住みたい景色
北関東で探偵と行政書士をしている書き手のエッセイ。人を探す仕事の途中で、人生で初めて「ここに住みたい」と思う景色に出会った日の記録。
探し物をしていると、時々まったく別のものが見つかる。
あれは茂木町の仕事だった。
最初の依頼は人探しだった。
六十代の女性から、「姉を探してほしい」と言われた。
五十年前に両親が離婚し、姉は父親に、本人は母親に引き取られた。それ以来、一度も会っていない。母親が亡くなり、相続手続きが必要になった。だから姉を探してほしい。そういう依頼だった。
数日後、私は依頼者を助手席に乗せて水戸へ向かった。
五十年ぶりの再会。テレビなら泣きながら抱き合うのかもしれない。でも現実は少し違った。二人とも戸惑っていた。何を話していいのか分からない。五十年という時間は長すぎた。それでも二人は向かい合い、お互いの顔を見ていた。それだけで十分だったのかもしれない。
その後も仕事は続いた。今度は娘探し。さらに相続。さらに農地の整理。気がつけば私は茂木や益子の山の中を走り回っていた。
その日もそんな一日だった。ある家を探していた。住所は分かる。地図もある。でも場所が分からない。山道を行ったり来たりしながら困っていると、一軒の家が目に入った。
若い女性がいた。道を尋ねると親切に教えてくれた。神奈川から移住してきた陶芸家だった。益子焼を作っているという。家もまだ完成していない。庭には土。小さな子ども。作りかけの暮らし。そんな感じだった。
私は教えてもらった方向へ視線を向けた。そして言葉を失った。
そこに景色があった。人生で初めて見る種類の景色だった。
向こうにも山。こちらにも山。大きな山ではない。小さな山が幾重にも重なっている。
秋だった。紅葉が始まっていた。赤。黄色。橙。黄緑。深緑。色が折り重なっていた。
遠くの景色ではない。手が届きそうな距離にある。近い。近いから表情が見える。山の息づかいが見える。そんな気がした。
私はしばらく動けなかった。探し物の途中だった。仕事の途中だった。でもそんなことを忘れていた。ただ景色を見ていた。
そして思った。ここに住みたい。
人生で初めてだった。旅行先で「いい場所だな」と思うことはある。別荘が欲しいと思うこともある。でも、ここに住みたい。そう思ったことはなかった。
まだ家の値段も知らない。土地の相場も知らない。何も知らない。それなのに私はその陶芸家に聞いていた。「この辺、売り地ないですか?」
自分でも笑ってしまう。会って数分しか経っていない。それなのに家を探し始めている。それくらい、その景色は特別だった。
結局、私はそこに住んでいない。土地も買っていない。でも今でも覚えている。あの色。あの空気。あの距離感。そして、人生で初めて、住みたいと思った景色。
探していたのは人だった。見つけたのは景色だった。人生は時々そういうことをする。