らなくても、不貞から20年)。「離婚してから請求しよう」と待っているうちに、不貞を知った日から3年が過ぎる、ということが起きます。離婚の慰謝料(不貞を含む離婚そのものについての慰謝料)は離婚の時から3年なので、少し違います。知った日を記録して、期限を意識してください。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 離婚に至る場合 | 100〜300万円の帯 |
| 離婚しない場合 | 数十万〜100万円程度 |
| 請求先 | 配偶者と不貞相手の両方(裁判で認められる額は合計で一つ。合意なら別々に決めることもある) |
| 時効 | 不貞と相手を知ったときから3年(不貞から20年)。内容証明での請求(催告)で延びるのは6か月だけ。配偶者への請求は、婚姻の解消から6か月は時効が完成しない(民法159条) |
| 合意書 | 額・期日・清算条項・接触禁止。分割なら公正証書に |
書面にするときの注意です。慰謝料の合意は、額、支払期日、分割の場合の回数、遅延のときの扱い、そして「これ以上請求しない」という清算条項を書き、額が大きい、または分割なら、公正証書の記事で書いた強制執行認諾文言を付けます。不貞相手との合意書には、「今後接触しない」という約束と、違反した場合の違約金を入れることもあります。ただし、違約金は高すぎると認められないので、常識的な額にします。
現場の続きです。三百枚のメッセージの中に、肉体関係を明確に示すものは一枚もありませんでした。「会いたい」は不貞の証明にはなりません。ただ、日付と場所の手がかりはありました。毎月第二金曜の夜に「明日の朝、いつもの駅で」というやり取りが半年続いていた。私は探偵の調査を勧め、費用は二日間で約40万円。調査報告書には、二人が同じホテルに入り、翌朝一緒に出てくるまでの写真が、時刻つきで並びました。この報告書一冊が、三百枚のファイルより重い証拠になりました。
もう一つ、時効を確かめました。彼女が夫の不貞を最初に知ったのは、相談の日から二年九か月前。相手の女性が誰かを知ったのも同じ頃です。慰謝料の請求権は、不貞と相手を知ってから3年で時効にかかるので、相手の女性への請求は残り三か月でした(夫への請求は、婚姻が続いている間は時効が完成しません。離婚した場合も、離婚から6か月は完成しません。民法159条)。離婚するかどうかを迷っている間に、時効が先に来るところでした。内容証明を相手に送って請求の意思を示し(催告)、時効の完成を6か月先に延ばしてから、話し合いに入りました。催告で延びるのは6か月だけで、繰り返しても延びません。その間に合意するか、裁判所の手続きを取る必要があります。
額はこう決まりました。婚姻18年、子二人、不貞の期間は約一年、夫の年収は600万円。離婚はしない、という彼女の選択でした。相場の帯は「離婚しない場合、数十万〜100万円」ですが、期間と回数、調査で分かった事実から、夫と相手の女性それぞれに150万円を請求し、最終的に夫から100万円、相手の女性から100万円で合意しました。合計200万円は相場の帯より高めですが、裁判で決まる額ではなく、双方が納得した合意の額です。相手の女性との合意書には、二つの条項を入れました。一つは「今後一切接触しない」。もう一つは「夫に求償しない」。求償の条項がないと、相手の女性が払った100万円の一部を夫に請求でき、離婚しない夫婦では、そのお金が家計から出ていくことになるからです。合意書は行政書士である私が作り、支払いは分割だったので公正証書にしました。
最後に。不貞の慰謝料の交渉は、相手(特に不貞相手)とのやり取りが感情的になりやすく、脅迫や名誉毀損の問題を起こしかねません。相手に直接連絡するのは避け、内容証明郵便で請求し、争いになれば弁護士に交渉を委ねる。行政書士は、合意ができたあとの合意書と公正証書の文案は作れますが、交渉は代理できません。証拠を整理して、時効を確かめて、相手に連絡する前に、専門家に一度話す。それが、この場面で失点しない順番です。
最後に彼女が言ったのは、「三百枚のファイルは無駄だったんですね」でした。無駄ではありません。日付と駅の手がかりがなければ、探偵は二日で写真を撮れなかった。ただ、ファイルは「証拠」ではなく「証拠を取るための地図」でした。不貞の慰謝料は、感情の量ではなく、証明できる事実と、時効までの日数で決まります。相手に連絡する前に、ファイルを持って、誰かに読んでもらってください。
執筆:長澤 湊(宅地建物取引士・行政書士・測量士補) 内容確認日:2026-10-02
この記事は制度と手続きの一般的な説明で、個別の事案についての法律・税務の相談や判断ではありません。制度や数字は内容確認日の時点のものです。ご自身の事案は、弁護士・司法書士・税理士・行政書士など、該当する専門家に確かめてください。