せいくらべ

学習机の視点で書かれたエッセイ。足が床に届かなかった子が、やがて自分の手でねじをまわし、机より大きくなって家を出るまで。引き出しの奥には、青いクレヨンの空と、半分のシールと、小さな歯が残っている。

わたしのところへその子が来た日、その子の足は床に届かなかった。

いちばん低くした天板の前で、椅子によじのぼって、まるい頬をのせて、しばらくこちらの匂いを嗅いでいた。木の匂いだったのだろうと思う。わたしはまだ新しくて、人の手のあたたかさを、ひとつも知らなかった。

それから、わたしたちの長い背くらべが始まった。

最初の年、その子はわたしの上で絵ばかり描いていた。クレヨンはよく天板からはみ出して、いまもわたしの隅には、空の色だったらしい青がうっすら残っている。消そうと思えば消せたのに、お母さんはそこだけ拭かずにおいた。あれはきっと、消したくなかったのだ。

すこし大きくなると、その子はわたしの脚に妖怪ウォッチのシールを貼った。お母さんは少し困った顔をして、でも、はがさなかった。シールはいまも、半分だけ残っている。

引き出しの奥には、年々いろんなものが溜まっていった。短くなった鉛筆。折れた定規。当たらなかったメダル。乳歯がひとつ、小さな袋に入れられて、いつのまにか奥のほうへ。

平成が令和になった春に、わたしはまた背を伸ばした。ねじをゆるめ、天板をひとつ上の段へ。その子の足が、ようやく床の手前まで届くようになっていた。「また大きくなったね」とお母さんが言う。テレビには新しい元号が映されていて、その子はパプリカを口ずさみながら、もう絵ではなく漢字のドリルを広げていた。大きくなったのはその子で、けれど背を伸ばしたのはわたしのほうだ。わたしたちは、いつも同じだけ育った。

学校が長いあいだ閉まった年があった。その春、その子は一日じゅう、わたしの前にいた。どこへも行けない朝に、画面の向こうの先生へ小さく手をふって、ときどき窓の外をながめて、それでもちゃんと、わたしの前にすわっていた。家のなかでいちばん遠くまで行ける場所が、わたしだったのかもしれない。

その子が、はじめて自分でわたしの背を直した日のことを、わたしはよく覚えている。

もう、お母さんを呼ばなかった。ねじの場所を知っていて、慣れた手つきでゆるめて、ひとつ上へ上げて、また締めた。背伸びをして天板を見下ろしたその目が、いつのまにか、わたしと同じ高さにあった。——ああ、と思った。この子はもう、わたしに育ててもらう子ではなく、わたしを使う人になったのだ、と。

成長というのは、たぶん、そういう静かな瞬間にだけ顔を出す。声変わりでも、背丈でもなく、ねじをひとつ、自分の手でまわせるようになること。

やがてその子は、わたしより大きくなった。

受験の冬、夜ふけまでひとりで机に向かう背中は、もう抱きあげられた頃のまるさをどこにも残していない。イヤホンから小さくもれる曲も、わたしの知らないものに変わっていた。それでも、考えごとに詰まると鉛筆の端を噛むくせだけは、あの青いクレヨンの子のままだった。わたしはそれが、すこしうれしかった。

十八になった三月、その子は家を出ることになった。

部屋を出ていく日、その子はいちばん奥の引き出しを開けて、小さな袋を見つけた。乳歯だった。しばらく手のひらにのせて、ふっと笑って、また元のところへ戻した。「これは、置いていく」と言った。きっと、ここがいちばん安全だと知っていたのだ。

いまわたしは、すこし背を低くされて、つぎの小さな足を待っている。

でも、急がなくていい。引き出しの奥には、まだあの子のぜんぶがしまってある。青いクレヨンの空と、半分のシールと、小さな歯と、まわされたねじの数だけの背くらべが。

わたしは机だ。育てて、育てられて、ここにいる。

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